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第21話




ルイとフェルディは宿を出ると、馬にまたがり再び王城へ向かった。


「なあ、王妃様がアルベルト殿下を王にするためにエヴァン様を呪ったという話だが……、事実だと思うか?」


手綱を揺らしながらルイがフェルディに尋ねた。


「話の筋は通っている」


同じく手綱を揺らし、前を向いたままでフェルディが答える。


「そうだな……」ルイが少し間をおいて言った。「俺は、正直エヴァン様が王様にならなくたっていいんだけどな」


「どうしたんだ、ルイ?」


「国の命運を左右するなんて重責、エヴァン様には背負って欲しくないのさ。今回みたいに王族内で呪ったり呪われたり。もっと自由で幸せな暮らしを送って欲しいよ」


「エヴァン様に幸せになって欲しいのは俺も同感だが、何を幸せと思うかは本人が決めることだ」


「そうだけどな……。でもお優しいエヴァン様に王様をやらせるのは酷だと俺は思う。そういう役目は弟君のアルベルト殿下の方が……」


そのとき二人の正面を黒い影が横切った。


「っフェルディ!!」


ルイが叫ぶと同時に隣の馬に乗っていたフェルディが視界から消えた。

慌てて手綱を引くルイの体に細い紐のようなものが巻き付き、空中高くに投げ出される。


――どこから付けられていた……!?


真っ先にルイの脳裏に公爵家にいる3人の姿が浮かぶ。


――まさか公爵家すら安全じゃないのか……?


一瞬で思考が巡ったが、次の瞬間に訪れた地面との衝突でルイの意識は闇に沈んだ。





*✤*✤*✤*✤*✤





「……大変申し訳ございませんでした……ソフィア様」


ルイとフェルディが屋敷を出ていき僕とソフィア、ロザリアの三人だけになると、ロザリアが立ち上がり、深々と頭を下げてそう言った。


「頭を上げてください、ロザリアさん」


「……謝って許されることではありません。……ですが、今の私にはこれしか出来ないのです」


ソフィアは頭を下げるロザリアを真っ直ぐに見つめていた。


「……確かに、婚約者のいる男性とみだりにふたりきりになったり、腕組みして歩くなどは淑女として問題だとは思いますが……」


そう言ってチラリと僕を見る。

ああ、そうだ。悪いのはロザリアだけじゃない。どちらかというと僕だ。


立ち上がり、ロザリアとともに頭を下げる。


「一番の責任は僕にあるんだ。本当に申し訳なかった……」


彼女には謝罪してばかりだな……。


「お二人とも、座ってください」


軽いため息のあと、ソフィアが気を取り直した声で言った。


「ロザリアさん」


「……はい」


消え入るような声でロザリアが応える。


「何か、事情があったのでしょう?」


ふとソフィアを見ると、幼い子どもに問いかけるように優しい表情を浮かべている。


「私ね? ロザリアさんのこと入学したときから知っていたのよ?」


「え?」 


ロザリアが驚きで目を丸くした。


入学した頃といえば5年も前になる。僕がロザリアの存在を知ったのが2年ほど前になるから、ソフィアの方がずいぶん早く彼女を知っていたようだ。


「刺繍のクラスで一緒だったでしょ? 席は離れていたけど、ロザリアさんは手先がとても器用で、作品は誰よりも丁寧で美しかった。今でも鮮明に覚えているわ、あなたの編んだマーガレットのリース」


「……そんな。私は、それくらいしか取り柄がないから。でも、覚えていてくれて嬉しいです」


「ロザリアさんとはそのクラスでしか一緒になれなかったけど、お友達になりたかったの。図書館で見かけたり、中庭で花を摘んでいるのを見かけたりして、何度か声をかけようと思った。

なぜか知らないけど、気が合いそうだと思ったから。

結局、私の勇気がなくてお声をかけられなかったのだけど……」


「……」


「ロザリアさんがエヴァン殿下と一緒に行動するようになったとき、とても幸せそうだった。

それまでお一人でいることが多いように見えたから、誰かとあんなふうに親しそうに笑顔でお話されてる姿を見て、おかしなことだけれど、私もほんの少しうれしくなったのよ? お相手が私の婚約者だというのに」


「ソフィア……様」


「でも、そんなときに私と目が合うと、ロザリアさんは悲しそうに目を逸らしたわね。

とても後ろめたいことをしているみたいに。

……もちろん、誰かの婚約者と親しくするのは正しい行いとは言い難いけど、

それだけじゃなく何か……自分の意志に反して行動しているような、そんな罪悪感をあなたの瞳から感じた」


ロザリアは黙ったままうつむいた。


「あなたがエヴァン殿下に親しみを持っているのは分かる。

でも周囲の視線に気づいていながらも殿下と時間を共にされていたのには何か理由があるんじゃなくて?」


怒るでも責めるでもなく、ただ穏やかにソフィアが問いかける。


「……手紙だ」


ロザリアの代わりに僕が答えた。


「手紙?」


僕はふところからヨレヨレになった封筒を取り出す。先日、ロザリアが唯一服に隠し持って無事だった手紙だ。


「これは、今回の出来事の重要な証拠になると思って預かっていたものだ。もとはロザリアのもとに届けられた、僕からの手紙だ。……もっとも、実際にこれを綴ったのは僕ではないけれど」


ロザリアの方に少し視線を傾けながら言った。


「……拝見してもよろしいのですか?」


「ああ」


差し出した封筒を受取ると、丁寧な仕草で便箋を取り出し、そっと視線を落とした。


そこに書かれた文字を確かめるように目で追っていき、読み終えると顔を上げた。


「とても熱烈な愛の言葉ですね……。そして、あえて私に見せつけるように学院での逢瀬を希望する、と書かれています。……これは本当にエヴァン様が書かれたものでは……」


「違う。筆跡が似ているから、この場ではっきりと僕が書いたものじゃないと証明するのは難しいけど」


「……そうですか」


「同じような手紙が毎月彼女の家に届けられていたようだ。例の香水と一緒に」


ソフィアは小さくうなづき、そして再び便箋に視線を落とす。


「……ここには、ご実家の支援と書かれていますが……」


「男爵家にも色々と事情があって……」


僕の口から語って良いのか分からなかったから、ロザリアに委ねることにした。


「私の家は……」


震えるような声でロザリアが言った。


「お二人のような立派な家柄じゃありません。屋敷中のお部屋を明るく灯すこともできないし、帰宅して執事が出迎えてくれることもない。……ほんの少し市民より裕福な家に生まれたけど、それも父と母の遊楽に消え、今では領民の生活を守るためにこっそり家財を売ったり、土地を担保に借金をしたりしながらしのいでおります。でもそれだって近いうちに破綻が来るのは目に見えています」


ロザリアがスカートの裾をぎゅっとにぎりこむ。


「……だから、嬉しかったんです。王太子殿下が目をかけてくれたことが……。実家の状況を知ってくれて、領地を救ってくれるとまで言ってくれて。何よりこんな、誰も婚約してくれないような貧乏貴族の私を愛してると言ってくれて……舞い上がってしまったんです。ソフィアさんとの婚約を破棄して私と結婚してくれるという言葉を疑わず信じてしまいました……。ソフィア様……本当にごめんなさい、ごめんなさい」


「ロザリアさん……」


手紙を書いたのは間違いなく僕ではないのだが、……なんだろう、この罪悪感は。


「この件が落ち着いたら、私はもうおふたりの前に二度と姿を表さないと誓います……。ソフィア様、エヴァン様、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ありませんでした」


改めて姿勢をただし、ロザリアが深々と頭を下げる。


「……ロザリアさんが、」


その様子を見てソフィアが呟く。


「……エヴァン様を強く想っているのは分かる。それを断ち切るため、今とても辛い気持ちなのも理解できる。でもその想いはエヴァン様が王族という背景を持っているからではないの? 彼ではなく、彼の持つ財力があなたの家を救ってくれるからではなくて?」


「……正直、分かりません。まったく無いと言えば嘘になるかもしれない。……けど、信じていただけないかもしれないけど、私は、エヴァン様が王太子でなかったとしても、愛したように思うんです」


「……なぜ?」


「いつも優しく私の目を見て、私の言葉に真剣に耳を傾けてくれるから、でしょうか。朗らかに笑ってくださるのが好きなんです。私を認めてくれるような気がして……自分がそこにいていいのだと、許されているような気がして」


目を見て話を聞くなんて、紳士なら当たり前の行動だろう?

ご両親をはじめ、彼女の周囲にはよほど冷たい人間ばかりいたのだな。


「そう……。……ロザリアさん。私の立場上、あなたの愛を応援することは出来ないけれど……でもこうしてお話が出来て良かった。あなたのことを少しでも知れて。願わくば、この先もこんなふうにお話したいわ」


「ソフィア様……」


そこでひとまず話は終わった。


時間も遅いため、ソフィアは自室に戻り、ロザリアは来賓用の寝室に案内され、休息を取ることになった。僕はルイとフェルディが戻るのを待つため来賓室で仮眠を取ることにした。


しばらくすると、部屋の扉を誰かがノックした。



お読みいただきありがとうございます。

面白いと思ったら評価をいただけると嬉しいです。

毎日19時頃に更新予定です*

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