第17話
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ぼんやりとしたまどろみの中で、夢を見た。
前の人生で歩んだ光景だ。
卒業パーティの後に廃位され、男爵領に押しやられた頃の夢。
しかしそれは、夢というにはあまりに生々しく鮮明なものだった。
僕はまるで鳥になったように空に浮き、僕自身を含めた人々を空から見下ろしている。
不思議なことにその世界で僕は自由に飛び回れる。
男爵領に着き、絶望の顔で馬車から降りる僕自身を置いて、王城へと飛んでいく。
「廃位など重すぎます! なぜそのような処罰を?」
王城の一室でアルベルトの声がした。
いつの間にか僕は部屋にいる。そこにはアルベルトと母アデライードがいた。
「公爵家の令嬢をたばかったのですから、当然の処遇でしょう?」
「それでも……! 王位継承権まで剥奪するのはやり過ぎではないですか? 私は……ただ兄に反省してほしかっただけです、これではまるで……」
「まるで意図して兄を玉座から追いやった……ということかしら?」
「っ……、私はこのようなことを望んでいません!」
「どのみち決まったことよ。公爵令嬢を差し置いて夢中になっていた男爵家の娘と結ばれるのだから本望でしょう。あなたが気に病むことはないわ。それとも、あなたより兄の方が国王にふさわしいとでも?」
「……そういうことではありませんが……」
「ならばいいじゃない。あのような短絡的なことをする人が王になれば国が傾くわ。あなたが王となり、ソフィアさんが影で支える。それで良いのではなくて?」
「…………」
アルベルトは悩み、それでも答えを出せず苦しんでいるようだった。
もっとすんなりと弟が王位を継いだのかと思った。けど、僕が知らないだけで弟なりの葛藤があったのだ。
「父上は何と言っているのです? 廃位を認めるとは考えられないのですが…」
「ああ、テオドールなら体調を崩しているわ。今回のことで自分の見る目がなかったことに気づいて、思わず熱でも出したのではなくて?」
「父上が……? そうですか……」
やがてアルベルトが部屋を出ていくと、王妃の傍らには一人の男が立っていた。
どこかで見た顔……そうだ、父上の背後にいたあの男だ。
「ランス、呪いが効いてるのかしら?」
「はい。さきほどご様子を見てまいりましたが、だいぶ弱っていらっしゃるようです。長くは持たないかと……」
「あまり早く死なれると困るわ。周りの貴族たちに第一王子を国王に担ぎ上げられたら困るもの。1年ほど時間をかけて地盤を固め終わった後で死ぬように調整して。できるわよね?」
「仰せのままに」
父は病死じゃない? 母とこの男の手によって殺されたということか?
何と恐ろしい……。
母上、いやアデライードがすべて仕組んだことなのだ。
いつの間にか場所が変わっている。
ここは公爵家の屋敷で、ソフィアとアルベルトがバルコニーで夜風にあたっている。
「……それではエヴァン様が廃位され、アルベルト様が王を継がれることになったのですか?」
「ああ。僕はそんなことまでは望んでなかったけど……、どうやら決定事項らしい」
「エヴァン様はどうされているのですか?」
「あれから一度も会ってないよ……。すぐに男爵領に婿入りが決まって城を出てしまったからね」
「もう、出ていかれたのですか……?」
ソフィアが驚きの声をあげる。
「あっという間さ。第一王子派の者たちが良からぬ企てを起こす前に、男爵領に追いやりたかったんだろうね。母上は……」
「アデライード様が?」
「うん。彼女が一番、僕を王にしたがっているように見えるよ。
今回のことで兄にずいぶん失望していたみたいだから。
それに、王位継承には貴族たちの利権も絡んでくる。
今回のことでゴタつけば王の権威も揺らぐし、仕方がなかったんだ」
「そう……ですか」
「悲しいかい?」
「え? ……いえ、そんなことは。なぜです?」
「僕は……。少しだけ、いや本当はかなり、兄に嫉妬していたんだ。……君のような素晴らしい婚約者がいることにね」
「アルベルト様……。……ふふ、でも私の婚約は白紙に戻ってしまいましたわ」
「その件なんだが……その……」
「何でしょう?」
ソフィアが優しく微笑むと、アルベルトがその場に跪き、ソフィアの顔を見つめる。
「僕と、結婚してくれないか? 僕は君より年下だけど、兄のような間違いはおかさない。きっと、あなたを幸せにしてみせます」
「……私で良いのですか? 浮気されて出戻った女ですよ?」
「君の魅力に気づかないなんてどうかしてる。僕は、君がいいんだ。どうかな?」
「……はい。私でよろしければ、あなたの妻にしてくださいませ」
「ソフィア……」
「アルベルト様……」
ふたりが手をとり見つめ合う。
不思議と、彼らを祝福する気持ちだけが沸き起こった。
数十年生きた人生で、僕の心はとうにソフィアから離れていた。
いや、もともと愛情なんて無かったのかもしれない。
彼女は親の決めた許嫁であり、それ以上でもそれ以下でも無かった。
きっと彼女にとって僕も同様だろう。
そんなソフィアが本当に愛せる人に出会い、その相手が心優しき弟なのだから、
僕にとって心から喜ばしいことだった。
再び場所が変わる。
見たことのない教会だ。
周囲には森林が広がっているから、王都から離れたどこかの領地だろう。
教会に集まった人々は悲しみに臥せり、
祭壇には2つの棺が置かれていた。
棺の蓋は開いており、花束に囲まれた亡骸が丁寧に収まっている。
ルイとフェルディだった。
「まだ若いのにねぇ……」
葬儀の参列者たちがつぶやく。
「こちらに帰る途中、馬車が事故に遭ったそうよ……」
「普段なら道が崩落するなんてこと無いのに……、なんて不運なのかしら……」
彼らは学院を卒業してすぐに死んでいたのだ。
僕はそんなことも知らず、それどころか彼らを思い出すことさえ無かった。
忠実な側近であった彼らは、王妃が嫌がる第一王子派の筆頭ともいえる。
偶然でないならこれは、王妃、あるいは王家の影が絡んでいるんだろう。
王族内の争いが原因で、ふたりは若くして命を失うことになった……。
深い悲しみ、怒りが、胸に渦巻いた。
再び男爵領へと戻ってくる。
空から見る僕は、呆けたようにソファに腰掛け、ぼんやりと外を眺めていた。
無気力で、視線は虚ろだった。
その隣で、必死に僕に話しかける者がいる。
ロザリアだった。




