第11話
「え……っと、ここは……?」
眩しそうに目を開き、しばらくぼんやりしていたが、僕の顔を見てハッと体を起こす。
「エヴァン様……! え? ど、どうして?」
「ああ、その……説明するよ」
草むらに腰をおろし、先ほどの出来事を彼女に伝える。
ロザリアは驚きつつも、牢から出られたことに安堵していたようだった。
「あ、ありがとうございました……。裁判も無しいきなり牢に入れられて、私もうダメかと……」
確かにあそこは拘置所というレベルではなかったな。刑が確定した者がいれられる場所だ。
「いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
彼女の身を案じながら、慎重に尋ねる。
「……もちろんです」
ロザリアが答えたとき、ちょうどフェルディが馬車を率いて戻ってきた。
王家の馬車では問題があると思ったのか、市井で運行している一般の馬車のようだ。
御者はおらずフェルディ自らが駆っている。
「乗ってきた馬は適当な場所に繋いでおきましょう。引き取りに来るよう頼んであります」
「分かった」
気が利く側近に感謝しながら、馬たちを近くの木につなぎ、ルイ、ロザリアと三人で馬車に乗り込んだ。
「どちらに行きましょうか?」
フェルディが尋ねる。
「そうだな。……どこかの宿にしよう。あまり目立たない場所がいいな」
彼女を連れて王城に向かうのはおそらく問題だろうし、学院の寮も卒業した今となってはあまり滞在できない。
無計画のままロザリアを連れてきてしまったが、これが立派な犯罪であることは自覚していた。
脱獄と脱獄幇助。牢獄への放火。
もし彼女の投獄が正規の手続きを踏まない不正なものだったとしても、それを証明できない限り分が悪いのはこちらだ。
僕は王族なので多少は弁明の余地があるが、彼女が次に捕まればより厳重な牢に入れられる。
何としても匿わなければいけない。広い王都の宿屋の一室なら案外見つかりにくいし、それでいてこちらの目も届きやすい。
「でしたら、東地区にポプラ亭という宿屋があります。旅人が使う安宿なので男爵令嬢がいるとはまず思わないかと」
こちらの意図を理解し、フェルディが答えた。
「それはいいな。けど……」
ロザリアが何と言うだろう。
今の状況は分かっていると思うが、ロザリアが旅人が使うような安宿で納得するだろうか……。
「ロザリアはいいかな……? ひょっとしたらしばらくそこに滞在することになるけど……」
「? は、はい、ポプラ亭というところでかいませんよ?」
何でもないかのように彼女が答える。
「そ、そうか。じゃあそこへ行こう」
……意外だった。僕の知る彼女はもっとワガママで、散財を好むイメージが強かったから。
安宿がどんなものか分かっていない可能性もあるけど、これほどすんなり了承するとは思わなかった。
馬車は早朝の街をゆるやかに通り抜け、30分ほどでポプラ亭へと辿り着いた。
建物は古いが清潔感はあり、穏やかな気配のする小さな宿だった。
フェルディが宿屋の主人と何やら話したあと、「こちらです」と言って我々を案内する。
二階に部屋を確保したようだが、幸い建物の外から二階に上がれるらしい。
いかにも貴族といった格好でぞろぞろと連れ立って歩けば嫌でも注目されてしまう場所だ。
早朝で誰も通りにおらず、また宿の主人にも会うことなく部屋に行けるのはありがたかった。
「ひとまず一週間分の宿代を先払いしています」
部屋に案内したあと、フェルディはそう言って宿を出た。
馬車を通りに停めたままに出来ないため、広場まで馬車を移動させるらしい。
「私はロザリア嬢の服を調達してきます。さすがにそんな格好の旅人がいれば目立つので」
ルイもそう言って部屋を出る。教会にツテがあるらしく、ロザリアが着れる修道着を探してくるそうだ。
巡礼中のシスターという設定にするのだろう。
ふたりとも、僕が何をするにしても徹底的にサポートしてくれるのが本当にありがたかった。
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ロザリアが部屋にふたりきりになる。
あれから香水をつけていないのか、ロザリアから不快な香りはまったくしない。
「それで、一体なにがあったのか教えてもらえるかい?」
椅子に腰掛け、ロザリアに尋ねた。




