届いた手紙
案内された部屋は、クラッチ博士の部屋だった─!?
不可解な出来事が起こる中、何かを思い出したかの様に、家政婦を見つめる世界の嫌われ者。
そして─
とある便箋を渡される事に─
─第5話─
『君は、以前私の事務所へ来た事があるね?』
その瞳を逸らさないまま、家政婦に向けて先程思った事を、そのままぶつけてみる。
『えぇ。依頼をしに行ったのだけれど、机に足を伸ばし、顔の上に帽子を乗せ、コーヒーを啜っていたわね。でも、どうしてそれに気付いたの?』
デービッドを思い、感傷的になっていたあの時の扉を叩いたのが、この家政婦だったとは─!
そう、あの時は何か用ですか?
と、尋ねたものの、クラッチ博士の横柄な態度を見かねるや、その客人は依頼をする事もなく、踵を返してしまったのだった。
当然の事ではあるが、博士からは顔が見えていなかったのだが、お気に入りのハットの隙間から、特徴的な靴は見えていたらしい。
その事を、家政婦に告げながら、
『あの時は、優秀な助手を亡くしたばかりでね。少しばかり、感傷的になっていたのだ。それは私のミスである。すまなかったね。』
と、陳謝の言葉を続けた。
だが、そんな男になぜ2度目の依頼を─?
博士からの当然ながら湧き上がる疑問に、家政婦はあまりにも簡単な答えを返す。
『主人のガルシア様に、頼まれたからよ。』
ガルシア家の当主と言うからには、さぞかしお金持ちなのだろうな─
政界や財界のニュースが流れる度に、その名が流れたのは、1度や2度ではない。
誰しもが1度は聞いた事があるくらいには、有名な資産家でもある事は、さすがのクラッチ博士ですら知っていた。
あれだけ世を賑わせているのだから─。
そんな事を思いながら、クラッチ博士は目の前の家政婦と執事に、改めて依頼内容を聞く事にした。
すると─
契約書
一、屋敷内で起こる不可解な出来事を解決する事。
一、解決の為に、屋敷内の1室を与える事。
一、期限・猶予は特に定めない事。
一、私用にて外出する場合、執事に言う事。
一、解決までは、他の依頼を受けぬ事。
一、執事と家政婦が身の回りの世話をする。
と、事務的にタイプライターで打たれた紙を、クラッチ博士へと差し出す家政婦。
『と、いう訳で、今日からこの部屋があなたの専用部屋って訳。内装は、いつもの事務所に似せてあるから、落ち着くとは思うけども。足りない物があれば、何なりと言って頂戴!』
顔に笑みを見せることもなく、ぶっきらぼうに言い放った家政婦。
クラッチ博士愛用の、部下とも相棒と言っても過言ではない古びた机や、肘掛けの半分取れかかった椅子や、わずかばかりの温もりを与えてくれるストーブに関しては、今日中に届くとの事まで教えてくれた。
口を開かなければ、きっと美人で通るのにな─
博士は口には出さず、心に留めて置く事にした。
これなら、新たな事務所探しは、当面しなくても良さそうだ。
目の前で、安堵の表情を浮かべる世界の嫌われ者を見る目が冷たい家政婦はさておき、契約書へのサインを促された。
サインをしない限りは、きっと本題を教えてくれそうもない執事と家政婦を交互に見やりながら、クラッチ博士は雨風を凌げる部屋が手に入った喜びを内心、噛み締めていた。
あの、誰の目にも明らかな、自慢の古ぼけたオンボロ事務所に愛着はあるものの、追い出されそうな現状では、博士には手の出しようもなかった。
口座の作り方はもちろん、いくら残高が記されていて、いくら依頼料を取っていたのか…すらを知る事のなかった、世界の嫌われ者。
普段の金銭管理をすべて、優秀な助手に一任して来たツケが、回って来たのだ。
タイプライターで打たれた紙の、右隅にサインを終えると、執事が内ポケットから1枚の赤い封筒を取り出しながら、話し始めた。
『こちらの18番目のお屋敷は、主人のガルシア様お気に入りの避暑地でございまして。かの有名な、ノートン皇帝の末裔から、買い取ったものでございます。そんな、避暑地としての役割を持つ、このお屋敷の郵便ポストに、この様な手紙が3ヶ月程前から届く様になりました。』
その言葉が終わるのを待ちきれなかったクラッチ博士は、執事の手から封筒をもぎ取ると、中身を確認してみる事にする。
封筒の裏面に書かれた差出人を見ると、ヘイトと記されており、中には便箋が1枚入っていた。
どこか焦げた様な、日焼けをした様なうす汚れた便箋に、お気に入りの万年筆で書かれたと思われる様な、他の人では読めないであろう暗号文に近い汚い文字が並んでいた。
『コレは、何と書かれているのですか?』
便箋を丁寧に戻すと、執事へと封筒を返す。
そのやり取りを見ながら、家政婦が口を開いた。
『だから、あなたを呼んだんじゃない?』
この文字の解読の為に─?
そんな事の為だけに、この私を呼び、あまつさえ軟禁しようと言うのか?
少しばかりの憤りを覚えたが、便箋や封筒にはどこか見覚えがあった。
その文字も、どこかで見た気がする─。
そう感じたクラッチ博士は、もう1度執事から封筒を受け取ると、便箋を開く。
やはり、思った通りだ─!
そこに並ぶ文字、特徴的な便箋、そして赤い封筒。
間違いなく今は亡き、かつての優秀な助手へと送りつけた手紙の1つであった。
ヘイトの文字は、私が書いた物ではないな─
筆跡を見る限り、他者が書いた物である事は間違いなさそうであった。
そもそも、亡き優秀な助手へと宛てる手紙に、ヘイトの文字は書いた記憶もない。
なぜ、ガルシア家に─?
考えても答えは見えない。
実に、不可解であった。
しかし─
満面の笑みを浮かべると、執事や家政婦の目を気にする事もなく、世界の嫌われ者が呟いた。
面白そうではないか─!
亡き優秀な助手・デービッドへと宛てたはずの手紙が、何故かガルシア家に─!?
不可解な出来事の正体とは─!?
雨風を凌げる、新たな事務所代わりを手に入れたクラッチ博士は、この不可解な出来事を解決する事が出来るのか!?
今後の展開を、お楽しみに─