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第10話


ロザリアのもとに駆け寄る。


「彼女の腕に繋いでいる鎖も外してくれ」


「え、えっとちょっとお待ちを……」




門番は鍵束から急いで探すが、なかなか見つからないようだ。

こうしている間にも先ほどの男が戻ってきてしまう。


「フェルディ、通路に出て見張っていてくれ」


「分かりました」


そのときようやくロザリアの腕にかけられていた鎖が外された。


「助かったよ。君の名前は?」


「は、はい、ニールと申します」


門番がおずおずと答えた。


「ニール、何かあれば王城へ。この借りは必ず返す」


「とんでもございません……」


僕は眠っているロザリアを抱えると、すぐさま牢を後にした。

しかしここに来るまで牢獄の中をずいぶん歩いた。さすがに影の者と鉢合わせずに外に出るのは難しいかもしれない。

そう思っていた時、にわかに牢獄の中が騒がしくなった。


牢番が慌てたように走り回り、収監されていた囚人がざわついている。


そこへフェルディが戻ってきた。


「エヴァン様、ルイが陽動のために牢獄に火をつけました。この隙に外へ出ましょう」


「は!? あ、ああ……分かった!」


過激な報告に一瞬驚いたが、確かに外へ出るなら今がチャンスだ。

フェルディとともに通路を駆け抜け、速やかに外へ出る。


そのまま暗がりに停めていた馬のところまで一気に走ると、そこにはすでに陽動を終えたルイがいた。


「おかえりなさいエヴァン様」


「ハァ、ハァ。助かったよルイ」


彼の手には弓が握られており、馬の背にかけた鞍に数本の矢がしまわれている。

油の臭いが微かにするので、火を付けた矢を牢の周囲の木々に放ったようだ。

牢獄自体は石造りのため燃えていないが、あちこちに煙が充満しており今では前も見えない。


「しかし牢獄にいる者たちを避難させないと……」


「もうすぐ雨が降りますから、じきに火も消えますよ」


ルイの言葉通り、ポツポツと冷たい雫が空から降ってくる。

天気まで分かるのか?


「急ぎましょう。すぐに追っ手が出るはずです」


フェルディが牢獄の方を見ながら言った。

側近のふたりに支えられ、ロザリアを抱えたまま馬にまたがる。


「ひとまず王都へ!」ルイが自分も馬に乗りながら言った。


「男爵家ではないのか?」


「道すがら説明しますので、今はここから離れることが先決です!」


「……分かった!」


うっすらと空が白んでくるなか、我々はもと来た道を全速力で駆け抜けた。


そして王族領に入ってしばらくした頃、ようやくルイが馬の速度を緩め、僕とフェルディもそれに合わせる。


「ここまで来れば大丈夫でしょう。影たちもさすがに人目のつく場所で王太子殿下を襲うことはしないはずです」


「襲うとは……ずいぶんと不穏なことを言うな。男爵家で何があったんだ?」


フェルディも気になるのかルイの方へ目を向ける。


「それが…誰もいなかったのです」


ルイは困ったように俯いた。


「男爵家の衛兵を探しましたが警護室にはおらず、それに屋敷のどこにも灯りがついておりませんでした」


夜中とはいえ衛兵は仕事をしている。たとえ夫妻が寝ていようとも屋敷に灯りがないのは不自然だった。


「人の気配もなく気になりましたので、侵入を試みました」


不法侵入は思いきり犯罪……と言いかけたが、まあこの場合は仕方ないのか……。


「使用人たちの部屋はもとより、男爵夫妻の寝室にも人はおらず、唯一ロザリア嬢のお部屋と思われる所にだけ人がいた痕跡がありました」


「もしや男爵夫妻も牢にいたのか?」


そう尋ねると、隣のフェルディが否定する。


「お屋敷から連れ出されたのはロザリア嬢のみです。私が見た限りでも他の男爵家の者の姿はありませんでした」


「男爵の留守を狙って捕縛に及んだということか……」


「いえ……」ルイが考えるようにして答える。「屋敷の雰囲気からして、そもそも人が住んでいる形跡がほとんど無いのです。……それこそロザリア嬢のお部屋と思われる場所以外、ホコリが積もっておりましたし、まるで長い間空き家になっていたような有り様でした」


「……そこは間違いなくクロウフォード男爵の屋敷なのか?」


「ほかにめぼしい屋敷はありませんからね」


以前、クロウフォードの屋敷に住んでいた僕の記憶でも、周囲に領主の館と間違うような建物は無かった。


「ひょっとしたら屋敷はあくまで来客用で、実際には町のどこかに生活用の家があるのかもしれません」


屋敷の維持や管理にも少なくない費用がかかる。

財政難にあえぐ領主が、屋敷をあくまで公務の場と割り切り、生活の拠点をひっそりと小さな家に移しているというのも聞かない話ではない。


だが、男爵領が金に困っているという話は聞かないし、以前僕が婿入りしたときにもそんな話は聞かなかった。

もっとも僕が知らなかっただけなのかもしれないが。


「そうだとしてもロザリア嬢だけが屋敷を使っているのもおかしな話だな」


男爵夫妻がいないのならば、ルイが男爵家に比護を求めず王都までやってきたのは理解できる。


「僕が送ったとされる手紙は見つかったのか?」


「探したのですが、室内がかなり荒らされていましたので……」


「……影たちの仕業か」


「おそらく。あれらも手紙を探したのかもしれませんし、あるいは別の何か。手紙だけじゃなく香水瓶も見当たりませんでした」


「そうか……」


呪いの証拠に繋がるものがすべて消えているということか。


「彼女は……いや僕たちは、一体何に巻き込まれているんだろう」


「分かりませんが……昨夜起こったことの詳しい話は彼女に聞くしかなさそうですね」


ルイがそう言って僕にしだれかかって眠るロザリア嬢を見る。

馬を飛ばしたのでだいぶ揺れたと思うのだが、薬で眠っているせいか未だに起きる様子はなかった。


やがて王都にたどり着いたが、僕たちはしばらく外壁の外で待つことになった。

こんな朝早くに王太子が女性を抱きかかえて馬に乗る姿を見られたら一大事だからだ。


フェルディが先に行き、王都から馬車を呼んでくることになった。


それまでの間、馬を降りて休憩していると、ロザリアが「うーん……」と声を上げる。

ようやく目覚めたようだ。

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