過保護というわけではない
な、なんだこの圧力は。
今目の前にいるこいつは、本当に人間か?
「おい、手紙通り何も持たずに、誰にも連絡せずに来てやったぞ」
「んんさん(姉さん)」
「湊!」
「お、おっと。動くなよ! 動いたらこのナイフが弟の顔を傷つけちまうかもしれねぇなぁ?」
「フン……カスが。何が目的だ?」
凄まじい目つきで俺を見てくる、女帝・アゲハに、小便がちびりそうになる。
なんなんだよこいつ、なんでこんな殺気を向けられるんだよ。
今までいろんな奴とタイマン張ってきたが、こんなやべー殺気を受けた事ねぇぞ。
「お、お前がうちのグループに手を出したからな。こっちも放置は出来ねぇんだわ」
「あン? あー、あのカツアゲしてた奴らの身内か?」
一言一言が言葉の圧力のように、重みを感じる。
まるで悪魔が味方しているかのような圧力に、人質が居て有利なのはこちらなのに、こちらが不利に感じてしまう。
落ち着け、現状で奴は手を出せない。この人質が居る限り、奴は身動きが取れねぇはずだ。
調査では奴は弟を溺愛しているとある。
なら、自分の身を犠牲にして守ろうとするはずだ。
へへ、ヒーローはつれぇなぁ?
「まず初めに断っておくが。私は弟が傷つこうが関係なくお前らを潰す」
「「「「「!?」」」」」
「そして弟を傷つけた奴は、念入りにぶち殺す。そうされたくなければ、弟に手出ししない事だな。死にたい奴は好きにしろ」
「「「「「なっ……」」」」」
こいつ、正気か!?
普通、人質がいたら手を出せねぇだろ!?
「私は正義のヒーローじゃないんでな。それに、悪党の考える事はよく分かるんだ。どうせ従っても守るわけが無い。だろ? 三下」
「「「「「!!」」」」」
その通りだ。俺達は言う事に従おうと、平気でそれを破る。
それが悪だし、好きなように生きるのが俺達だ。
正義なんて嫌いだし、真っ当に生きると損をする世の中だからこそ、悪に惹かれた。
弱者を守り、弱者を盾にされると身動きが取れなくなる正義の味方。
守れれば称賛されるのだろうが、守れなければ非難を浴びる。
そんな正義を誰がやりたいと思うんだ?
その点悪は自由だ。やりたいようにやれる。
「さて……そのナイフを持っているお前。助かりたければ動くなよ」
「っ!!」
何の躊躇いも無く人質の元へと歩いていく女帝。
全員、金縛りにあったかのように動けない。
「フン」
「ごはっ……!」
「「「「「!?」」」」」
軽く見えるパンチ。
しかし、その速さが尋常じゃなかった。
人質を取っていた和樹が、女帝のパンチ一撃で奥の壁まで吹き飛び、気を失った。
「大丈夫か湊。姉さんが来たから、もう大丈夫だぞ」
「ん、んん……」
「おっと、口を塞がれているんだな。今解いてやろう」
「んん……ありがとう姉さん」
「よしよし、巻き込んでしまってすまないな湊」
「ううん、いつも姉さんの噂で守られてる方が多いよ」
「そうか」
敵陣の中で、まるで買い物に出かけているかのような会話。
だと言うのに、俺達は動けない。
まるで全身が金縛りにあったかのように。
俺達は、手を出してはいけない相手に喧嘩を売ってしまったのかもしれない。
「さて……湊、少し後ろに下がっていてくれるか?」
「うん。姉さん、やりすぎないようにね」
「ははは、湊は優しいなぁ。分かった、弟の頼みだ、手加減はしよう」
左手の手のひらを、右手のグーで叩いた。
たったそれだけの行為で、俺達はすくみあがった。
違う。こいつは次元が違う。
セントケルベロスが一夜で潰れたのは、マグレなんかじゃなかったんだ……!
「お仕置きの時間だ……!」
「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ……!!」」」」」
そうして、また一つのグループが潰れたのだった。
「姉さん、僕も強くなった方が良いよね?」
「うんー? そうだな、その意思がまず素晴らしいぞ湊」
「なら、僕に格闘技を教えて欲しいんだけど、ダメかな?」
「良いぞ! 私が手取り足取り教えてやろう!」
「!! ありがとう姉さん!」
「ごふっ……もう、私が教えることは無いな……」
「姉さん、なんで僕には滅茶苦茶弱くなるの……?」
弟のパンチ一発で地面に横たわる姉だった。