イジメは倍返しだ
母上と学園を見て周っていると、中々面白い場面に遭遇した。
「ほら、これぐらいやってみなさいよっ!」
「あぐっ……!」
「相変わらずトロイなぁまこっちゃんは。ほら、次はお腹蹴るから防いでみな!」
「!! がっ……ごほっ……」
ふむ。あれはイジメというやつだろうか?
いや、鍛錬の可能性も残ってはいるのだが。
「……残念だけど、アタシは手を出せないの揚羽ちゃん。彼女達の居る場所は、この学校の公共戦闘施設。あの場では暴力も戦闘訓練の一環と見なされる」
「成程、実に上手いやり方だが……奴らは、獅子に手を出している自覚がないのか?」
「え……?」
「装備も何も整えずにトラの前に居ると言うか……なんとも大胆な事をするものだな母上」
「え、えっと……揚羽ちゃん、もしかしてあの攻撃を受けてる子が、獅子やトラなの……?」
流石の母上も感じ取れないか。
原石も原石、宝石が錆びて見えぬ状態だから致し方ない。
磨けば先程のSランクのボウズより強くなるな。
「母上、少し手を出しても構わないか?」
「揚羽ちゃんは生徒じゃないから、ダメよぉ」
「成程。では私は手を出さないとしよう。少し待っていて欲しい、母上」
「あ! 揚羽ちゃん……!?」
跳躍し、今もなすがままに暴行を受けている少女の前に降り立つ。
「「「「!?」」」」
「え……?」
四人の男女は突然の乱入者である私に驚いているが、私の興味はこいつらにない。
「おい、お前」
「わ、私、ですか?」
「そうだ、お前だ。助けて欲しいか?」
「……」
私の質問に、彼女は下を向いた。
まぁ自分より小さな女にそんな事を言われても、だな。
「ちょっとアンタ! いきなりなんなの!?」
「お前この学校の生徒じゃねぇよな、服装が違うし」
「ああ、聞き方を変えよう。この状況を、変えたくはないか?」
「……変えたい、けど……私じゃ勝てない、し……」
「そんな事は無い。お前の潜在能力はこいつらなど足元にも及ばんぞ?」
「ちょっと! 無視すん……」
「やかましい」
「ごふっ……!」
「「「!?」」」
「なっ……」
あ、しまった。母上に手を出したらダメと言われていたのに、つい。
だって近くで五月蠅かったんだ。裏拳が出てしまっても仕方ない、うん。
「……そっか、貴女は、強いんですね。どうせ……復讐は何も生まないとか、言うんですよね」
「何故だ? やられたらやり返せ。倍返しだ」
「え……?」
「イジメなんてカスな事をやる奴はな、自分より弱い奴に攻撃して自分は強いと勘違いしている雑魚にすぎんわけだが……やられた側はたまったものではないだろう?」
「……はい……何度、仕返しを夢見たか分かりません……」
「ならば仕返せ。思う存分痛めつけ返した後は、そいつらに関わる時間など勿体ないと気付くだろう」
「……私、殺したいくらい憎いんです。いつもいつも暴力を振るってきて……でも戦闘施設での事だから、教師も取り合ってくれない……」
「安心しろ。殺しても合法だろう。ここはそういう場なのだろう……?」
「……!」
「「「っ!?」」」
口を三日月のように変えて微笑むと、彼女に暴力を振るっていた男女は一歩後ろへと下がった。
まぁ慌てるな、お前達に手を出すのは、私じゃぁない。
「さて、お前名前は?」
「あ……私は、柊 真琴です」
「そうか。では真琴、両手を前に出せ」
「は、はい」
言う通りに前に出した手を、左手を右手で、右手を左手で合わせる。
合掌の形だ。
「あ、あの……?」
「ちょっと強い衝撃が行くと思うが、耐えろよ」
「え?」
「さぁ、目覚めろマナ。ルートをこじ開けてやろう……!」
「きゃぁぁぁぁっ!?」
「「「!?」」」
私の手のひらから、真琴の手のひらを通り、心臓へと力を送る。
魔力回路が強制的に開かれた状態だ。
「こ、これは……なんか、全身が凄くむずがゆいというか……なんなんですか、これ……!?」
「それはお前に眠っていた力だ。元から身体強化の力を使えたのだろう? だが、回路が閉じていた為に魔力が通らず、一部しか強化出来ていなかったんだ」
「え、えっと、何を言っているのか半分も理解できませんけど……私、これで強くなったんでしょうか?」
「ああ、強いぞ。今のお前ならこのカス共の攻撃なんぞ痛くもかゆくもないだろうさ」
「!?」
「「「!!」」」
「さぁ、試してみろ。今までやってたんだろ?」
「はっ。黙って見てたけど、調子に乗ってんじゃねぇぞ。俺らはBランクの認定を受けてる。一般人じゃ手も足も出ねぇ強さなんだ。舐めるんじゃねぇぞ!」
金髪のチャラいガキがそう吠えるが、子犬がキャンキャンと獅子の前で吠えているようにしか見えん。
いやそう見ると微笑ましくもある。
「フフッ……。良いから、蹴りでもパンチでもやってみろ」
「後悔すんなよっ! おらぁぁぁっ!」
「きゃっ!? あ、あれ?」
「なん、で。嘘だろ……? これ、当たってるよな……?」
子犬が思いっきり獅子に殴りかかった所で、獅子がダメージなど負うものか。
「真琴、軽く払ってやれ」
「え? あ、はい。それっ」
「ギャインッ!?」
「「!?」」
おお、本当に犬のように鳴いたな。
真琴のパンチを受けた子犬は、数メートル向こうへと飛んでいった。
「う、嘘……私、軽く殴っただけなのに……」
「それがお前の本当の力だ。私はただきっかけを与えただけで、そのうち目覚めていたとは思うぞ?」
「……。やれる。これなら、私でもやれるっ……!」
真琴の目つきが変わる。
残った二人の男女は、ガタガタと震えている。
「ね、ねぇ柊さん。今までの事は、本当に悪かったと思ってる。でもそれは、貴女の為を思ってしてたの!」
「そ、そうそう! 俺達は柊さんがこのままだと怪物にやられちゃうかもしれねぇと思ってさ……!」
面白い言い訳を考えつくものだ。
そんな言葉が真琴に届くわけが無いだろう。
イジメられていた被害者が、加害者を上回る力を手に入れたのだ。
なら、やる事は一つだろう。
「あの……」
「どうした?」
「やってしまって、良いんでしょうか?」
おずおずと聞く真琴に、私は笑ってしまった。
「ふはっ。良い、私が許す。過去の、積年の恨み、晴らしてしまえ真琴」
「!! はいっ! お前ら、許すもんかっ……! 今まで受けた痛み、倍返ししてやる……!」
「っ!! ゆ、許し、ぐぼぉぉぉっ……!!」
男は腹を真琴におもいっきり殴られ、嘔吐した。
しかしそれでも、真琴は殴るのを止めない。
何度も何度も、腹を殴る。
その目は酷くギラついている。
「ひっ……」
残された女はその光景を見て逃げようとするが……
「それは見逃せないな」
「なっ……動け、ないっ……!?」
「安心しろ、私は手を出さん。さぁ真琴、やってしまえ」
首根っこをつかみ、ぽいっと真琴の前に落ちるように放り投げる。
「いたっ! ……ヒッ!? ひ、柊さん、ごめんなさい、本当にごめんなさいっ! もう二度と関わらないから、ゆるっ……ごぼぉっ!」
謝り、許しを請う女の顔を、真琴は思いっきり殴りつけた。
そのまま地面へと頭をぶつけ、気絶したようだ。
「起こしてやろうか?」
「……いえ。もう、気は済みました。最初は、腹が立って仕方が無かったんですけど……なんでですかね、今は虚しいです……」
「それはお前がこいつらとは根本的に違うからだ。それに、弱者を虐めてもつまらんだろう?」
「っ……。……ふふっ……そうですね。あの、貴女のお名前を、教えて頂けませんか?」
「ああ、私は天羽 揚羽だ」
「天羽、揚羽……様」
「あン?」
「揚羽様とお呼びしても構いませんか?」
「いや構うが? 私は中一だぞ?」
「私は中等部の三年生ですが、揚羽様がはるかに格上なのは何故か分かるんです」
マナの回路が開いた為、他者の魔力量を感じ取れるようになったのだろう。
その為、おおよその実力を判断できるようになったわけか。
「その感覚は間違っていない。真琴、お前は強くなれる。磨け、その力を」
「力を磨く……はいっ! 私こと柊 真琴は、揚羽様の下につけるように……これから努力してまいりますね!」
目を輝かせてそう言う真琴に、どうしてこうなったのか理解できない私は、遠い目をして母上の方を向いた。
母上は医療班を手配してくれていたようで、白い服を着たナース達が転がっている者達の元へと走って来ていた。
「揚羽ちゃん、手を出しちゃダメって言ったのにぃ」
「う……その、つい裏拳が出てしまったのは、謝ります」
「そっちじゃなくてねぇ!? もう、揚羽ちゃんが生徒の眠った力を目覚めさせられるなんて周りに知られたら、大騒ぎになるんだからねぇ!?」
「そうなんですか?」
「当たり前じゃなぁい! もう、緘口令を強いて今日の事は口外させないようにしなくちゃ……!」
どうやら母上に一手間かけさせてしまったが、芸術品が好きな私は、原石の発掘も好きなのだ。
目の前で錆びついた原石を見つけ、それを研ぐ方法を自分が知っているなら、それは研ぐだろうと。
まったく後悔していない私は、その後も学校を見て周るのだった。