僕には凄い姉さんがいる
僕の名前は天羽 湊、10歳の小学五年生。
来年は最上級生になって、その更に次の年には中学一年生。
父さん、母さん、姉さんと僕の四人家族。
父さんと母さんはお仕事で中々家に帰ってこれないけれど、全然寂しいと思った事なんて無かった。
だって僕には、大好きな姉さんがいるから。
「湊、今日は母上から呼ばれていて、ガーディアン養成学校に行かねばならんのだ。だから、帰りは遅くなるかもしれん」
「そうなんだ。なら、帰る前にでもメッセージを送っておいてくれたら助かるよ」
「うむ、分かった」
この中学一年生にはとても見えない姉は、僕の自慢の姉だ。
話し方が独特で、父さんの事を父上、母さんの事を母上と呼ぶのは、時代劇を好んで見ていたからかなぁ。
水戸黄門とか暴れん坊将軍とか、テレビにかじりついて見ていた。
「うはぁー! 助さん格さん、少し懲らしめてやりなさいっ! かぁっこいいー!」
「……」
姉さんがとても楽しそうで、僕はテレビの内容よりも姉さんを見ていた。
姉さんはとても優しくて、頼りがいがあって、でも家事を手伝おうとすると失敗続きなちょっと抜けている所もあって。
そんな姉さんが僕は大好きだ。
「よし、では途中まで一緒に行くか湊」
「うん!」
父さんと母さんが他の人よりも多く稼いでいるのはなんとなくだけど分かってる。
姫路市にある数少ない高級マンションを一つ、部屋ではなくて、マンション自体を買って住んでいるから。
僕と姉さんは、見晴らしが良いからという理由で最上階に住んでいる。
他の階は誰も住んでいなくて、エレベーターから降りる時に誰ともすれ違う事はない。
それはそれでちょっと寂しいけど、姉さんと二人で登校している分にはなんとも思わないんだよね。
「じょ、女帝だ……」
「おい、あれ……!」
「きゃぁぁっ……アゲハ様だぁ……♪」
姉さんの評判は人によって凄く上下する。
というのも、この辺りで幅を利かせていた暴走族とか、そういうグループをいくつも壊滅させている張本人だから。
一応断っておくと、姉さんは何も悪いことをしていないグループを潰したりなんてしない。
人様に迷惑をかけたり、あくどい事をしている人達を『分からせ』ているだけ。
例えば、コンビニでたむろしているガラの悪い人達とか、普通の人からしたら凄く迷惑だよね。
それを注意したら、むしろ逆ギレしてくる始末。
だから怖くて皆スルーしてしまう。
誰しも面倒毎に巻き込まれたくはないのだから。
……でも、姉さんは違った。
邪魔な人達には、面と向かって邪魔だと言う。
言われた人達は当然のように反抗するのだけど……
「「「「「ずびばぜんでじた……」」」」」
すぐに姉さんに土下座する形になる。
姉さんも別に本気で怒っているわけではなく、まるで夏の蚊をパチンと叩く程度の事。
いやそれだと即死だね、うん。
ともかく、姉さんにとっては軽い事なので、そのまま見逃す。
それで噂が噂を呼んで、この周辺で人に迷惑をかける人達はほとんどいない。
警察の方々も姉さんに自分から挨拶するくらい、姉さんの評判は良い。
逆に、そういう悪い事をしている人達からは凄く恐れられていて、評判は凄く悪い。
「おっ、揚羽ちゃん。弟君と一緒に登校かい?」
「ああ、奥村のおっちゃん。今日は早番なのか?」
「はは。夜勤でもう少しで引継ぎで寝に帰るよー」
「うむ、お疲れ様だ」
「ありがとう揚羽ちゃん。勉強頑張ってね、弟君も」
「あ、はい」
この方は警察官だ。こんな風に、気軽に話しかけてくる。
勿論この方以外にも、色々な大人の人達が姉さんに話しかけてくる。
僕はついでだけど、姉さんと一緒にいるからか覚えられている。
「ここで別れねばならんのか……つらい、つらいぞ湊ぉっ……!」
「はいはい姉さん、また帰ったら一緒でしょ」
「う、うむ、そうだな。ではな湊。大丈夫だとは思うが、前回の件もあるから、少し手を打っておいた。学校に着いたら、接触があるはずだから安心するんだぞ」
「? よく分からないけど、分かったよ。それじゃ姉さん、行ってらっしゃい」
「うむ! 行ってきます弟よっ!」
花が開くかのような笑顔を向けてくる姉さんに、弟ながら顔が赤くなっている気がする。
姉さんはとても可愛いから。
別れるのが辛いと本気で言ってくれている事も、僕は嬉しかった。
姉さんと違って態度には出さないように気を付けてるけど。
それから一人で通学路を歩くけれど、
「あらぁ、揚羽ちゃんの弟さんよね? お姉さんにこの間助けて貰っちゃって、これ、お礼なんだけど受け取って貰えないかしらぁ」
「あ、はい」
「あー! 揚羽様の弟さんですよね?! これ、この間の礼ですっ! ホント助けてもらって嬉しくて! 受け取っておいてください!」
「は、はい」
こんな感じで、両手が紙袋で一杯になりながら学校に辿り着く事が多い。
皆姉さんに直接渡しづらいのか、僕に手渡してくるのやめてほしい……。
でも今日は、いつもと違った。
「アンタが揚羽様の弟かい?」
「え? はい、そうですけど……」
「そいつぁ良かった。俺は揚羽様からアンタの護衛を頼まれた、四天王の一人である通称、斬魔のジャッカルってんだ」
「えっと……本名ですか?」
「っ……。えーと、本名は石井武っつーんだけど、まぁジャッカルって呼んでくれ、な?」
「わ、分かりました」
流石姉さんの知り合い、変わってる人だ。
なんて言うんだっけこういうの、黒歴史?
「うぐっ……俺はその目を知ってる。だけど揚羽様の弟からの目だ、石井はクールに去るぜ」
背中を向けて離れて行くジャッカル()さんを見送っていると、走って戻ってきた。
「言い忘れた! 湊君よ、学校が終わって帰る時は俺が護衛で近くに居るようにするからよ、もし何かあったらこれを上に投げな」
「これは、メダル?」
金色だけど、純金ではないと思う。
「ああ。そのメダルに特に意味はねぇけど、何かあったんだと一目で分かるからよ。すぐ近くでボディーガードみてぇにいられたんじゃ、落ち着かねぇだろ?」
「はい」
良かった、そういう気遣いのできる人だった。
姉さんもちゃんと先に言っておいて欲しい。
いや手を打っておいたとは言っていたけれど、こういう事だとは思わないです。
それから平穏無事に授業も終わって、下校時間。
多分近くに石井さん、じゃなくてジャッカルさんが居てくれるんだろうけれど。
何の問題も無くマンション前に辿り着いたので、後ろを向く。
ジャッカルさんの姿は見えない。
だけど、頭を下げておいた。
すると、チャリンという音がして、見るとメダルが一枚落ちていた。
銀色のメダル。
きっと、ジャッカルさんからだ。
そう思ってメダルを拾い、ポケットに入れておく。
なんかちょっと、嬉しくなった。
今度はもう少し、お話してみても良いかもしれない。
面白いお兄さんと。
それから、部屋の掃除をしてから洗濯機に昨日の服を放り込んでスイッチを押しておく。
宿題をして時間が少し経ったら、洗濯機から取り出した服を干しておく。
そしてまた宿題に取り掛かる。
この宿題は学校から出された物だけじゃなくて、受験の為の物。
姉さんが今日行っている、姫路市立ガーディアン養成学校に受験する為の勉強だ。
来年受験だから、今から少しづつやっている。
正直、勉強しか出来ない僕が受かるかどうか分からない。
姉さんはとても強いのだけど、教えるのは苦手のようで……僕が習おうとしても、もう教えることは無いと言われてしまう。
きっと、姉さんは僕が『ガーディアン』になる事を望んでいない。
危ない事をさせたくないと、そう思ってくれている。
だけど、僕は姉さんを守れるような、強い男になりたいんだ。
だからこそ、この受験は失敗出来ない。
腕立て伏せ、腹筋、背筋と、最近トレーニングを追加した。
強くなるんだ。そう心に決めて。
そう決意を新たにしていた所で、スマホに通知が来た。
『湊、今日は母上と一緒に帰る事になった。夕食はカレーが良い』
ふふっ、姉さんはもう、しょうがないな。
母さんがこの時間帯に帰ってくるのは珍しいし、腕によりをかけて作ろう。
材料、あったかな?
僕は確認する為、冷蔵庫に向かうのだった。