最強の中学生
「ぐぼぁっ……!」
「え、援軍を! 女帝が乗り込んできぎゃぁぁぁっ!!」
「さ、流石っスね姉御。容赦なしで」
「何を言うか。凄まじく手加減しているだろうが。証拠にこれを見ろ」
「ごふ……」
「その虫の息の野郎がなんスか?」
「生きているだろう?」
「そっスね」
「私の手加減が下手なら、こいつは死んでる」
「………そっスね」
そっスねと機械のように繰り返す真人を放っておいて、歩みを進める。
しかし、弱い。弱すぎる。
まぁ人生二十年も生きていないボウズ共に強い者など期待する方がおかしいか。
漫画やアニメのように、スキルを持った若い強者と対面してみたいものだが。
現実問題として、中々そんな者は居ない。
「おい真人、さっさと親玉の元へと案内しろ」
「へ、へいっ! オラお前ら、姉御の道を阻んでんじゃねぇぞコラッ!!」
「「「「「ヒィィィッ!!」」」」」
同時刻・鷹学side
「道成君! じょ、女帝アゲハが乗り込んできましたっ!!」
「な、なんだとぉ!? ど、どういう事だ!? 女帝のいる区域には手を出すなと、厳命してあったよな!?」
「そ、それが、セントケルベロスが潰れてから、抑えの効かなくなった中等部の奴らが、命令を無視したようで……」
「馬鹿がっ……! あのセントケルベロスをたった一人で潰した化け物だぞ!? 俺達が束になった所で勝てるわけが無いっ……!」
机をバンと叩く。手が痛い。
けどそれ以上に頭が痛い。なんという事をしてくれたんだ。
俺達の鷹峰学園、通称鷹学は、小中高一貫の学校だ。
長年一緒に暮らしているお陰か、男女共に仲の良い者が多い。
そんな鷹学は、ついこの間まで、セントケルベロスと呼ばれる不良高校生のグループの傘下に入っていた。
いわゆるパシリ的なやつである。
何をするのも許可が必要で、あれはダメこれはダメと締め付けられていた。
奴らはヤクザとも関係があったようで、俺達が秘密裏に売ろうとした薬も止められた。
大麻の所持がどうたらこうたら、バレなければ問題ない事もいちいち指図してきて、止められた。
だから、そんな目の上のたん瘤であるセントケルベロスを潰してやりたかった。
けれど俺達にそんな力は無い。
セントケルベロスの四天王である奴らが強すぎるからだ。
刃物を持たせれば敵無しとまで呼ばれる斬魔ジャッカル。
その美貌で敵味方問わず骨抜きにする艶姫マリア。
ボディービルダー顔負けの筋肉を誇る剛力コンゴウ。
そして女帝・アゲハのように格闘のエキスパートである無双バード。
この四人が本当に強いのだ。
だから、一つ計略を巡らせた。
セントケルベロスは悪名高い集団だ。
それはヤクザ等反社会集団と関係がある事からも裏が取れる。
後は罪をでっち上げ、噂を流す。
その噂が女帝・アゲハの元へと届けば、後は勝手に潰してくれると踏んだ。
計画通り、女帝・アゲハはセントケルベロスを潰してくれた。
今までセントケルベロスに抑圧されてきた俺達は、湧いた。
もう我慢をしなくて良いのだと。
だが、俺は一つだけ厳命をしていた。
女帝・アゲハの居る学校、そしてその周辺には近づくなと。
あの最強と名高いセントケルベロスの四天王を、たった一人で潰した最強の中学生。
そんなもの、Sランクガーディアンですら勝てないかもしれない。
絶対に敵に回してはならない。そう俺は思っていたからだ。
だが、計算外というか、今まで抑圧されてきた者達の感情を理解しきれていなかった。
俺の厳命を聞かなかった馬鹿共がいたという事だ。
「も、もうすぐそこまで来ているようですっ……!」
「……逃げるぞ」
「え?」
「逃げると言ったんだ。例え馬鹿共が全滅しようが、俺が生きていれば再起は測れるからな」
「道成君!?」
「ほう、面白い事を言うなボウズ」
「「「「「!?」」」」」
「大将が戦いもせずに逃げる算段とはな。これだから勉強だけできるお山の大将はよぉ」
「貴様は……淳学前番長、真柴 真人っ……!」
淳心学院中学校なので、略して淳学と呼ばれている。
鷹学と対を成す中高とエスカレーターで行ける学校だ。
鷹学は小学校……初等部と呼ぶのだったかな? からだそうだが。
「無駄だと思うが一応言っておく。我々に淳学と争う意志は無い。今回そちらに手を出した者は、こちらの命を破った者で……」
「そんな事ぁ知ってんだよ。俺が今回姉御に来てもらったのはよぉ、テメェらが姉御を利用したからなンだよ」
「何?」
「姉御、セントケルベロスは確かにここら一帯を仕切ってる悪の組織って認識だったんス。それは間違いねぇっス」
「そう聞いているな」
「けど、それは傘下の奴らが犯罪に手を染めねぇように、ルールを取り仕切ってたんスよ」
「……なんだと?」
「この鷹学が良い例なんスよ。こいつら、セントケルベロスに薬物の取り扱いを止められてたんス。確かに大麻ってのは金になるんスけど……それに依存しちまった奴の未来は真っ黒っスよ。そんな事をまだ学生のうちから、させるわけにはいかねぇっス。そういうのを取り締まってたのも、セントケルベロスなんス」
「では何か……私は、良い組織を潰してしまったという事か……?」
それは、なんというか、非常にマズイ。
その、湊の姉として。
「あーいや、良い組織ってわけじゃねぇのは確かなんスけど。ただ、ガキなりに筋は通す組織だったンスよ。それを、こいつらが意図的に情報操作を行ったようなんス。なんかおかしいと思ったんで、調べたんスよ。そしたら出るわ出るわ、嘘か分かりにくい嘘が」
「……成程。私は体よく利用されたわけか。ふむ……ならば、こちらも筋を通そう。少し待ってろ。真人はこいつらが逃げないように見張っておけ」
「了解っス! テメェら動くんじゃねぇぞ? 動いたら、本気で殴る」
「「「「「っ!!」」」」」
腐っても元番長。中々の威圧感のある眼光をしているな。
その間にスマホのラインをポチポチ。
秒で返信が来た。うむ、これで良し。
「丁度近くに全員居たようでな。すぐだろう」
「えっと、姉御? どういう事っスか?」
「筋を通すと言ったろう? こいつらをぶち殺すのは、私の役目じゃないという事だ」
「それって……」
チャリン
「「「「「!!」」」」
地面にメダルの転がる音がする。こんな事をする奴を私は一人しか知らん。
「斬魔のジャッカル、揚羽様の命により参上」
「来たか武」
「ジャッカル、ジャッカルでおなしゃす揚羽様っ!」
「分かった分かった。お前達は本当にそういうの好きだな」
「あらアゲハ様、この年頃の男女は大抵そういうものでは?」
音も無く後ろに現れた女。
香水がきつく、私は苦手だ。
「お前も来たかマリア、速かったな」
「ふふ、アゲハ様のお呼びとあれば、どんな事よりも優先致しますわ」
「嘘だろ、あの艶姫マリア……!? 滅多に人前に現れない事で四天王の中でも有名なのに……!」
どうやら鷹学の奴らにもセントケルベロスの元四天王の名前は有名なようだ。
残りは二人だが……
「バード、参りました揚羽様」
「おう。お前もマリアと同じく気配が読みにくいな」
「揚羽様にそう言われるとは、嬉しい限りです」
「分かるわぁバードちゃん。アゲハ様に褒められてる気がするものねー」
「ああ」
頷きあってる二人は、何を阿呆な事を言っているのか理解が全くできん。
とりあえず、これであと一人か。
あの筋肉マッチョは流石に来るのは……
「うおおおおおおっ! アゲハ様ぁぁぁああああ!!」
ドスンドスンと地鳴りを上げながら走って来る暑苦しい男。
こいつが四天王と呼ばれている最後の一人だ。
「ただいまぁぁぁぁ! このコンゴウがまいりました……!!」
「ああ、あと声のボリュームを少し落とせ、やかましいわ」
「もうしっ! わけっ! ありまっ! せんっ!」
「息継ぎをしろと言ったんじゃないわ戯けっ! まぁ良い、とりあえずこれで全員揃ったか」
「「「「元セントケルベロス四天王、ここに」」」」
四人が私の元に跪く。
懐かしいな、この感じ。
前世を思い出すではないか。
「お前達を呼んだのは他でもない。この鷹学の奴らが流した嘘で、私はお前達のグループを壊滅させてしまった。まぁ、潰した事を謝るつもりはない。悪い事をしていたのは事実らしいからな。だが……セントケルベロスが邪魔で、潰す事に私を利用したようでな。お前達には、復讐をする権利があると思ったわけだ」
「揚羽様、つまり俺達に……?」
「そうだジャッカル。私は止めん。思う存分、やって良いぞ」
「「「「!!」」」」
「「「「「ヒッ!?」」」」」
目をぎらつかせる四人と、恐れおののく鷹学の連中が対照的だな。
「真人」
「う、うっス!」
「私達は最前列で見学させて貰うか。元セントケルベロス四天王の戦いをな」
「うス!」
それから鷹学の不良グループは、一時間も経たないうちに壊滅したのだった。
人の戦いを見るのも楽しいものだな。