第14話
そのうちにルイが服を持って戻って来た。
ロザリアとの話も一段落したので、いったん彼女を宿に残してルイとともに王城に戻ることにした。
「男爵家の事情は聞けましたか?」
城に戻る道すがら、馬車の中でルイが尋ねてきた。
僕は先程ロザリアから聞いた話をルイに聞かせる。帰りは御者を呼んだようで、フェルディもキャビンに同席し話を聞いていた。
「男爵夫妻の旅行……。王家の影たちに命令した方は、そのことも知っていたのか。
男爵家にロザリア嬢しかいないことを」
ルイが独り言のように言った。
「令嬢をさらうなんて大胆なことを影たちが無計画に行うとは考えにくい。よほど調べたうえで行動に及んだのだろうね」
「……宿も安全とは言えませんね。状況を調べる慎重さと、素早く行動を起こす大胆さを兼ねた方が相手です。ロザリア嬢の行き先について今も調べが進んでいると考えた方が良さそうです」
フェルディが眉を寄せながら言った。
「エヴァン様、これからどうされますか? このままロザリア嬢を隠し続けることは難しいですよ」
「……まずはロザリアに手紙と香水を送った相手を探してみよう。影たちに命令を下している者と同一人物である可能性が高いからね」
「……つまり、これは政争なのですね?」
ルイが真剣な顔で言った。
影たちに命令しているということは相手は王族だ。
その王族が呪いを使って僕を害そうとしているのなら、それは政治的競争になる。
簡単に言えば、誰かが僕を次期国王の座から蹴落とそうとしていることに、ルイとフェルディも思い至ったようだ。
「そうだ。ロザリアは政争に利用された形になる。
そして、彼女を捕らえる目的はおそらく証拠の隠滅だ。ルイの言う通り、どこに身を隠しても安全じゃない」
「だから犯人を見つけ出すんですね。そうすれば証拠を隠滅する意味もなくなり、彼女を捕らえる必要性が消えますから」
「そうなるね。彼らがロザリアに辿り着くよりも先に、僕たちは犯人に辿り着かないといけない」
事態を整理したことで、馬車の中に重い空気が生まれる。
「エヴァン様は……」
ためらいがちにルイが口を開く。
「香水を送った相手に心当たりはあるのでしょうか……?」
「……いや、分からない。国王陛下は違うと思うが、それ以外の者は正直誰でも動機がある」
父である国王の場合、もし僕を次期国王候補から外したいなら、そのように言えばいいだけだ。
策略など必要ない。
では、他の者は?
国王候補から外す、というのが動機で合っているなら、誰でも有り得るのだ。
人の思惑など外からは分からないから。
口に出さないだけで、第二王子を擁立したい思いを抱いているかもしれない。
あるいは僕が王になることに納得していないかもしれない。
表立って反論するような分かりやすい者は王族にいない。
だから心当たりを絞ることは出来ない。
「ともかく王城に戻ってから、影の動向を探ってみよう。父にも相談できるかもしれないし」
「気を付けてくださいね。はっきり言ってエヴァン様の今のお立場は微妙ですから」
ルイの言う通りだ。
影たちが捕らえた容疑者を逃がしてしまったしな……。
*✤*✤*✤*✤*✤
アルベルトは王城の自室で思い悩んでいた。
先日の呪いの件でだ。
これまで兄であるエヴァンをあまり良く思っていなかった。
学院に入学してからの評判がすこぶる悪いからだ。
主だったものは、婚約者がいながら男爵家の娘と懇意にしているというもの。
相手の娘の立場などはどうでも良かった。アルベルトは家格で人を判断するほど短慮ではなかった。
しかし、婚約者は王家に次ぐ権力を持つ公爵家の令嬢だ。
結婚してから側室を持つというのならまだしも、清廉さが求められる学院生であるうちから、婚約者を放りだして他の女性にうつつを抜かすなど、政治的な問題になっても決して大げさではないのだ。
何より、聡明で美しいソフィア公爵令嬢と婚約できるという幸運を自ら捨てる愚かさに、嫌悪感すら抱くほどだった。
しかしつい先日、兄は精神系に作用する呪いを受けていたことが判明した。
それが分かったのは偶然だという。
ふとした原因で、呪いの残滓が体の外に見え隠れしたことでそれが分かった。
逆に言えば、その偶然が無ければ永遠に見つけられなかったのだ。
本人はおろか周囲の者さえ、呪いをかけた当人以外誰もエヴァンが呪われていることを知らず、この先も呪われ続けたことだろう。
自分の身に置き換えて見れば、それは何と恐ろしく理不尽なことか。
呪いの効果がどれほどのものか、半信半疑であった。
しかし王城で会った兄は、明らかに以前の兄とは違っていた。
大人びた立ち居振る舞いに、下心のない優しい笑顔。
私がそうであって欲しいと兄に求める、思慮深い理想の姿がそこにあったのだ。
ソフィア令嬢からの懇願で、兄の様子を知るためしばらく前に留学先から戻ってきていた。
そして秘密裏に兄のことを調べ、遠目から様子を見ていたこともある。
だがその姿は噂通りの愚かしいもの。
落胆のなかで兄の企みを知り、ソフィア令嬢に代わって反撃すべく用意を進めていたところだった。
だからこそ、一夜にしてあのように人格が変わるはずがないことはよく分かる。
それまでの愚かさが呪いのせいだというのなら、きっとそうなんだろう。
自分の知る兄の姿は呪いがもたらしたものだった。
呪いをかけた者は早々に突き止めねばならないが、それでも呪いが解けたこと自体は喜ばしい。
……はずだった。
アルベルトは頭を振って「いや、ダメだ。こんなことを考えては…」と一人つぶやいた。
恋に落ちていたのだ。ソフィア公爵令嬢に。
はじめはただ親身になって相談に乗り、兄に憤り、彼女を慰めていただけだった。
もともと好意は持っていたのだろう。兄の婚約者であることから無意識にそれを封じていたのだ。
しかし兄の不義が明らかになるにつれ、想いのフタが外れてくる。
やがて、兄に代わってこの女性を幸せにするのは自分なのだと強く考えるようになっていた。
卒業パーティで兄を撃退し、婚約が白紙になった暁には、改めて自分がプロポーズしよう。
そう思っていた。
そのために、公爵や国王陛下まで卒業パーティに呼んでいたのだ。
兄の愚かさを直接見せつけることで、両家の代表者自らが婚約を破棄するよう働きかけるために。
ソフィアもまんざらではないだろうとアルベルトは思っていた。
彼女の自分を見る目が、愛しい人を想うそれであるように思えた。
けれど、兄のこれまでの愚行がすべて呪いのせいとあれば話は変わる。
呪いが解けた今、公爵側から婚約を破棄する理由は無いし、これまでのことを加味しても、まずはしばらく様子を見るだろう。兄エヴァンもソフィアを手放すことはしないはずだ。
図らずしも望んだ女性と伴侶になるチャンスだったのが、いつの間にか自分が蚊帳の外に追いやられていくような心持ちがして、アルベルトは深い孤独感に苛まれた。
コンコン、と部屋の扉をノックする音がした。
「何だ」
アルベルトが声をかけると、「失礼します」といって執事が扉を開ける。
「王妃様がお呼びです。お部屋へおいでくださいと」
そう言って恭しく礼をした。
「分かった。すぐに行くと伝えてくれ」
母である王妃がいったい何の用事か、思い当たることはなかった。
だが断る理由も無い。
アルベルトは自室を出て王妃のいる部屋へ向かう。




