訪れた、悲劇の連鎖
本格的な推理を始める前に、新たな部屋で1人物思いにふける世界の嫌われ者─
新たな強敵が訪れた今、クラッチ博士の脳内は計算を始めていた。
そんな、1人で決意を固める世界の嫌われ者に、悲劇が訪れた─
─第7話─
『こちらの部屋に、運んで頂戴!』
飲み物を持った家政婦と一緒に、大きな荷物を抱えた大柄な男達が数人、クラッチ博士が佇む部屋へとなだれ込んで来た。
見れば、追い出されそうな自慢のオンボロ事務所から運ばれた、部下でも相棒でもある古びた机や、肘掛けの半分取れかかった椅子や、わずかばかりの温もりをくれるストーブであった。
博士自慢の部下達は意外に大きく、男達の顔を真っ赤に染めながらも階段を抜け、ここまで慎重に運ばれて来ていたのだ。
部屋の間口はと言うと、両の扉を最大に広げても相棒達がギリギリ、入るか入らないかであった。
ゴッ─
慎重に搬入を開始するも─
鈍い音を立てた古びた机は、長方形であった天板の角の1つが扉との戦いに負け、誰の目から見ても明らかに丸みを帯びていた。
その変わり果てた様子を見ながら手を当てて、哀しみの表情を浮かべる世界の嫌われ者。
しかし─
悲劇は終わらない。
肘掛けの半分取れかかった、長年その背中を預けて来た最愛の相棒とも言うべき、自慢の部下の肘掛けは─
クラッチ博士曰く無残に、その原型を取り戻していた。
『運ぶ際に、取れそうだったもので…』
運搬をした男から丁寧な説明を受けるも、あの取れかかった形でなければ、うまく推理が進まないかもしれないだろ!
と、烈火の如く怒りを露わにする世界の嫌われ者を尻目に、家政婦は明らかに呆れていた。
『直ったのなら、良いでしょ?』
そう語る家政婦は飲み物とケーキを運びながら、新しくこの部屋用に買ったと言う応接用のテーブルの上に乗せると、ついでに運ばせたと言う応接用のソファーへと、腰を降ろした。
家政婦の横へと腰掛けた執事と共に怒りをなだめられながらも、そのソファーへと腰掛けた世界の嫌われ者は、まだまだ怒りが収まらない様で、ぶつぶつと文句を言いつつもケーキを頬張ると、目の前で淹れられた紅茶を啜る。
相棒の大事さを理解していない─!
常人には理解し難い、壊れた物が元に戻ったのに怒りを露わにする感情を抱きながらも、甘い物には目がないと言う、クラッチ博士。
どうやら機嫌が直ったのか、無心で頬張るケーキの分析を始めると、自慢の革の剥がれ掛けた鞄からノートを取り出すや、メモを残しながら執事のビルに向かいその1枚を破ると、無造作に渡して来た。
『早急に、コレを用意してくれませんか?』
そう言うとソファーへ腰掛け直し、しばらく顎の下へと手をやり考え込むと、不意に何かを閃いた様子で、家政婦へはハンマーと釘抜きを用意してくれるよう頼んだ。
席を立ち、急いで動き出した執事と家政婦が部屋を後にするのを横目に見つつ、その頼んだ品々を待つ事にしたクラッチ博士は、自慢の革の剥がれ掛けた鞄から書類を取り出すと、古びた机の上へ広げ書類整理を始めた。
案外悪くないものだな─
部屋を見渡し、思いにふける世界の嫌われ者はココにデービッドが居たら……と、少しばかり感傷的になっていた。
だが─
今は、一刻も早く青白い封筒の事を解決しなければならないな。と、思いつつ、先にやるべき事を片付けて行こうとする、クラッチ博士であった。
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『なんなの?人遣いが荒いのにも、程がある!』
家政婦はぶつぶつと文句を言いつつも、屋敷内の工具箱を探し、言われた通りのハンマーと釘抜きを用意する事に、奔走していた。
デービッドから聞いた博士と言えば、かなりの人見知りであり、かなり個性的で、ユーモアのあるユニークな人だと聞いていた。
まさか、嘘をつかれた─!?
少しばかりの苛立ちを覚えつつも、博士の行動を思い返してみていた。
人の目を全く気にする事もなく、大通りで椅子に腰掛けたり、壊れかけた物が直ったら気に食わないと言ってみたり、初めてのリムジンの中でシャンパンの栓を上手く抜けずに、人に当ててみたり。。。
確かに、かなり個性的ではあるか─
納得する部分もあったが、人見知りである事やユニークな人と言うのには、反論を述べたかった。
アイツのどこが、ユニークなのよ─!
小さな倉庫として使われる部屋へと入りながら、デービッドから聞いた人物像とは、まるで違うであろう目の前に現れたクラッチ博士を思いながらも、工具箱を探すリンダ。
踏み台がないと手の届かない位置に工具箱を見つけると、それまでの怒りも相まってか、抑えきれなかった感情に身を任せて、壁に寄り掛けてあった踏み台を取ると力いっぱい広げるや、ドスンドスンと音が鳴る様に、荒々しく段差を昇って行った。
その力にバランスを保てなくなった踏み台は、
まるで、そんな乗り方をされたら嫌だ!
と、拒むかの様に斜めに傾くと、次の瞬間、家政婦は小さな倉庫の天井を見つめていた。
痛さと、怒りの感情が混ざりあった中で、家政婦は誰も居ない室内に向かって叫んでいた。
『なんなのよ!』
大きな音と臀部の痛みと言う代償と引き換えに工具箱を手に入れ、部屋から出るとそこには心配そうな顔をしたメイド何人かに、囲まれる事に。
『何でもないから、心配要らない!』
と、その場を、足早に立ち去る家政婦。
その顔は誰の目にも明らかなほど、赤く染まっていた。
アイツのせいで─!!
工具箱を持つ手が震える家政婦は、恥をかかされた事を根に持つかの様に、あの男には何かしらやり返してあげないと!
と、自身の気が済まなくなっている様子であった。
『いつか、見てなさいよ』
小さく呟くと、クラッチ博士の待つ部屋へと向かって歩き出していた。
思わぬ悲劇が訪れ、怒りに震える家政婦・リンダ。
その怒りを向けられたクラッチ博士は、何か考えがある様で─
今後の展開を、お楽しみに─