第19話
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薄暗がりで目覚めると、頬が濡れていた。
「夢……なのか?」
掌を見つめつぶやいた。
ぼんやりと記憶が蘇る。
執務室で父が影たちに捕らえられ、直後に僕は気絶させられた。
長い時間見ていたあの夢は……決して夢なんかじゃないのだろう。
過去に戻る以前の未来で実際に起っていたことだ。
それを、僕を過去に戻した存在が見せてくれたのだ……。
呪いに関して事情は分かった。
王妃と影の男が組んで僕を追いやったことも、父を死なせようとしていることも。
だからまずは、それを何とかしなければ。
このままでは父は死に、ルイやフェルディまで殺される。
今回の未来ではロザリアも影たちに追われる身だ。
立ち上がり、辺りを見渡す。
ここは幽閉塔のようだ。
どうしたものかと窓辺の格子に手を置くと、1羽のカラスが降り立った。
足首を見ると手紙が巻き付いている。
差出人はルイだった。
「香水を見つけた?」
手紙によると、学院の荷物保管庫にあったロザリアの私物から香水を見つけたというのだ。
「そうか、その手があったか……」
香水は呪いの証拠となるものだから、手に入れておく必要があった。
しかし男爵家は影たちが家探しした後だから見つかる望みは薄かったし、学院寮のロザリアの部屋も真っ先に影が立ち入っているだろう。
そうなると香水を見つけることは難しいと思っていたが…。
学院で使っていた家財や衣類など、手荷物にできないものは学院から馬車便で発送することになっている。
領地の遠い者から順に家財を発送するため、隣領のロザリアの荷物はまだ保管庫に残っていたのだ。
……しかしルイのやつ、大丈夫なんだろうか。
女性の荷物を漁っているところを見られたりしたら、後々大変になると思うんだが……。
手紙の続きには、香水瓶を呪術講師のノームに見せたところ、僕にかかっていた呪いと同じ種類の呪いの残滓が見つかったそうだ。
学院の専任講師が証言したのなら、物的証拠として十分な効力があるだろう。
あとは香水瓶を贈った者が王妃である証拠があればいい。
夜になったら助けにくると書かれている。
西日が差し込んでいるから、あと数時間後だ。
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夜になると、窓辺の格子に鉤縄がかけられた。
しばらくすると、ルイがひょこっと顔を出す。
「ご無事ですか? エヴァン様」
「ルイ! ありがとう……でもよく僕がここにいると分かったな」
「手紙を届けたカラスがいたでしょう? ずっとエヴァン様を監視させてたんですよ。何かあっては危険ですから」
「なるほど……」
どうやってカラスに監視を覚えさせたのか、そもそもいつから監視していたのか、という疑問は今は置いておこう……。
「エヴァン様、これを」
小さなノコギリを僕に手渡すと、「私はこちら側を切りますから、エヴァン様はそちらを」
「分かった」
やや心もとない道具だが、鉄格子がサビかかっていることもあり、ふたりがかりでノコギリの刃をすべらせると案外簡単に格子を切り外すことが出来た。
窓枠はギリギリ肩が通り抜けるサイズだ。
身をよじりながら何とか抜け出し、ロープに捕まる。
城の外壁を伝って降りると、待機していたフェルディとともに馬車に乗って城の敷地を抜け出した。
「見張りが誰もいなかったな?」
「ロザリア嬢の捜索に出ているんですよ」
ルイが答える。
「……見つかってしまうか?」
「時間の問題かと。今は王都の外を中心に探しているようですけど、王都内も一応は探しているみたいです。本格的に王都内を探し始めたら、宿屋も安全じゃありません」
「僕が行けばかえって危険かもしれないが、一人にしておくわけにはいかない。会いに行こうと思うが……」
「今なら大丈夫かと。ですがこれを羽織ってください。王族の服は目立ちますから」
そう言ってフェルディがカーキ色の古びたマントを手渡した。
身を隠すように羽織り、ロザリアのいる宿屋に向かう。
コンコン、コン、と特定のリズムで部屋の扉を叩く。
僕たちが来たという合図だ。
カチャリと扉が開き、灯りのロウソクを手にしたロザリアが笑顔を見せる。
思わず胸が熱くなった。
ああ、生きている。あの辛い未来は、まだ現実の彼女の身には降りかかっていない。
今ならば彼女に違う道を歩ませることが出来るのだ……。
「エヴァン様?」
「あ、ああ、すまない……」
思わず目頭が熱くなったが、首を振ってごまかし、ルイたちとともに部屋の中に入った。
「誰か尋ねては来なかったか?」
「いえ、誰も」
聞けばあれから一歩も外に出ておらず、また誰も来てはいないみたいだった。
「実はここもあまり安全とは言えなくなってね……。こんな時間に申し訳ないが、夜のうちに宿を出ようと思うんだ」
「……分かりました」
彼女が身支度を整えている間、フェルディが尋ねる。
「エヴァン様、宿を出るのはいいですが、どこに行きましょう? 安全と思える場所が思いつかないのですが……」
「私もです。王都の外はかえって見つかる可能性が高いし、かといって王城も安全じゃありません。教会や宿も同様でしょう。学院寮には見張りがいるでしょうし……」
ルイもそう言って考え込む。
「ひとつだけ心当たりがあるんだ。王都の中でも安全で、影たちが立ち入れない場所が」
「……一体どこです?」
ふたりが不思議そうな顔でこちらを見る。
「ヒュードリック公爵家。……ソフィアの屋敷だよ」
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