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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その女騎士は敵国の将軍に忠誠を誓う

作者: ユタニ

女性の性を軽視した行為や表現があります。苦手な方はご注意ください。


昼過ぎ、敵国ルーナの辺境伯の城にて、その訓練棟が騒がしいのに、イーサンは気付いた。


「何の騒ぎだった?」

確認に行った副団長のシアに聞くと、「捕虜の準騎士が思いの外強くて、盛り上がってるようです」との返答があった。


イーサンはため息をつく。

「あいつら、また打ち合いをさせてるのか?捕虜を虐げるのは犯罪だと言っているだろう」

「へばるまで、打ち込むだけです、木刀ですしね」

「多人数で休みなしに相手するならリンチだろう」

「痛めつけはしないですよ、力試しのようなものです、あいつらだって憂さ晴らしは必要でしょう」

シアとイライラと言葉を交わしながら、イーサンは訓練棟へと足を進めた。


敵国の辺境伯の城が明け渡され、ここに拠点を構えて2ヶ月ほど経つ。

ここがこの辺りでは一番大きい拠点なので、投降した辺境騎士団に加えて、近隣の捕虜達を受け入れた。

地下牢は手狭な上に環境もひどかったので、捕虜達は訓練棟の幾つかの大部屋に収容しているのだが、イーサンの配下の騎士達は最近、強そうな捕虜を演習場へ引き出してきては、体力が尽きるまで打ち合いをする、という娯楽に興じている。

最近は賭けまで行い、白熱しているらしい。


戦争の勝敗はほぼ決していて、味方の軍は少しずつ敵国の首都へ迫っている。

勝利までは早くて数ヶ月、首都で抵抗されれば1年ほどだろう。イーサンの軍が占拠したこの辺境の城は、祖国からの補給の中継地として重要ではあるが、やる事といえば味方の勝利を待つだけ、という間延びした雰囲気で、騎士達は暇なのだ。

だが、半ば強制的に打ち合いに引きずり出される捕虜側としてはたまったものではないだろう。


「おまけに準騎士?あいつらは何を考えてるんだ?」

準騎士は年若く、騎士の誓いをしていない少年達だ。

捕虜をへばらせるだけで、危害までは加えていないようなので、目をつむっていたが少年にまで手を伸ばすとは看過できない。


「自ら、志願してきたらしいですよ、自分が一番強い、と」

そこで、イーサンとシアは渦中の訓練棟の演習場へと着く。


そこは既に盛り上がっていた。


「いいぞ!小僧!強えな!」

「お前のお陰で、今日は丸損だぞお!」

「俺は丸儲けだ!」

「おいおい、足がもつれてきてるぞ、まだへばるなよ!」

「もう、終わりかあ?」

「ははっ、やるな、早いし、しなやかだ」

「すげえなあ、後で名前を教えろ!」


野次馬達が好き勝手に囃し立てる真ん中で、アッシュグレイの髪の敵国の騎士服を着た少年が1人、3人の味方の騎士と戦っている。

隅の方には、伸びている騎士が8人。

8人?

あの少年がのしたのだろうか?


とにかくすぐに止めさせようと、怒鳴ろうとしてイーサンは目を見張った。


敵国の準騎士だという少年が、とてつもなく強かったからだ。

その動作は圧倒的に早く、無駄が一切ない。

少年らしい細い腕には見た目よりも筋力がついているようで、打ち込む刀にも威力がある。


実際、3人の騎士達は攻めあぐねていた。


イーサンは腕がむずむずするのを感じる。

あれは、強いな。


「おいおい、3人じゃ、話にならないな」

「あと2人、加えろよ!」

少年の強さに、団員達は盛り上がっている。

あと2人、新手が投入されようとした所で、イーサンは声をあげた。


「おい!待て!!!」

今度こそ、怒鳴り声が演習場に響き渡る。


「ひえっ、だ、団長」

「げっ」

先ほどまでの盛り上がりが一変して静まり返った。


「あー、あの、団長、これはですね」

「言い訳はいい、後で全員、処分だ」

ギロリと周囲を見回すと、皆黙った。

イーサンが囲みの中央に進むと、少年を囲んでいた3人の騎士達もそそくさと退く。


「貸せ」

イーサンはその内の1人から木刀を取ると、少年に対峙した。


イーサンがやる気なのを見て、ヒューッと周囲から口笛が上がる。

少年は、アッシュグレイの髪の毛の下の金色の瞳でイーサンを睨んできた。


「サンズ国のイーサン・ランカスターだ。団長を拝命している。小僧、なかなかやるな、余力があるなら手合わせ願おう」


「イーサン・ランカスターだと?赤獅子か?」

肩で荒い息をしながら、鼻にかかった、柔らかい声で少年は言った。


赤獅子は、戦場でのイーサンの渾名だ。赤茶色の癖毛からつけられた安直な名前。長い髪が靡く様が獅子のたてがみのようらしい。

それなりの武功があるので、こういった渾名もついているのだが、イーサンはあまり気に入ってはいない。何だかダサくないか?と思う。


「そうだ。お前は声変わりもまだなのか?甘ったるい声だな」

「これが地声だ。次はなんだ、女のような顔だとでもいうのか?」

少年は不敵に笑った。

少年で、捕虜であるのに、敵国の将軍であるイーサンに全く物怖じしていない。


気骨のある奴は好きだ。

おまけに強い。


イーサンもニヤリと笑った。


「肌のきめも細かいな、女なら、いろいろ得をしただろうに」

少年は白磁のようなつるりとした肌で、金色の瞳は長い睫毛に縁取られている。

鼻すじはすっと通り、唇は紅を引いたように紅く、顎は小さい。

本人の言う通り、女のような顔だ。美しい部類の。

何の手入れもせずにこれなのだから、もし女であれば、磨けばかなりのものだっただろう。


「はっ、お気に召したか?」

少年はイライラと木刀を振る。

容姿を言われるのは気に入らないようだ。自ら女顔、と言ったのも他人には言われたくないからなのだろう。


「息が落ち着くまで待とう、名は?」

「……リンだ」

「家名は?なしか?」

少年の美貌は平民上がりの騎士とは思えない。


「教える必要あるか?もういいぞ、来い」

「汗が滝のようだが」

「お前らが馬鹿みたいに相手させるからだろ、お前とやってる内に引くだろうよ」

そう言って、リンは、ひたりと木刀を構えた。


野次馬達のテンションが上がる。


「団長ーーーっっ、やっちまってください!」

「小僧、赤獅子だぞ!光栄に思えよ!」

「遠慮すんなよーー!」

「小僧、頑張れよ!団長をのしても構わないからな!!俺らはきっとこれから地獄の特訓だしなあ!」

「団長おぉーーー!!」

「小僧おぉーーー!!」


さっきの静けさが嘘のように、再び大盛り上がりの演習場だ。


「来ないなら、こっちから行くぞ」

リンが素早い動きで打ち込んできた。


かあんっと乾いた音が響く。

思ったとおり、剣が重たい。狙いも的確だ。


イーサンはすぐに本気でいくことに決める。

がががっと壮絶な打ち合いになった。


団員達が息を飲む。


リンはイーサンの攻撃を全て難なく交わして、もしくは受けて、急所を突いてくる。

体はしなやかで、重心が低く、かなりやりにくい。


ひゅっと下からの木刀がイーサンの頬を掠めた。

ちり、と熱さが走る。


振りかぶったリンに、イーサンが返す刀を叩き込む。肩に入れるつもりだったが、ひらりとかわされた。木刀はアッシュグレイの前髪を揺らした。


こいつ、本当に少年か?

打ち合いながら、イーサンはぞくりとした。

疲れがかなり蓄積されているはずなのに、リンはイーサンと互角だ。


本調子なら、押されていたかもしれない。

相手が捕虜で少年だという事で、無意識に手加減してしまっていると信じたいイーサンだ。


激しい打ち合いに、演習場がどよめき始める。


もう何度目か分からない打ち合いの最中、リンが身を低くした、下段からの振り上げは、先ほどイーサンの頬を掠めたものだ。

咄嗟に足が出る。


胴を蹴り飛ばすと、リンは地面を転がりその勢いのまま立ち上がった。


立ち上がりを狙って打ち込む。

もちろん、全て受けられた。だが、少し受けが弱い。流石に体力が限界のようだ。


潮時だな、と思っていると、今までで一番鋭い突きが繰り出される。


一瞬、頭が割れたと思ったが、イーサンは本能的に避けていた。

赤茶色の髪の毛が揺れる。


「くそっ」

嫌な汗が背中をつたった。本気でイラついて、木刀を握りリンを睨むが、そこでイーサンはリンの異常に気が付いた。

イーサンの次の攻撃に備えて構えることなく、俯いている。


「おいっ?」

俯いたリンがふらつく。


木刀が地面に突き立てられる。

立っていられないようだ。


ぐらあっと倒れ込むリンをイーサンは慌てて抱き止めた。


「おいっ!」

声をかけるが反応はない。リンのこめかみからは多量の汗が吹き出している。

そして、イーサンは抱き止めたリンの胸の感触に戦慄した。


更に、リンのズボンの付け根が赤く染まっているのにも気付く。



「最悪だ」

イーサンはそう呟いて、割れるような歓声の中、副団長のシアを大声で呼んだ。












***


ぱちり、とリンは目を覚ました。


まずは冷静に息を殺して、目だけを動かす。

白い漆喰の天井だ。

自分が居たはずの訓練棟は石造りだったはずだ。


どこだ、ここは?


くるりと首を回すと、そこは小振りな客間のような部屋だった。

リンはベッドに寝かされている。

部屋の隅には侍女が座っていて、リンと目が合った。


「よかった、お目覚めですね」

侍女はほっとしたように言うと、水を入れてくれた。


「医師の話では、おそらく貧血で倒れられたとの事です。月のものも始まっていましたので、勝手ながら私が身を清めさせていただきました」


侍女の言葉にリンは頭を抱えたくなったが、何とか堪えた。


「ありがとう」

ハスキーな声で礼を言い、水を飲む。

喉がカラカラだったようだ、とても美味しい。


飲み干すと侍女はすぐにお代わりを入れてくれた。


「何か、食べた方が良いでしょう。これからお持ちしますね。閣下にも知らせて参ります」

侍女はそう言って一旦下がる。


リンが2杯目の水を飲んでいると、扉が開いて赤茶色の髪をなびかせた大柄な騎士が入ってきた。

団長の証の飾りマントを身に付けた精悍な顔のその騎士は、扉を半分開けたままにしている。


バレているようだ。

医師の診察に、侍女による着替え、加えて多分演習場で出血もした。

まあ、バレてるな。


「なぜ性別を偽った?」

険しい顔で赤茶色の髪の騎士、イーサンが聞いてくる。


「偽ってない。そもそも聞かれていない」

「名乗るべきだろう、女を男達と雑魚寝させてたなんて、規律に関わる」

「別によろしくはやってないぞ?」

「当たり前だ!」

ぐわっとイーサンが怒る。


「大声は止めてくれ、病人なんだぞ。

そもそも誰も私を女だなんて疑ってなかった、問題ない。閣下も気付かずに本気で打ち込んできたじゃないか」

「それだけ、平坦で気付ける訳ないだろう、尻も薄い」

「うるさいなあ、胸はサラシで潰していたんだ。確かに元々小さいが、こういうのが好きな奴もいるぞ」

「好みの話はしていない。いいか、国際法で捕虜の扱いに関して、女騎士、女兵士は男と同じ場所で生活させてはならない、と決まっているんだ」

イーサンは頬を赤くして怒り出す。


「特別扱いは嫌いなんだ」

「特別扱いとかの話ではない!…はあ、もういい、それで、お前の名は?」


「リンだが?」

「本名と、家名を聞いているんだ」


リンはイーサンを窺う。

かなりイライラしている。


「そっちもバレている感じか?」

「ああ!俺と互角にやり合ったんだぞ?強さはサンズ国内では五指に入る俺とだ」

「互角?私が押してたよな?」

あんまりイライラしているので、つい揶揄かってしまった。


「捕虜の少年に本気なんか出せるか!」

予想通りの雷が落ちる。


真っ直ぐというか、単純な奴だ。

赤獅子は確か26才で同い年だったとリンは記憶しているが、これなら部下達から散々血気盛んだと言われていたリンの方が落ち着きがある、と思う。たぶん。


この城に捕虜として紛れ込んでからは気の滅入る事が多かったが、このイーサンという男とのやり取りで、リンは久しぶりに楽しい気分になった。


「ははっ、むきになるなよ。私とタイマンであれだけやり合えれば充分だ。閣下の予想通りだよ。申し遅れたな、カリン・ネザーランドだ」

リンは笑って手を差し出してみたが、無視された。


「やはり、女神か」

「女神は止めてくれ」

リンの戦場での渾名、戦の女神アテナだ。

祖国のルーナ国では団長を拝命し、軍神として崇められている女騎士だ。もちろん、リンは女神という渾名を気に入ってはいない。女神なんて柄じゃないのだ。


「今まで私に勝てたのは、1人か、2人、かな?だから気に病むな」

「負けてはいない」

「私が倒れてなかったら、私が勝ってたと思うなあ」

「倒れるのが悪い、大体、己の健康管理も騎士の努め……いや、今のは完全に失言だった、すまない」

イーサンが目を伏せる。

まあ確かに、女性の月のものは管理出来ない。


「謝るなよ。むしろ、全く女扱いしてくれてないのは嬉しいよ」

「女扱いしてない訳ではない!」

真っ赤になって怒られた。



そこへ控えめなノックがして、侍女が食事を持ってきた。


「まずは食え、食ってしばらくしたらまた来る。カリン・ネザーランド、お前を尋問する事になる。心構えをしておけ」

「尋問?」

「惚けるな、ルーナ国の女神が捕虜に落ちるわけがないだろう。わざと捕まったな?目的をはいてもらう」

「食事を待つなんて悠長だな」

「一刻を争う事案でないなら、捕虜の心身の健康が優先される、国際法にも書いてある。

この部屋は貴賓牢だ、監視も付いている。変な真似はするなよ」

「しないよ」

その気はとっくに失せていた。


「お前が変な真似をすれば、ルーナの捕虜の扱いを考え直すことになる」

「そんな事したら国際法にふれるぞ。似合わない脅しをするなよ」

「はっ、そちらは一切守ってないだろう?」

イーサンの言葉は胸に突き刺さったが、リンは顔には出さないようにした。


「私にそれを言われてもなあ。では、ありがたくいただくぞ、また後で」

リンはさっそくモグモグしながらイーサンに手を振り、イーサンは足早に部屋を出ていった。



「閣下って、いい人なんですか?」

残された侍女に聞いてみると、侍女はにっこりして「はい」と答える。


リンはあの男が取り立てられているような国に負けるのなら、それもいいか、と、久しぶりに晴れやかな気持ちで食事を食べた。








***


「こっちは副団長のシア・バトラーだ」

食事を終え、食後の紅茶までいただいた後、イーサンは彼と同じくらいの背丈の黒髪の大きな騎士を伴って現れた。


リンは紹介された、シアを惚れ惚れと見つめる。

「でかいな、羨ましい限りだ」

「胸の話ですか?」

シアが低い声で聞き返す。

シアは豊かな胸の持ち主だ。


「ふはっ、まさか、そちらは動きにくそうだからいい。身長の話だ」

吹き出すリンにシアは手を差し出した。


「シアと呼んでください。お噂はかねがね伺っています。尊敬もしています、同性としても、騎士としても」

「では、私のことはリンと」

リンはシアの手を力強く握った。


「いつか機会があれば、私も手合わせ願いたい」

「ふふ、シアは手強そうだ」

「団長を完全に押しておいて、何を言うんですか」

「おい!俺は押されてないぞ」

「団長、見苦しいです」

「うるさい、とっとと本題に入るぞ」


イーサンが怒りながら椅子を引き寄せ、シアと共にベッドの側に座る。


「私はこのままでいいのか?」

ベッドで半身を起こしただけのリンが聞くと、「構わない」と返された。


「しんどくなれば、すぐに言え。さて、カリン・ネザーランド、お前の目的は何だ?」


「検討はついてるんじゃないか?目的はここの捕虜の解放だ。ついでに無血開城して降伏した辺境伯を焚き付けて、解放した捕虜と蜂起し、我が国の首都に迫るサンズ国軍を後ろから討つつもりだった。1ヶ月ほど前から潜入していた。単独だ」


リンはすらすらと全てを告白した。

元々、告白する決意は数日前には固まっていた、後悔はない。


今日、目立つにも関わらず力試しに名乗りをあげたのも、強さで目立てば上の奴らと話が出来るだろうと踏んだからだ。

まさか、手っ取り早くトップの男と手合わせできるとは思ってはなかったが。


リンの告白にイーサンがぽかんとしている。


「どうした?思ったより壮大だったか?」

「いや、あまりにあっさり白状したので驚いている」

「正体がバレてる時点で、そうなるだろう」

「そうだが、普通はもう少し、言い渋らないか?辺境伯の焚き付けまで告白する必要もなかっただろう」


「これでも、かなり打ちひしがれて悩んだんだ」

はあ、とため息をついてリンは続けた。


「私達は知らなかったが、あなた達は知っているのだろう?この戦争はもうすぐルーナが負ける事を。そもそも開戦当初からこちらが勝つ見込みが少なかった事も。

私達は知らなかった、首都に近ければ近い程、王家によって情報が操作されていて、まともな戦況すら知らなかった。さすがにここまで旗色が悪いと、押されているようだ、くらいの感覚はあったがな。

それを、潜入してから知った。ここ以外にも、国境の領地はサンズに内々に寝返っているのだろう?」

リンの言葉にイーサンとシアは少し眉を寄せた。


「早々に状況を知り、辺境伯の焚き付けはムリだと悟った。そして、サンズは捕虜に対して人道的だ。祖国の敗戦は確定だとここの捕虜達は知っていて、敗戦後は故郷に帰れるのを知っている。彼らが願うのは、1日でも早い終戦と家族の無事だけだ、蜂起じゃない。

更に、身内の恥だが、ルーナの今の王家は腐りきっている。あれよりは捕虜を人道的に扱うサンズの統治の方がマシかもな、とも思う。恥ずかしく、悔しい限りだが、国力も国の質も、貴殿達の国の方が上だ」

リンは再び短くため息をつく。


この1ヶ月、捕虜としてここで過ごして、首都に居た頃より正確な戦況を知り、サンズの軍隊を直で感じて、ああ、これは負けるなと思い、サンズの軍隊の質の高さには舌をまいた。


サンズの軍隊は、騎士だけでなく、末端の傭兵にいたるまで、上部の指示が行き渡り徹底されていた。味方の勝利を待つだけの間延びした現場でも、大きく風紀が乱れる事はなく、きちんと統率されている。


捕虜への待遇も適正だ。ルーナの捕虜達は揶揄かわれたり、嫌味を言われたりはあったが、人としてきちんと扱われた。

リンは自分への扱いが人道的であればあるほど、苦々しい思いを募らせた。ルーナでは違ったからだ。


「もちろん祖国は大切で、私は国王に騎士の誓いを立てている、私の名声を利用すれば付いてくる者もいるだろう。しかし、ここで無理矢理に戦争を長引かせるのは違う、騎士の誓いを押し通すのはただの自己満足だ」


一気に話し終わって、イーサンとシアを見ると少し悲しげな険しい顔をしていた。

軍神とまで謳われた騎士が、仕えるべき国と王家を見限るざるを得なかったのだ、同じ騎士として同情しているのだろう。


「そんな顔をしないでくれ、我が国のサンズの捕虜への扱いを思うとただひたすらに申し訳ない」


「あなたの管轄の団では、サンズの捕虜達は手厚く扱われていた。戦えない者はすぐに解放されていたのも知っている」

「捕虜達に手厚かった団は、数える程しかない。多くの指揮官は、進んで虐待はしなかったと思うが、部下達の行いは止めていなかった。惨い仕打ちを私も知っている。私が詫びてどうなるものでもないが、すまない」


「それをするべきは、ルーナの王だ。あなたではない」

イーサンが怒気をはらんだ声で言う。


「はは、ありがとう。さて、告白ついでに願いがあるのだがいいだろうか?」

「なんだ?」


「私を解放してくれ」

「は?」

「勘違いしないでくれ、先ほど言ったように戦争を長引かせるつもりはない。首都に戻って私の団と主要な団を説得しよう。この戦は早く終わらせた方がいい、説得に応じた者達はこちらに向かわせよう。寝返ったとなればルーナでは惨い仕打ちが待っているからな」


「それを信じろと?」

「難しいか?そもそも、混乱を引き起こそうとしていた時点で首をはねるか?」

「それは自白だけで何の証拠もない、首はいい」

「なら、行かせてくれ」

「ルーナ国の戦の女神を解放するわけにはいかない、お前が降伏の説得をせずに前線に戻れば、ルーナの士気は上がる、首都の攻略が長引くだろう」


「そんな事はしない、私を信じて欲しい」

リンは金色の瞳で真っ直ぐにイーサンを見る。

イーサンは困った顔をした。


「信じようにも、お前は今日会ったばかりの敵国の騎士だ。今の告白もこちらを油断させようとしているのかもしれない。騎士としては信じたいが、俺はここの指揮官だ、はい、そうですか、とはいかない」


「では、あなたに誓おう。剣を貸してくれ」


リンはおもむろにベッドから出る。

シアがすぐに剣を渡した。


「おいっ」

敵国の騎士に簡単に剣を渡したシアにイーサンが焦るが、リンはすぐにイーサンの前に跪くと剣を突き立てて、頭を垂れた。


「おおいっ」

今度は跪くリンに焦るイーサンだが、リンは全く構わずに声を張り上げる。


「カリン・ネザーランドは騎士の名において誓う。この身は今日よりイーサン・ランカスターに捧げる。あなたの正義が私の正義だ」


「勝手に捧げるな!俺はただの一騎士だぞ」

「何を言う、ランカスター公爵様だろう?まだ継いでなかったのだったかな?あれ?次男だったか?まあ、どちらにしろサンズの公爵家だ、王族みたいなものだろう」


「簡単に括るな!」

「シア、剣をありがとう」

「おい、無視するな!」

「という訳で、私は行く」

リンはベッドサイドに置いてあった騎士服をさっさと着込みだした。


「待て!お前はさっき倒れたんだぞ?おまけに寝返りの説得なんて、バレたらお前はどうなる?」

「私が早くに説得すれば、それだけ流れる血が少なくてすむ、女神の説得だ、期待しててくれ」

「おい!」

イーサンがリンの肩を掴む。


「イーサン、騎士で上に立つ者なら分かるだろう?ここから1人も死なせたくないんだ」

リンが静かにそう言うと、イーサンは手を離して、シアに指示を出した。


「シア、馬を手配しろ。リン、戻ってこいよ」

「ああ、シアとの手合わせの約束もある」

リンはにっこりすると、部屋を出ていく。シアがその後を追った。



















***


1ヶ月後、辺境伯の城にルーナの首都より、降伏の意を掲げたルーナの騎士団が複数辿り着いたが、その中にリンの姿はなかった。


イーサンはリンの同期だという騎士から、リンは国王の説得をするとルーナの城に留まったと聞く。

















***


更にその1ヶ月後、リンはルーナ国の城の地下牢に居た。


国王に降伏の説得をしたが、王は聞く耳を持たず、複数の騎士団をそそのかしたとして、激昂して自らリンを鞭で打った。


その場で首もはねようとしたが、騎士からも国民からも絶大な人気誇る女神を殺すべきではないという側近の必死の説得により、命を奪うのは踏み留まり、リンを地下牢へと入れたのだ。


地下牢に入って1ヶ月、少し前に王は首都から逃げ出したらしい、主の居なくなった城は以前にも増して不安定だ。


リンはというと、地下牢に来てからずっと、看守の男に食事と引き換えに体を迫られていて、少し気のある素振りを見せては、のらりくらりとかわしている。

看守は糞みたいな男だが、そのお陰で餓死はしてないし、少ないが情報も入ってくる。


背中のむち打ちの傷は一部が膿んでしまったようで、治りが悪い。


まあ、この環境ではなあ。

ここはじめじめして、底冷えのする、まあまあ不潔な地下牢だ。


捕虜の時の方が全然よかったなあ。


今日、ついにしびれを切らした看守の男に組み敷かれながら、リンはぼんやりと辺境伯での捕虜達の大部屋を思い出していた。


自分にのし掛かる看守を払いのけるのは簡単だが、今、この糞みたいな男にへそを曲げられては飢えてしまう。本意ではない行為だが仕方ない、リンは出来るだけ意識を飛ばすようにした。そうすることで心は守れる。


なので、リンの心は今、辺境伯の訓練棟の大部屋にいる。そこは寝る時は雑魚寝で変な臭いもしていたが、最低限は清潔で、寝具の洗濯も出来たし、体を差し出さなくても食事が出た。


ここから比べれば、天国だったな。

傷の手当てもしてくれたしなあ。


なんて考えていると、いきなり自分の上の看守の首が飛んだ。


「ん?」

びしゃびしゃと生臭い血が降りかかる。


「うわ、ぺぺっ」

口に入りそうになった血を吐き出していると、看守の体だっものが蹴り飛ばされて、リンは力強い腕に抱き起こされた。


「くそっ」

赤茶色の騎士が今日も怒っている。その顔は激怒していた。

彼は、上衣を脱ぐとそれをリンにかけた。


「何をしている!!」

ぐわんぐわんとイーサンの大声が地下牢に響く。

「何とは?」

ナニしてたのだが、とは思う。


「あんな奴の首ぐらい、素手で折れるだろう!!」

イーサンが看守の死体を指差す。


「付き合えば食事をくれると言うので仕方なく」

「はあ?」

「操を守って餓死するほどの淑女の精神はない。死んでも生きろ、というのが私の団の精神だ。乙女なんてとうに捨てている、気にするな、合意の上だ」

「合意するな!!」


「嫌がるとああいう男は興奮するぞ、行為がエスカレートする。嫌だが仕方ないな、くらいの姿勢で、たまに声をあげてやるのが一番穏当にだな、」

「もういい黙れ!!!シア!」

すぐに、女にしては驚くほどの長身で豊かな胸の黒髪の騎士がイーサンの後ろから現れた。


そのシアが軽々とリンを抱きかかえる。

「えっ、わっ、シア?歩けるんだが」

「見た目はかなり痩せてます」

「そうなのか?まずいな、筋肉が付きにくい体質なんだ、元に戻すのに時間がかかる。ところで、えーと、ルーナは落ちたのか?私はまた捕虜になるのだろうか」


のんびりと聞くと、「お前は俺の騎士だろうが!!!」と怒られた。






お読みいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] またまたまたまた来てしまった!リンが、女神らしく装ったときにイーサンがどれほど更に彼女の虜になり、リンと相思相愛になった時に、背中の傷や、生きる為に身体を投げ出してきた生き方に男として苦悩…
[良い点] 主人公のふたり、オーラがあって超クール‼️すぐに掴まれました‼️ [気になる点] 続きがきになりすぎる [一言] 早く続きを読ませて!落ち着きません!!大至急!
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