前世魔王の最強ヤンキー娘
西暦3124年
---兵庫県 姫路市 姫路城前---
「良いから出せよ。ほら、持ってんだろ?」
「痛い目を見る前に、さっさとしろってんだよ!」
「ひっ……! で、でもこれは、塾の……」
「俺らが笑ってるうちに出した方が良いぜぇ? 怪我したくなかったらよぉ!」
「ひぃぃっ……! わ、分かりましたっ! こ、これ……」
……趣味の美術館通いの通り道に、腹の立つ場面に出くわしてしまった。
はぁ、まだカツアゲなんてカスな事をやるクズがこの辺りにいるとは。
私の精神衛生上とてもよろしくないし、助けるとするか。
芸術品は澄んだ気持ちで見なければ失礼というもの。
「おい」
「あぁン? なんだお前。今取り込み中なんだよ、あっちいってろ」
「……っ!!」
「ん? どしたんだよ健吾。何を驚いてんだ?」
「こ、ここらじゃ珍しい銀髪に、手に血濡れのグローブ、黒いセーラー服っていやぁ……も、もしかして……あの悪達の巣窟、セントケルベロスを一夜にして壊滅させた、女帝・アゲハ!?」
「んだと!?」
「知ってるなら早いな。あとこのグローブは血じゃなくて赤いだけだ。ったく、カツアゲなんて糞な真似しやがって……どうせお前ら初犯じゃねぇんだろ? ブッ飛ばしてやるから掛かってきな」
「舐めやがってっ! おらぁぁっ!」
「おせぇんだ、よっ!」
「げはっ……!」
「ひっ!?」
右足で頭を蹴り飛ばす。
男はそのままぶっ飛んで地面に倒れた。
まぁ手加減はしてる、死にはしないだろ。
「次はおめぇだ」
「す、すすすすみませんでしたっ! もうしませんっ! ゆ、許してくださいっ!」
そう言って土下座をする男の頭を、掴む。
「なら一つ尋ねよう。お前にカツアゲされそうになった奴がそう言った場合、許してカツアゲをやめた事はあるか?」
「そ、それはっ……」
「ねぇよなぁ? なら、私がする事は一つだ馬鹿野郎がっ」
「ゴフッ……!」
掴んだ頭をそのまま地面へと叩き付け、気絶させた。
弱いくせに、よく他者を虐められるモンだな。
「あ、あの! ありがとうございました。 こ、これ、お礼に……」
手を震わせながら、財布から万札を取り出し、渡そうとする男を冷めた目で見る。
「おいボウズ。その金は、ボウズが働いて稼いだ金か?」
「え……そ、それは、違い、ますけど……母さんから貰った、小遣いで……」
「そうだろうな。なら、その金はお前の両親が一生懸命働いて、得たお金からボウズに分けた金なわけだ。下げたくない頭を下げて、文句を言われても我慢して、日々ストレスを感じながらも……家族の為に、頑張って貯めた金だ。それをボウズの為に渡した大切な金だよな?」
「っ!!」
「その頑張りを、お前は何の関係も無いクズに渡そうとした。お礼は良い。だけどカツアゲなんかで渡そうとするな。ボウズの両親の為にもだ」
「……そう、ですよね。ぼ、僕も、貴女みたいに強くなれるでしょうか」
「あン? それは無理だな」
「!! あはは……やっぱり、そうですよね……」
「ああ、肉体的強さや技術的な強さは、一朝一夕に身に着くモンじゃねぇし、何より私は最強だからな。私みたいになるのは不可能だ。だけどそうだな……心なら、追いつけるかもしれんぞ?」
「心……?」
「そうだ。何も目に見えるモンが強さの全てじゃねぇ。勝てなくても良い、心が負けなければ良いんだ。これは大事な事だぜボウズ。そんじゃ、私はこれで行く」
「あ、はいっ! あの、ありがとうございましたっ! よ、良ければお名前を聞かせて貰えませんか!?」
「名前ぇ? 変な事を聞く奴だな。私はBeli……ゴホン、揚羽。天羽揚羽だ」
「天羽、揚羽さんっ……」
名乗りを終えた私は、元から行く予定だった姫路市立美術館へと向かう事にする。
うっかり前世のBelialと名乗る所だった。
ああ……待っていろよ芸術品達……! 今私が行くからな……!
「……おせぇ。あいつら何やってやがる」
「おい、上納金は集め終わったんだろうな?」
「は、はい! 第一グループから第五グループまでは滞りなく……!」
真っ黒い学ランを着た、体格の良い男が胡坐を組みながら聞くと、傍に控えていた男が怯えながらそう言った。
男は煙草に火をつけ、一度ゆっくりと吸い、その息を吐いた。
「ふぅー。良いか、組織ってのは金が掛かるもんなんだ。下の奴らから集金して、上の方達に上納するのは、組織をやっていく上でマナーなわけよ。分かるよな?」
「は、はいっ!」
「ならとっとと残りのグループの分を集金してこいやっ!」
この場で一番権力のある男にそう怒鳴られ、慌てて外へと向かおうとした所で、男達が数人慌てた様子でやってきた。
「おい、どうしたそいつら」
「大樹君! そ、それが……こいつら、裏路地で倒れてて……」
「……水かけろ」
「うっす」
命令を受けた男達が、バケツに水を汲んで気絶している男達に掛ける。
「「ぶはぁっ!?」」
「よぉ、目が覚めたか」
「だ、大樹君!?」
「お、俺達気を失ってたのか……」
「で、上納金は集め終わったんだろうな?」
大樹に睨まれた男達は、震えながら答えた。
「そ、それが、その……途中で邪魔が入りまして……」
「あぁ!?」
「っ……む、無理ですよ! あの女帝が出てきたんスからっ!」
「そ、そうなんですっ! 金を回収しようとしたんですが、邪魔されて……」
「女帝・アゲハか。確かに最近、そいつの名はよく聞くな。確か、あのセントケルベロスが一夜にして潰されたってのは有名な話だ」
「噂に違わず、滅茶苦茶強かったっスよ……俺なんて一撃で気を失わされました……」
「タコ。テメェなんぞじゃ強さを測れるわけねぇだろ。しかし、俺らシャドウスケルトンに手を出した以上、そのまま済ますわけにはいかねぇな」
「ど、どうするんですか大樹君。セントケルベロスの四天王、斬魔ジャッカルに艶姫マリア、剛力コンゴウに無双バードが全員負けた相手っスよ?」
「馬鹿野郎。そんなデマを信じてんのか」
「「え?」」
「どんな奴でも、あの四天王を相手に勝つなんて不可能だ。それを俺はよーく知ってる。あの方達は正に別格の強さなんだよ。大方、四天王の居ない隙をついて雑魚を倒しただけだろうさ」
「(なぁ、確か四天王の方達って女帝の舎弟になってなかったか?)」
「(俺もそう聞いてる。それも自分から舎弟にしてくれって言ってたんだろ?)」
「おい、何をブツブツ言ってやがる?」
「「……」」
「ま、それでもそれなりの強さはあるんだろう。だから、策を使って念には念を入れる」
「策っスか。一体、それはどんな……?」
「天羽揚羽、奴には小学生の弟がいる。そいつをサラってこい」
「「!!」」
「ククッ……人質で手を出せないところを、好き放題してやるぜ。お前らも借りを返させてやるよ」
「「!!」」
「セントケルベロスを潰した女帝・アゲハを潰せば、俺達シャドウスケルトンの名も広がるって寸法よ。ククッ……ハァ―ハッハッ!!」
「ただいま」
ふぅ……堪能した。やはり芸術品は良い。
作者の心が、想いが、全てを表していると言っても過言ではない。
見方を変えれば新しい発見をくれる美術品の数々に、今日も心が癒された。
惜しむらくは、午後5時までしか開いていない事だな。
今世では金があまりないから、買う事も出来ん。
どうにかして金策をしたい所だが、まだ私は13歳、ぴっかぴかの中学一年生だ。
美術館に行っても大人達から微笑ましい目で見られてしまう。
「お帰り姉さん」
そんな事を考えていたら、弟が階段から降りてきて、挨拶をしてきたではないか。
「おう、ただいま湊」
天羽 湊、小学五年生の10歳だ。
私より3つ下だが、物凄く落ち着いている。
「ご飯出来てるよ。父さんと母さんは今日も仕事で夜遅くになるらしいから、先に食べよ」
「うむ、分かった。手を洗ってこよう」
弟は私と違い、料理も出来るし勉強も出来る。
「美味い、また腕を上げたな湊」
「そう? 姉さんが美味しいって言ってくれるなら、嬉しいな」
そしてとんでもなく可愛い。
目に入れても痛くないとはこの事だろう。
前世で私は愛した者など居ないが、今世であれば間違いなく弟を愛していると言える。
この可愛い弟の為なら、世界を敵に回しても構わん。
「それじゃ、勉強してくるね。食器はながしに置いておいてね姉さん」
「待て待て、食器くらい私が洗ってやるぞ?」
「え? えーと……姉さんの手を煩わせるなんてとんでもない。良いから、ゆっくりしていて。ね?」
「ぐふぅっ……」
「……(姉さんが食器を洗うと、大体割れちゃうんだよね……)」
困った表情で見上げる弟(弟は私より10cmは小さい)がとてつもなく可愛い為、胸を撃たれたかのような衝撃になんとか耐えた。
「わ、分かった。湊は強いな……姉さん負けそうだぞ」
「何言ってるのか分からないけど、ゆっくりしてね姉さん」
そうして部屋へと戻った湊を見送り、私も部屋へと戻った。
翌日、学校帰りに弟を預かったという手紙を受け取り、私の怒りが頂点に達したのは言うまでもない。
どこのどいつだ! 私の大切な弟をサラッたクソはっ!