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第12話



「それで、一体なにがあったのか教えてもらえるかい?」


椅子に腰掛け、ロザリアに尋ねる。


ルイとフェルディが戻ってからとも思ったが、この頃の僕がロザリアとどんな会話をしていたのか思い出せず、つい本題から切り出してしまった。


「はい……えっと、……エヴァン様、何か雰囲気が変わりましたか?」


答えようとして、思わずそれよりも気になっていた疑問を口にしてしまったようだ。


「変わったかな? どのへんがそう思うんだろう?」


「……なんか、大人っぽくなったというか……。人が変わったみたいで」


「まあ……色々あったからねぇ」


しみじみそう言うと、ロザリアが不思議そうに首をかしげる。


「色々……ですか?」


「うん……まあ。それよりも昨日のことを……」


過去に戻ったことを説明しても信じてもらえるはずがないので、ひとまず話を戻す。


「あ、はい……」


「いくつか知りたいことはあるけど、君はなぜ影の者たちに捕らえられたんだろう?」


「影の者……ああ、屋敷に来た人たちですね。……実は分からないのです」


「分からない? 罪状を言ってなかったか?」


「いえ。あの人たちは突然屋敷に入ってきて、逃げようとした私を捕まえたのです。そのときにおかしな臭いのする布を口元にあてられて……」


「それは……犯罪だね」


正式な手続きを踏んでいないどころか、ただの誘拐じゃないか。

強引な手口を見ても、やはり王家からの正規の命令ではない。


「牢獄では何か言われなかったか?」


「……一度牢の中で目が覚めたのですが、それに気づいたあの人たちにまた眠らされたようです。気がついたらエヴァン様と一緒にいました」


捕らえられてからの記憶がほとんど無いということか。


「幸い、体に痛みはないので、寝ている間に暴力などは振るわれていないと思います。もっとも、あのまま牢にいたら分かりませんが……」


彼女の言う通りだ。捕縛されてすぐにどうこうは無かっただろうが、あのまま捕らえられていたらどうなったか分からない。

わけの分からないうちに処刑されていた可能性だってあっただろう。


「辛い思いをしなかったのなら、本当に良かった……」


「……エヴァン様のお力で釈放してくださったのですか?」


「いや、釈放はされてない」


「??」


どう伝えるべきか迷ったが、結局正直に答えることにした。


「君の捕縛に関して不審な点があったからね。無理やり君を連れ出したんだ。たぶん君には脱獄罪、僕には脱獄幇助罪がかけられると思う」


ロザリアが驚いたように目を丸くする。


「私たちは今、あの人たちから逃げているんですか?」


「うん。だから君の家ではなく王都に来た。ここならいくらでも身を隠せるからね」


僕の言葉に納得したように頷いた。


「すまないけど、君にはしばらくここに潜伏してもらいたい。影たちは王家所属だけど、どうやら僕の権限は通用しないらしいんだ。捕まれば正規の手続きで開放するのは難しいからね」


「エヴァン様はどうされるんです? 身を隠すのですか?」


「その必要はないと思う。彼らに命令する権限はないけど、彼らも僕を逮捕する権限はないはずだ。国王陛下が望まない限り自由は保証されると思う」


「……なら良かったです」


「それともう一つ……、ルイから報告を受けたんだが、君は一人で男爵の屋敷に住んでいるのかい?」


ロザリアは「え?」と呟いた。そして覗き込むように私の目を見る。


「……嘘ではないのですね。……本当に知らなかったんですね……そっか……」


そう言うと、彼女は両手で顔を押さえたままうつむいた。

僕は混乱したけど、彼女はしばらくの間そのままだった。

肩が揺れていたから、泣いているのかもしれない。


どう声をかけて良いか分からず、彼女が自分から話始めるのを待つことにした。


「分かりました。きちんとお話します」


しばくして彼女は起き上がり、吹っ切れたような表情でそう言った。



そして、ぽつりぽつりと話を始める。


まず、ロザリアの実家であるクロウフォード家はかなりの財政難に陥っている、というところから始まった。

理由は彼女の両親である男爵夫妻の浪費癖のせいらしい。


男爵領はそれほど規模が大きくないため税収なんかも多くない。

普通に暮らしている分には領民たちとともに十分やっていける収入はあるのだが、

男爵夫妻は無類の贅沢好きなんだそうだ。


思えば僕が前回の人生で男爵家に婿入りした際、

屋敷の造りや調度品にずいぶん金がかけられていたのを思い出した。


王家から婿入りしたばかりの頃は違和感もなく受け入れていたが、晩年に領地経営のことが理解できるようになると、ずいぶんと身の丈に合わない高級品ばかり揃えたなと驚いたものだ。


また男爵夫妻は旅行も好んでおり、他領地の視察という名目で長期間留守にすることが多いらしい。

自分たちの贅沢する金を確保するために使用人たちはギリギリの人数しか雇っていないが、その少ない使用人たちも身の回りの世話をさせるためにすべて連れて行くため、男爵の屋敷には誰もいない、ということがよくあるそうなのだ。


「それじゃあ今も男爵夫妻は視察のために旅に出ているということか?」


「はい。今はロズオール領にいると思います」


ロズオールは王国の南にある海に面した領だ。貴族たちの保養地として非常に人気がある。


「君のご両親が旅行好きなのは分かった。……1年のほとんどを旅行で不在にしていたのも驚きだが……。けど、屋敷を留守にするなら警護の者くらい置いてもいいんじゃないのか?」


「両親は……自分たちの享楽以外にお金を使いたくないのです……。貴族である男爵家に泥棒に入るような命知らずもいないだろうと言って、警備の人たちを雇うお金も出し渋っておりました」


「屋敷が無人だと知られてしまえば、盗みに入る者はいそうだが……」


「おっしゃる通り、防犯面で非常に心もとないのですけどね。

……両親はとても、自分たちの都合の良いように考える人たちなので……」


もっとも、警備の人間がいたところで王家の影たちの手にかかれば瞬く間に鎮圧されていただろう。

本気になった影たちを前にロザリアが逃げることは出来なかっただろうが……。それでもな……。


「ご両親は君が学院を卒業して家に帰ることは知らなかったのかな?」


「知っていたとは思いますが、興味がなかったのでしょう」


諦めたような口調でロザリアが言った。


「興味か。……ご両親は自分たちの享楽以外にお金を使わないと言ったけど、君にはどうなんだろう? 

学院だって相当なお金がかかるけど……」


「……両親は、世間体を考えて最低限必要なものは支援してくれましたが、それ以外はあまり……」


思えば彼女は、学院のパーティーではいつも同じドレスを着ていたことを思い出した。

格の高い貴族や、裕福な商人の子などは、パーティーの度にドレスを新調するのが常だった。


「私はそれほど裕福ではないのですよ。

ほかの裕福な同級生たちと一緒にいても、彼女たちと遊びに出かけることできませんでした。その点、エヴァン様は私の金銭的な事情など気になさりませんから、一緒に過ごしていてとても心地よかったんです」


確かに僕はお金に関しては頓着が無い。実家が王族なので、欲しいものはたいてい何でも手に入る。

そのせいか物欲があまり無いのだ。相手がお金を持っているかどうかもさして気にしたことがなかった。


「私は常に我慢していました。金銭的な理由で恥ずかしい思いをすることが多かったんです……。だから、このお手紙を見て、とても嬉しくなってしまいました。エヴァン様から頂いた……」


ロザリアはそう言って、着ている服のボタンを唐突に外し始めた。


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