謎の女性
絶望をするクラッチ博士。
しかし─
強制退去まで、残された時間は少なかった!
色々思案してみることにしたクラッチ博士ではあるのだが─
─第1話─
強制退去まで、後6日─
途方に暮れ、新しい事務所を探す事を決意したクラッチ博士ではあるものの、アテは全くなかった。
学生時代の友人は数える程しかおらず、また成績優秀で卒業したはずの学び舎にも、頼れる人は皆無と言っても良かった。
どうしたものか─。
とりあえず、事務所の外に出されていた古びた机に手を置き、しばし考え込む。
だが─
名案はそんな簡単には、浮かばない。
そうだ─!!
不意に脳裏をかすめた名案に沿う様に、何を思ったか世界の嫌われ者は外にも関わらず、思い切って肘掛けの半分取れかかった椅子に腰掛け、古びた机に足を伸ばすと、顔の上へ自慢のハットを乗せた。
道行く人々は、指を差し、白い目のシャワーをプレゼントし、口々に何かをボソボソと話している。
しかし─
クラッチ博士には、何ら関係なかった。
世界の嫌われ者として、世の中のヘイトを一心に買って来た男にとって、自らの考える時間は何よりも大切な時間であったからだ。
『あの…ちょっとよろしいですか?』
15分程集中をしていた時に、そんな誰の目にも明らかな不審者に、不意に声を掛けた女性。
『何か用ですか?』
事務所にいる時と全く変わらぬ様子で、しかし、その声にハットを乗せたまま返すクラッチ博士。
まだまだ、集中する時間が足りないとでも言わんばかりに、古びた机にも足は乗せたままだった。
だが─
声を掛けて来た女性もそんな横柄な態度を取る、世界の嫌われ者に全く怯む様子もなく、丁寧な物腰で話し掛ける。
『今日は、この後に夕立ちが来ますよ。』
─!!
その言葉を聞き、慌ててハットを古びた机の端に追いやると、朝買ったばかりの新聞に目を通す。
天気予報では明後日までは、晴れマークが並んでいた。
それを確認していたからこそ、集中する為のポーズを取った訳なのだが─。
まさか、冗談でしょ。
と、苦笑いをしながら、声を掛けた女性を見やる。
死んだ魚の様な、虚ろな目をしているな─。
クラッチ博士は口に出したら、絶対に怒られるであろう第一印象を持ったものの、女性はお構いなしに言葉を続ける。
『いえ。夕立ちは来ますよ。』
断固として、譲ろうともしない女性の真剣な眼差しの奥には、微かに妖しい光が滲んでいた。
夕立ちねぇ─。
一瞬考え込んだものの、目の先に広がる、晴れ渡る空を見つめながら、そんな訳はないと確信を持っていた。
雲ひとつなければ、風もなければ、湿度が変わった様子もない。
しかし─
目の前の声を掛けて来た女性を見る限り、とてもジョークを言っている様には思えなかった。
もしや、依頼か?─。
ピンと来た博士は古びた机から足を下ろすと、肘掛けの半分取れかかった椅子に座り直し、女性に向き直ると、お気に入りの手帳と万年筆を取り出し、目を見つめながら、質問をしてみた。
『私に、何か御用ですか?』
改めて丁寧に聞いてみた所で、女性は手に持っていた名刺を机の上へと置くと、博士の目の前までスッと、無言で差し出して来た。
ガルシア家 家政婦 リンダ─。
手に取った名刺には、そう書かれていた。
ガルシア家と言えば、名門中の名門である。
政界や財界において、その名を知らぬ者は居ないだろう。
しかも、世界の嫌われ者、クラッチ博士からすれば月とスッポン。
太陽と月の様に、真逆に位置している事は、想像に難くない。
そんな所で勤める女性が、なぜ私の所へ─?
ふと、脳裏を疑問が覆う。
が、考えてもわかるまい。
そう思いつつ、話を聞いてみる事にした。
悲劇の始まりであるとも知らずに─。
突如現れた、謎の女性・リンダ。
ガルシア家と言う、クラッチ博士とは無縁の大金持ちの影が背後に見え隠れする中で、一旦話を聞いてみる事にした。
果たして、この女性の目的は!?
今後の展開を、お楽しみに。