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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
9/72

9 VS, ニードルベア5713

 魔物と動物の相違点、それは体内に魔石を宿しているかが最たるものだろう。 

 全ての魔物は体内のどこかに魔石があり、それが破壊されれば絶命するという。だから、弱点だと思われるかもしれないが、魔石の本質は魔力を蓄えることができる点だ。

 そして、その魔石を持つからこそ、魔物には無詠唱で魔法を行使するようなやつもいる。

 例えば、炎龍(イグニスドラゴン)。彼らはとてつもなく広い翼を持っているが、それで空を飛んでいるわけではないとされている。実は、無意識下で風素を操作し、その巨体を浮遊させているのである。考えてみれば、あのような翼で空を飛べるなら、人族も翼を模した道具で飛べるはずだ。

 そのように、魔物には無詠唱で魔法を行使するようなやつも確かにいるが、ほとんどは魔法が使えない。魔石があっても、魔法の使い方を知らなかったりや、そもそも魔法の適性が全くなかったり、最初から魔法に頼らなくても強いため必要がなかったりと、色々な理由がある。

 どちらにせよ、ニードルベアはその魔法が使えない部類の魔物だったはずだ。

 それなのに、あのニードルベアが両手に纏う紫色のオーラは増強魔法の存在を暗示している。

 ただでさえそれなりに恐れられる魔物なのに、増強魔法で強くなっているなんて。無理な戦いにも程がある。俺は勝てるだろうか。客観的に考えて、五分五分の確率だろう。

 だが、今ここで奴を倒さなければいけない。まだ奴は魔力の扱いに慣れていないはずだ。もしこの機会を逃せば、奴はもっと強くなる。増強魔法だけではなく、加速魔法や、あるいは単純な攻撃魔法まで覚えるかもしれない。そうなってしまえば手に負えなくなるのは自明だった。

 しかも、俺が負ければ、奴はフロゥグディを荒らすだろう。今の俺は勇者ではないが、一人の剣士としてできることはしたい、と思う。

 だから、剣を握る。

風素召喚(サモンエアリアルエレメント)

 ――熱素召喚(サモンフレイムエレメント)

 風素を詠唱で、熱素を脳内詠唱で、それぞれ呼び出す。術式を紡ぎ続け、効果を増加させていく。身体の表面を覆うような感覚で、風素は加速魔法へ、熱素は増強魔法へと昇華させていく。

 完成した二重魔法(ダブルクラフト)は終句をもって、この世界に干渉する。

全開放(フルバースト)

 身体が軽くなったような感覚。心の奥が燃えるような感覚。さあ、準備はできた。

 ニードルベアとの距離は百メル。まずは魔法で強化された速度を試すように、その空間を駆け抜ける。金色の小麦畑を疾走する、一粒の彗星。

 剣が青白く光り輝き、まるで流星のように黄金の海を突き抜ける。発動したのは、勇者だけにしか使えない剣技。

「スターダスト・スパイクッッ!」

 一瞬にして跳躍した剣尖は違わずニードルベアの胸元へ突き刺さるが、やはり硬い。魔法耐性も物理耐性もあるらしいその巨体は、俺の剣を正面から受けても揺らぎさえしなかった。

 お返しにと、凄まじい速度でニードルベアの拳が突き上げられる。反射的に剣の腹で受け止めた。爆発のような衝撃。突然変異した個体だからか、増強魔法によるブーストなのか、重すぎる一撃だ。あの大盾使いのように吹き飛ばされはしなかったが、剣を支える右手がびりびりと痺れている。というよりも、剣の方が心配だ。まともに防御し続けると折れるかもしれない。

 ニードルベアが一歩引いて、逆側の拳が薙ぎ払われる。僅かに鋭い爪を避け損ね、右頬から鮮血が舞った。

 それが始まりの合図だったかのように、攻撃の応酬が幕を開けた。降り注ぐニードルベアの拳。それを打ち返す剣の軌跡。

「――グォォォアアアアアアッッ!」

 雄叫びと共に放たれたニードルベアの拳が、避けきれず左肩に直撃する。

 加速している意識に、もはやその痛みは届かない。脳神経が焼き切れんばかりに、絶えず剣を振るう。まるで、嵐のように剣を叩きこむ。だが、その懐には届かない。

「うらぁッッ!」

 命を刈り取るような魔の手を潜り抜けて、攻撃を通しても効かない。速い、速すぎる。ニードルベアの攻撃は剣技で跳ね返しても、右手に痺れるような痛みが残る。避けるか、逸らすしかない。

 どんどん意識が加速していく。視界が青く染まり、脳内が白く焼け切れそうなほど集中する。だが、まだ足らない。スローモーションの影響下でも、ニードルベアが振るう拳は早い。避けて、弾いて、逸らす。

 傍から見れば、互角の勝負。しかし、体力の差は覆しようがない。僅かずつ反応が遅れていき、少しずつ俺の身体に傷が増える。

 しかし、ここまで接戦になっているのは、ひとえに女神の加護があるからだった。神から与えられた、超人的な体力と能力。そして、威力の高い勇者専用剣技。

 その拳を剣で弾くと同時に、肩へ担ぐように構える。赤い燐光が漂う。――古代流派剣術ッッ

「紅弦ッッ!」

 炎を纏った剣は虚空を焦がしながらその首へ迫るが、やはり効かない。ニードルベアはその針が下向きに重なっていて、上段の剣技は毛皮に受け流されてしまう。

 だから、下段の剣技を放てるようなチャンスを待っているのだ。しかし、下段の剣技は総じて発動までに必要な溜めの時間が長い。

 もっと速く、もっと速く。そうやって打ち出される剣技は衝撃音を残すだけに留まり、その攻防はもはや自分の眼でも追えていない。それでも、経験と感覚で攻撃を避けながら、剣技を放つ。

 だが――

「なっ!?」

 だが、俺は忘れていた。

 針熊(ニードルベア)の本質は、纏っている極太の針を飛ばす、遠距離攻撃だったことを。

 思い出したかのように走る、鋭い痛み。ニードルベアの拳から放たれた針の一本が、左脇腹を貫通したのだ。痛いが、傷は浅い。まだ戦える。

 しかし、僅かに剣のテンポがずれた。

「――ッッ!?」

 ニードルベアは一瞬の遅れを逃さなかった。一瞬で間合いを詰められ、その巨体の突進を直に受けた。衝撃波が身体中を喰らいつくすように暴れまわり、その威力は俺の身体を吹き飛ばす。

 街道から外れて、俺の体は麦穂に飲み込まれる。

 ぐるんぐるんと視界が回転し、何度も地面へ叩き付けられた。

 上級魔物の、しかも魔法で強化された突進。

 それに即死しなかったのは、勇者としての加護のおかげか、それとも粉々に砕け散ったチェストプレートが威力を、多少なりとも軽減したからか。そして防ごうと咄嗟に掲げた左手があったからか。

 胴体への致命傷は避けた。しかし、もろに突進を受けた左手には何本もの極太の針が突き刺さり、見るも無残な姿になっている。裂けた皮膚から流れる血は、金色の麦を真っ赤に染めていく。

 俺は苦悶の声を堪えながら、剣の動作に差し障る場所へ刺さっていた針を引き抜く。時間が惜しいため左手は放置で構わない。胴体に刺さった針をぞんざいに引き抜いた。

 内臓はぎりぎり傷ついていないみたいだった。

 応急処置として傷口を塞ぐため、震える声で補填魔法の詠唱を始める。

「……水素召喚(サモンアクアエレメント)損傷補填(コンペンションウォンド)全開放(フルバースト)

 詠唱で水素を召喚し、身体中の傷口を塞ぐ。塞ぐだけで、回復なんかはできない。だが、戦いの合間はこれで十分だ。

 震える体を叱咤して立ち上がる。鋭い痛みの奔流が意識を蝕むが、そんなのに構っている余裕はない。勇者の加護は痛みの耐性をくれなかったのだ。

 加速魔法と増強魔法を再度、俺は自身の身体に掛け直した。魔力の残量から、効果が続くのは五分と、そんなところか。それまでに、この戦いを終らせる。

 そして、俺の動きを僅かに阻害していた漆黒のローブを脱ぎ捨てた。勇者の象徴である純白が現れる。目立ってしまうが、少しでも身軽にしたかった。血が滲んでいるため気付かれないだろうという楽観的観測もあった。

 剣を握りしめ、全速力で麦穂から飛び出した。

「うぉああああああ!」

 城門へ向かおうとしていたニードルベアが、驚愕の顔で振り返った。完全に俺を殺ったと思っていたのだろう。だが、甘い。

 跳躍した俺は、剣を担ぐように構え、剣技のイメージを固める。

 世界の理が俺のイメージを読み取り、すぐさま古代流派剣術オルドモデルが起動される。シュバッ、とクリムゾン色の軌跡を残し、

「――噴炎ッッ!」

 叩き下ろすように、燐光を纏った剣は火砕流のようにニードルベアの首を捉えた。が、やはり毛皮の表面を滑るだけで、虚空を焦がしながら下方へ抜ける。

 ――だが、まだだッッ!

 古代流派剣術オルドモデル、噴炎は二連撃技だ。その剣は跳ね返るように下から上へと再度加速し、その懐へ入り込む。まるで、地表から噴き出るマグマのように、荒れ狂う炎の奔流が駆け昇る。ズガァン、と初めて感じた確かな手応え。直後、初めてニードルベアの血飛沫が辺りに散った。

 そして、剣技発動後の隙を埋めるように、俺は袖に隠し持っていたものを投擲した。先ほどまで俺の身体に突き刺さっていたニードルベアの針だ。

「……お返しするぜ」

 俺が投げたそれは、無防備だったニードルベアの片目を貫いた。


 ――ォアアアアアアアアアア!


 憤怒の叫び声。ニードルベアは片目で俺を睨み、なりふり構わず拳を振るう。無我夢中の行動なのだろう、俺の姿を狙った攻撃ではなかった。

 俺は拳を剣で弾き、その衝撃を利用してバックダッシュで後方に下がる。ニードルベアは理性を失っている。このまま順当に進めば、簡単に倒せる。――倒せる。

 しかし、予想外にニードルベアが理性を取り戻すのは早かった。怒りはそのままに、ニードルベアの攻撃に冴えが戻る。俺を恨んでいるものだからか、その攻撃は先ほどよりも速く重い。それを弾き逸らし防ぐたびに、握る剣が悲鳴を上げているのが感じられる。俺が使っている剣は伝説の金属オリハルコンと黄鉄鉱を使用した高級品だ。軽いうえに頑丈だが、俺の成長を見越して何本も造られた大量生産品であるため、一品物の業物に比べると強度が劣る。ニードルベアの攻撃を受ける度に刀身に傷が入り、このまま戦い続ければ、耐え切れずに折れるかもしれない。

 守りの姿勢では駄目だ。どこかで攻めなければ。勝つにはどうすればいい。疲れてきた心身を叱咤して、戦いながら考える。そして、思い出す。

 ――まだ使用していない剣技がある。

 何よりも強力な剣技。これがあれば、ニードルベアの腕だろうと斬り飛ばせるだろう。しかし、発動するには長い溜めが必要で、このような高速戦闘中には使用できない。ほんの少しの隙があれば、連撃技を打ち込めるのに。

 深紅の剣と、紫紺の拳が入り混じり、その衝撃音はある一種の輪舞曲のようだ。一撃必殺の攻撃は掠るだけで致命傷である。俺は殺到する攻撃を捌きながら、その隙を狙い続けた。


 ――全開放(フルバースト)


 その刹那、俺はエリアの声を聞いた気がした。

 まさか、と思った。

 俺の背中側からありえない速度で飛び込み、ニードルベアの胸元で爆発した光の矢。

 もしかして、いや、もしかしなくてもエリアの援護だろう。

 エリアには傷付いた中級冒険者たちの応急処置を頼んだはずだ。援護に手を回してくれるとは想定していなかった。しかも、俺の後方から俺と高速で戦うニードルベアだけを狙撃するなんて。少し狙いが失敗すれば俺に当たっている。

 ありえない神業だ。

 しかし、ニードルベアはそれで少しの傷さえ負わない。その毛皮は魔法に耐性がある。とはいえ、まるで鉄壁だと思われたその巨躯の体勢を想定外の攻撃で崩させるには充分だった。

 魔王の神業によって生み出された僅かな隙を逃さず、俺は懐に飛び込む。剣が青白いスパークを放ち、流星のように加速する。

 放つのは、勇者専用剣技。スパイクの上位互換である連続技。

「スターダスト・レインッッ!」

 ニードルベアには避けようのないものだった。

 とてつもない速度の剣技が奔流のようにニードルベアへ襲い掛かり、その剣尖は虚空を流星群のように彩る。

 皮を裂き、肉を絶ち、骨を砕く。七連撃目で右腕を断ち切り、八連撃目で左腕を落とす。そして最後の一撃、打ち出された九連撃目はその傷だらけの胸の、その中心へ突き刺さった。

「グァァァアアア――――!」

 耳をつんざくような絶叫を響かせ、そして、沈黙した。どさっと、その巨躯が後方へ崩れ落ちる。直後、少し遅れて噴き出す血の雨が、辺り一面を真っ赤に染め上げた。

 勝った。だが、俺の体力もここで限界らしい。

 ぎりぎりの戦いだった。どっと疲労が押し寄せ、今更ながらに痛みが脳内を駆け巡る。

 左手は血で真っ赤で、身体中には打撲や切り傷がある。補填魔法で塞いでいた傷口はもう一度開いていて、留め止めなく血が吐き出されていた。魔力が足りないため、新たに補填魔法を掛けることは無理だ。

 俺は崩れ落ちるように、座り込んだ。

 もう納刀する気も起きない。もう、ここで眠り込んでしまいたい。そう思って、うとうととしかけていた時だ。

 淡い水色の光が俺の身体を埋め尽くし、そこかしこにある傷を塞いだ。視線を上げると、彼女の顔がそこにあった。視線が交差すると、エリアは屈託なく笑った。

「完全勝利だな、エイジ」

「……ああ、援護射撃も助かった」

「これでも魔王じゃからな、妾は」

 彼女はそう自慢気に胸を張ると、俺に何かを被せてきた。俺が途中で脱ぎ捨てたポンチョ型のローブだ。

「……これは?」

「回収しておいたぞ。そなたには必要なんじゃろ?」

 頷く。

 城壁の方を見ると、要請を受けて駆けつけてきたらしい中級冒険者パーティーとギルドマスターがこちらに移動してきた。重症状態だった百獣の牙は村へ運ばれたみたいだ。俺は渡されたそのローブを纏い、前で留める。これで下に着ている純白の装備はわからないだろう。

 剣を支えに立ち上がると、彼らの方へ歩き始めたのだった。


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