デコピン往復
「そら」
「げふぁっ……!」
「「んなっ……!?」」
「んふふ、流石揚羽ちゃんねぇ」
デコピン一発で終わった。
これが俗に言う即落ち二コマというやつか?
「ば、ばかなっ……雪影はSランクになったばかりとはいえ、Sランク20位の実力はあるのだぞ……!?」
「ニマニマ(馬鹿ねぇ。揚羽ちゃんは世界に十名しか居ないURランク『ナンバーズ』の一人であるアタシですら、かすり傷一つつけられないくらい強いのに)」
白い大きな部屋で、窓が二階の部分に大きく取り付けられている。
そこから中の様子を見ているのだが……口をあんぐりと開けてこちらを見ている老齢の男が一人と、髭を伸ばしたおっさんが一人。
恐らくあの二人が母上の機嫌を損ねた二人だろう。
これで終わってはいささかつまらん。
「おい、起きろ」
「ごはっ! はっ……!? ここは!? 俺は確か……!」
軽く顔を叩くと目を覚ました。
よし、これで続きが出来るな。
「そらっ」
「げふっ!?」
「「!!?」」
「ブフッ……揚羽ちゃんたらっ……」
今度は反対側にデコピンで飛ばした。
ピンポン玉のように跳ねるので、少し楽しくなってきた。
軽く跳躍して奴の横に着地する。
「「っ!!」」
そしてもう一度起こす。
「おい、起きろ」
「ごふぅっ! はっ……!? なんかでじゃぶふぅっ!?」
そしてもう一度デコピンで反対側へ飛ばす。
上で見ている男達は青い顔をしているな。母上はなんだか楽しそうだが。
母上が楽しいと私も嬉しい。よし、調子を上げて行こう。
しばらく同じ事を繰り返してみた。
「ず、ずびばぜん……お、おれの負け、です。も、もうゆるじでぐだざい……」
「ふむ。だ、そうだが? どうする? 私は全然力を出していないわけだが、Sランクは相応しくないか?」
上で見ている男達へ視線を合わせると、下を向いて俯いてしまった。
「母上、どうしますか? まだ痛めつけた方が良ければ、少し力を解放しますが」
「んふふ、もう良いよ揚羽ちゃん。上がってらっしゃい、美味しいココアを入れてあげるねぇ」
「了解した。母上に感謝するんだな。個人的にはもう少し遊びたかったんでな?」
「ひ、ひぃっ……!」
しかし、これでSランクなのか。
この差は私が強すぎるせいだろうし、頑張って欲しいものだ。
主に、私が世界の為に動かなくて良いように。
私達の戦い、戦いか? あれは。まぁそれを見下ろしていた部屋へと着いた。
「あーげはちゃん! お疲れ様ぁ!」
「ぐぇっ……母上、中ではありますけど、家ではありませんよ」
「堅苦しい事言わないのぉ! ここはアタシの第二の家みたいなものだから! ほら、あっちにアタシ個人の部屋もあるんだよぉ?」
「主任室ですよね母上。職権乱用です」
「職権とは使う為にあるのよ揚羽ちゃん!」
「……そうですね」
母上と言い争って勝てた試しが無いので、すぐにこちらが折れる事にしている。
その見た目よろしく、母上は意外と、いや意外とではないのか? 子供っぽい所がある。
まぁ全然子供らしくない私が言うなという話ではある。
「それで母上、私のランクはどうなるんです? 別に下げても私は構いませんけど」
「ダメよぉ、ダメダメぇ。ランクには固定給が付くの、知ってるでしょぉ揚羽ちゃん」
「それは……」
『ガーディアン』は世界を救う為に戦う為、国から給料が支給されるのだ。
企業や個人の給料から、税として国が取り立てている。
一番下のFランクでは固定給は1万円なので、仕事をしてインセンティブ(追加報酬等の事)を出さなければ生活していけないが、一つ上がってEランクになれば5万円になり、Dランクになれば10万円が毎月支払われる。
このFからDランクの固定給が少ないのには理由があり、一般人と大差ない実力しかない為だ。
流石にDランクは多少一般人より強いが、怪物相手だと大差がない。
それでも何故そんな階級でも『ガーディアン』が存在するのかと言うと、戦いの強さとは別の技能があったりするからだ。
罠を感知したり、『門』の地図が作れたり。
ちなみに、そういう仕事をすればインセンティブが支払われ、固定給の数十倍の給金が得られるという寸法だ。
ランクは強さ基準の為、固定給はどうしても強さが基準になる。
だが、地図作成や罠発見等、価値の高い仕事にはそれに見合った金が支払われる為、不満は出ていないらしい。
そして、Sランクの給料は毎月100万、更に税免除である。
Sランクというだけで、年収1200万(非課税)なわけだ。
そりゃSランクになりたがるだろう。
ただ、権利を受けるという事は、義務も生じる。
機関からの要請を断る事が出来ないのだ。
とはいえ、この辺りは母上が機関の責任者の1人である為、問題ない。
母上はURランクの特別者でもある。
世界に十人しかいない『ナンバーズ』の1人で、その強さも上から数えた方が早いくらいだからな。
その上にLRランクが3人居るのだが、彼らは異世界へ渡っており、現世界には居ない。
まぁそのうち帰ってくるだろうが。
「揚羽ちゃんは稼いだお金、全部家に入れちゃうけど……アタシだって稼いでるの知ってるでしょぅ? だから、揚羽ちゃんは揚羽ちゃんの好きなようにお金を使って良いんだからね? 同年代の他の子と違って、揚羽ちゃんはしっかりしてるから、お金の使い方も心配していないの」
「そ、そうか母上。な、なら、ピカソの窓辺に座る女を買っても良いだろうか!?」
「え? ピカソ? えっと、ちょっと待ってね。……ひゃ、ひゃくじゅうさんおくえんで落札ぅ~!?」
「だ、ダメだろうか?」
「……うん、揚羽ちゃんのお金はきちんとアタシが預かっておきます」
「そんなぁ」
美術品が高いのは仕方がないのだ母上……。
やはり金が足りぬか……! しかし無い物ねだりもできん、やはり美術館巡りを続けるとしよう。
「おほん! 天羽殿」
「あら、まだ何か?」
すでに居ない者として扱われていたが、声を掛けてきた。
お偉いさんだとお偉いさんである母上が言うくらいなのだから、中々の権力者のはずだが……すでに意気消沈しているように見える。
私が睨むと、ビクッと体を震わせた。
「手間をかけさせて、済まなかった。私は天羽殿がデータの改竄をしていると小耳に挟んでな。親の欲目で娘のランクを上げたのだと誤解していた」
成程。確かに改竄しているのは事実ではある。
ただ、上げる方ではなく、下げる方にだが。
「そうでしたか。いえ、誤解を招く行動を職員が見て、報告されたのでしたら仕方がありません。(後でスパイをちゃんと炙り出して処分しておかなくちゃ)」
「理解して貰えて助かる。では、我々はこれで帰るとするよ。あぁ、送りは結構。娘さんとあまり時間を取れていないのだろう? 今日は私の用事に一日付き合ってくれたと言っておくから、親子の時間をとってくれたまえ。おい、行くぞ」
「は、はいっ」
そう言って去っていく爺さんは、悪い奴には見えなかったな。小判鮫みたいにくっついてるだけのおっさんは、よく分からなかったが。
「ふふ、揚羽ちゃんにびびっちゃったのねぇ」
……ああ、そういう。
「そうだ揚羽ちゃん。ついでだし、学校見て行かない?」
「別に興味無いですが母上」
「後2年もしたら、湊ちゃんも通う事になるし……見ておけば揚羽ちゃんが湊ちゃんに先に教えてあげら……」
「行きましょう母上! さぁ早く!」
「あははっ! もう、可愛いなぁ揚羽ちゃん!」
学校か、私の通っている学校は普通の進学校……普通、とは言い難いが、淳心学院中学校だ。
ここではそのまま高等学校へ行く為、受験が必要ない。
だから選んだ。
エスカレーター式というのだったか?
勉強が嫌いな私は、それだけの理由で学校を選んだ。
湊が通う予定のここ、姫路市立ガーディアン養成学校は試験が沢山あると聞いたのだ。
学科だけに限らず、実技が数多くあるのだと。
そんなめんどくさい事したくない。
なので、母上が推してくるのをなんとか避けて、今の中学校を選んだ。
まぁ違う学校がどんなものか見るのも悪くはない。
湊に教えてあげられるしな!
「あ、ココア飲みながら行こうねぇ揚羽ちゃん」
「行儀が悪いですよ母上」