きになっていました
相棒でも、部下でもある大切な古びた机と、肘掛けの直ったイスを前に、絶望したクラッチ博士。
しかし─
家政婦や執事に用意をされたケーキで、少しずつ機嫌は治って行った様ではあるが……
一方で、苛立っていた家政婦の機嫌は─?
─第8話─
『はい。コレで、よろしいかしら?』
部屋に入るなりソファーに腰掛けたまま、まだ残っていたケーキをゆっくりと頬張っていた世界の嫌われ者を見つけると、興奮冷めやらぬ様子で持って来た工具箱をドン!と、クラッチ博士愛用の古びた机の上へ置くと、家政婦はソファーへと腰掛けた。
『ん?なにか?』
まだ口の中に残るケーキで、口をモゴモゴさせながらも、座ってから顔をジッと見られていたクラッチ博士は、家政婦に問いかける。
『別に…。ただ、聞きたい事が…』
明らかに口ごもり、言いにくそうにしている家政婦ではあるが、その様子を全く気にする素振りも見せずに、世界の嫌われ者は口の中のケーキと格闘しながら、その口を開いた。
『私に、質問ですか?どうぞ、なんなりと。』
喋りながら、時折ケーキが溢れ落ちていた。
だが─
それを全く気にせずに、次の一口を皿から切り分けると、口の中に放り込みながら目だけは、家政婦を捉えて離さなかった。
『デービッドに、ユニークな人と聞いたのだけど』
溢れ落ちるケーキを見て掃除の事を考えると頭が痛くなり始めた家政婦はその様子を白い目で見つつ、半ば呆れながらも納得のいかない事は、ハッキリと物申すタイプでもあるらしいリンダは、かつての優秀な助手から聞いた言葉を確認する様に、聞いていた。
『なるほど。』
そう呟くと、クラッチ博士はゴクン─
と、口の中のケーキを全て飲み込んだ。
『彼は、私の行動や言葉1つ1つに、笑顔を見せていたのは事実なんですがね。ただ、ユニークと言うよりはナイーブと言っていた。そう。世間知らずって事ですが。それを、聞き間違えられたのでは?』
世界の嫌われ者は、自らが言われて来た悪評や陰口や悪口も含め、自身に言われて来た言葉、その全てを受け入れていた。
学会では頭のおかしいエクソシストとして、世間では嫌われ者として、メディアに取り上げられる事があったとしても、これまで決して良い書き方をされた事は、ただの1度もなかったのだ。
言い換えれば、世界の嫌われ者と言う不動のポジションを気に入っていたかはさておき、他人の目を気にする事はない!と、言う事でもあった。
『あなたは、それで良いわけ?』
家政婦は尋ねる。
しかし─
当の本人はそんな事を気にする素振りを微塵も見せずに立ち上がると、自らの相棒でもある古びた机の上へ置かれた、工具箱を開け始める。
その中から釘抜きを取り出し笑顔になると、長年の相棒でもある今は原型を取り戻していた椅子の、肘掛けに新しく打ち込まれた釘に狙いを定めると、力を込めて隙間に先の部分を押し当て、抜く作業へと入った。
……の、だが。
ベキッ─
小さな鈍い音が聞こえるや、座面と肘掛けを支えていた内の支えの1本が、力任せに差し込まれた釘抜きに押されて歪むと、微かにヒビが入り表面は割れていた。
ところが─
そんな鈍い音が聞こえなかったのか、尚もクラッチ博士は釘抜きを強く押し当てると、先端をグリグリと、こじり始めた。
ベキベキッ─
座面と肘掛けを支えていた内の支えの1本は、完全に割れ折れ、取れかかったと言うよりも壊れかけており、肘掛けが無残にもお辞儀をする様にブラブラしている。
釘がうまく抜ければ、元通りに肘掛けの半分取れかかった椅子へと戻った訳だが、取り返しの付かない形になってしまった今、その肘掛けを見て呆れ果てた様に、笑い始めた家政婦。
確かにユニークな人かもしれない─
家政婦は、デービッドが言っていた意味を理解し始めていた。
クラッチ博士はと言うと─
そんな変わり果てた肘掛けを見ながら、やってしまった!と、明らかな落胆をして、呆然としながらもまた、新たな形になった相棒を撫でている。
工具箱へと釘抜きを戻すと、世界の嫌われ者は肘掛けの壊れかけた椅子へと腰掛け、古びた机の上へ足を伸ばすと、考えるポーズを始めた。
『ねぇ!そのポーズってなんなの?』
家政婦の言葉が聞こえないかの様に、目を閉じ集中し始めたクラッチ博士。
家政婦が見た時と違うのは、顔の上にハットを乗せて居ない事だけだった。
10分が経過した頃─
静けさが部屋を包み込み、声も音も聞こえない、ただの静寂が過ぎていた。そんな中で不意に目を開けた世界の嫌われ者は、その視界の中にソファーへと腰掛けていた家政婦を捉えると、目が合った家政婦へと、ボソボソと声を掛ける。
『………きになって、います。』
良く聞き取れなかったが、この短時間の出会いで気になり始めたの─!?
と、家政婦がその視線を落とし、なんなの?コイツは!と、その表情に怒りとも、恥ずかしさとも言えない不思議な感情に襲われながら、もう1度クラッチ博士を見やる。
案外、良い男なのかもしれない─
ファッションセンスは、壊滅的。
でも、身長は高いし年齢は若いし、頭は良い。
事件を解決して有名になれば、決してお金に困る事もないだろう。
目の前のクラッチ博士を見る目が変わりそうでもあった。
実際、ガルシア家の家政婦として勤めていても、ずっと出会いらしい出会いもないリンダは、忘れかけていた人肌の温もりと言う物にも、飢えていたのかもしれない。
しかし、そう思った次の瞬間─
『私のハットが下敷きになって、います。』
と、先程よりも大きく、ハッキリとした声で世界の嫌われ者に、告げられた。
この男は、なんなのよ─!!
あの少しでも、昂ってときめいた瞬間を、返しなさいよ!と、口には出さずとも怒りの表情でクラッチ博士を見るや、その自身の尻により下敷きになった事で、ぺしゃんこになったハットをソファーから立ち上がり、博士へと返却した。
家政婦の機嫌が突然悪くなった事を、全く気にする様子もないクラッチ博士は、ハットを家政婦から受け取るとそのまま顔の上に乗せて、いつもの様にまた、考えるポーズを取り始めていた。
青白い封筒─
これは、面白そうだ。
しかし、
何かにおうな…。
下敷きになっていたハットをかぶると、いつもの考えるポーズを始めた世界の嫌われ者。
未だ解けぬ、青白い封筒の謎とは─!?
今後の展開を、お楽しみに─