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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
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7 星空の剣6773

 荷物を宿屋に置いた俺たちは、冒険者ギルドへ行く前に、武具屋へ向かった。

 魔王エリアの武器を探すのが目的である。

 彼女が剣を使いたい、そう言いだしたのがきっかけだ。俺としては、魔力量が減少しても俺よりも魔法に精通しているわけなため、エリアは魔術師として行動すると思っていた。しかし、せっかく身体能力が向上したのだから、俺のように剣で戦いたいらしい。

 だが、間違った話ではない。魔術師は魔力が足りなくなると途端に魔術師として戦えなくなる。だからそのような状況に陥ったとき身を護るために、いずれか別の武器を用意しておくものだ。

 とはいえ、剣で戦うのなら、いくらか心に留めてほしいことがあった。

「剣を扱うメリットって知っているか?」

 俺が聞くと、エリアはふるふると首を振った。

「最も大事なメリットは、魔法と異なり簡単に攻撃できる点だ。強い魔法はそれなりの詠唱時間を必要とするが、剣なら近付くだけで攻撃できる」

「しかし、それはデメリットにもなるじゃろ?」

「そうだ。剣は遠距離攻撃ができない。だから投擲武器を装備したり、魔法を習得したりする。その点で言えば、魔法が使えるエリアが剣士になれば強いだろうな」

 俺も戦闘中に魔法を交えて戦うこともあるが、あれは単純な術式が多い。強い魔法を俺が覚えていないというのと、戦闘しながらの詠唱が難しいだけである。だいたい戦闘に魔法を使う時は、大きく敵から離れて詠唱時間を稼ぐか、火球などの比較的簡単だが威力が弱い魔法を使うか、戦闘開始前に詠唱を終わらせておくか、それらのどれかになる。

 そう考えると、俺と対峙した時に二回加速したエリアは、あの短時間で二回も加速魔法を詠唱していたというのだ。

 俺が今更ながらに武者震いしていると、思い出したかのようにエリアが言った。

「思い返せば……最初にエイジと出会った時、その剣が輝いていたじゃろ? 剣技……というものだったかの?」

「――ああ、あれか。よく知っているな。そうだ、剣技だ」

「剣技とはなんだ? 詳しくは知らぬゆえ説明を頼めるか?」

「そうだな、魔法と対をなす技みたいなものだ。魔法は体内の魔力を消費して行使するが、剣技は精神力を使って発動する強い技だ……と思う、たぶん」

 精神力といっても、心意、つまり意思の強さのことである。剣技を扱う時に、その技のイメージをする必要がある。そうすれば自動的に剣が加速する感覚だ。逆にイメージをしなければ、どれだけ剣を振っていても剣技は発動しない。

 剣技の威力にもイメージが関わってくる。例えば、木剣だろうがイメージが強ければ理論的に鉄塊を両断できたりもする。実際には、どこかで無理だと思ってしまったり、雑念が入ったりするから、不可能なのだが。

「ちなみに、あの時に放った最初の剣技が紅弦で、二度目が旋緋という名前だな」

 他にも俺だけが使用できる勇者専用剣技の突進型単発技、スターダスト・スパイクなどもあるし、長剣以外の武器でも特有の剣技があったりする。話せば長くなるし、話す必要も今はなかった。

 この武具屋に来たのは、エリアの武器を探すためであった。

 俺は壁に陳列している剣から、最もスタンダードな一本を取り、エリアへ渡した。重心も手元側によっているし、重さもそこそこで冒険者なりたての少年が使うような癖のない一本だ。

「とりあえず、鞘に入れたままそれを振ってみてくれ」

 エリアは頷き、無造作に振り下ろした。

 なるほど。本当に彼女の身体能力は向上しているようだった。そこまで軽い剣ではないはずなのに、羽のようにいとも容易く動いていた。

 ならば、と俺はよりエリアの能力に合致した長剣を選りすぐり、先の剣と交換する。

 無骨なデザインに見えるが、よく見ると柄の部分に青い薔薇の装飾が施されている。長さと重さは俺が使っている剣の八分あたりで、丁度いい具合だろう。

 鞘に入った剣を受け取ったエリアはまず自身の掌にぴったりと収まることに驚愕し、次に柄の部分に施されていたデザインが気に入ったようで、目元を綻ばせた。

「次は鞘から抜いて、振ってみろ」

 言われた通り、エリアは静かに抜刀した。刀身は鏡のように光り輝いていて、強度を高めるためだろうか、星空のように小さな魔石の粒がそこかしこにあしらわれていた。俺がそう思ったのは正しいようで、星空の剣、と刀身に銘が刻まれていた。

「……しかし、星空の剣か」

「うぬ?」

「その刀身に銘が刻まれているだろ? 星空といえば、俺の仲間が使っていた武器も同じ銘だったんだ。……すまん、関係ない話だったな。とりあえず、振ってくれるか?」

 エリアはその美しい剣を軽く振った。型もなにもなっていない剣だが、なめらかに風を切る。エリアはきらきらと瞳を輝かせた。

 初めて剣を振ったのだから、仕方ない。無邪気に目を輝かせたエリアは、まるで今にも周囲のものを切り刻みそうだ。俺も初めて剣を握った時は、あんな感じだったのだろうか。

「危ないから……剣を鞘に直せ」

 渋々と納刀したが、相当に気に入ったらしく、鞘ごと抱き締めて離そうとしない。俺は溜息を付きながら、言った。

「その剣はただの間に合わせだからな。今はまだ丁度いい重さだろうが、鍛錬を続けていれば、いづれ軽く感じて剣を替えなければならなくなる。しかも、エリアは成長期だろうから、その時期も早いだろうさ」

 俺でさえ、今の剣を四年以上使っていて、少し身体に合わなくなってきたと考えているぐらいだ。成長に合わせて剣も替えていくのは道理であった。

 しかも、エリアが手に持つ剣も品質はよいのだが、この次に向かうだろう街でよりよい品質の武器が得られることを考えると、やはりここで買っても間に合わせにしかならない。

 そんなつもりの発言だったのだが、エリアはしゅんとした顔を見せた。慌てて言う。

「す、すまん。落ち込ませるつもりはなかった。替えるといっても、少なくとも数年後のことだ。悲観することもない。……とりあえず、その剣を買いに行くぞ」

「――うぬ」

 絶対にその剣を離さない、そう態度で示すエリアを連れてカウンターへ向かう。

 それにしてもであった。やはり、エリアとは接しづらい。勇者と魔王という立場の違いだけでなく、エリアが大人びているような子供といった二面性を兼ね備えているせいで、距離が測りにくいのだ。でも、仲間であった魔術師は笑顔を見せることでさえ稀なほど無表情だったから、彼女に比べればエリアは可愛げがあった。

 カウンターに店主はいなかった。どうやら、店の奥で作業をしているみたいだ。

「すいません」

「……ああ、今行く」

 店の奥で剣の刃を研いでいた店主が立ち上がり、のしのしと歩いてきた。四角い顔で無精ヒゲが目立ち、筋肉が服の上からでも分かるほど盛り上がっている。身長はニメルを超えそうで、いかにも鍛冶屋と見える筋肉の付き方だ。

「この剣をお願いします。あと、彼女が装備できそうな軽装備もお願いします」

 店主は怪訝に魔族なのか赤い瞳を細め、腹に響くような重く低い声で言った。

「……剣は三十万、軽装備を合わせて四十万でいい。支払いはユルドでもエルドでも好きな方で払え」

 普通の剣だと少なくとも五十万エルドからだから、割と良心的な価格だ。俺は袖の内側に縫い付けていた価値の高いエルド金貨を取り出すと、店主に手渡す。彼は一度、店の奥へ引っ込むと、防具を持ち出してきた。腰帯と指貫グローブとチェストプレートだ。

「……ほらよ」

「ありがとうございます」

 流石にここまで高価な物は貰えぬ、とエリアが主張するが、師匠は弟子に最初の剣を贈るのが仕来りだ、と説き伏せる。俺たちの関係は師匠でも弟子でもないのだが、一応は納得を示したらしい。

 早速だが、購入した装備品をエリアに教えながら着させた。まずグローブに指を通し、次にチェストプレートを装着する。心臓を守るためのだから、外れないように背中側のベルトをしっかりと締める。腰帯を付けて、最後にそこへ星空の剣を鞘ごと固定すれば、これだけで立派な剣士だ。下の服装は普段着だが、そのように活動している冒険者も少なくない。問題はなかった。

 だが、魔王がこれでいいのか疑問だ。魔法で戦わない魔王なんてロマンがない、とは言わないが、剣士に鞍替えする魔王なんて聞いたことないぞ。

「よし、こんなもんか。それじゃあ、冒険者ギルドへ行くぞ」

 俺がそう言うと、エリアがローブの裾を引っ張ってきた。振り向くと、エリアが店主に聞こえないよう俺の耳元で囁く。

「それよりも、エイジよ。そなたの服は替えなくてもよいのかや? 今の服のままでは勇者だと露見する可能性があるんじゃろ?」

「ああ、それか。ここで買えば店主に怪しまれる可能性もあるし、それに……」

「?」

 それに単純に手持ちの金がない、とは続けなかった。言ってしまえばエリアに要らぬ心配をさせてしまう。既に支払いは任せろと宣言しているのだから。

 エリアの装備を揃えただけで、手持ちはほとんど消費してしまった。あとは両替商に預けているぶんで最後だ。しばらくは出費を抑えて、どこかで資金を調達しなければならない。魔物でも狩ってギルドに買い取ってもらうか。そこで、ふと思う。このフロゥグディから次の目的地に向かう時は、商人の護衛依頼を受けよう。そうすれば、だいたい依頼主が移動中の食糧を提供してくれるから食費も浮くし、依頼料も貰える。打算的だが、旅とはそんなものだ。

 それよりも、問題は冒険者登録証の作成であった。

 エリアの力変換やら装備の準備やらですっかり遅くなってしまった。完全に昼を過ぎてしまっている。俺は再度、エリアと共に冒険者ギルドの扉をくぐった。ちょうど併設された食堂があるし、用事が終わればそこで昼食にしよう、と心に決める。

 ギルドは互助組合だ。簡単に説明すれば、同じ志を持つ者たちが教会や国家、魔物などから身を護るために作る互助組合だ。だから、収入が安定せず軽んじられる冒険者は冒険者ギルドを、国家から睨まれやすい商人は商人ギルドを、商人から不遇な扱いを受ける職人は職人ギルドを設立する。このような構造は魔界にも同じようなものがあり、また、商人ギルドも特許状により同盟が対立して各自で組合を造るわけだから、もうギルドの総数は星のような数になる。

 とはいえ、ここフロゥグディは人族からすると半分敵地だから、互助組合の進出は少ない。きちんと動作しているのは、人界と魔界のそれぞれの冒険者ギルドだけでないだろうか。そのお陰もあって、ここで冒険者登録証を造れば身分が保証されるため、他の都市の城壁を越えやすい。本来なら魔族が人族用の冒険者登録証を造るのは問題になりそうだが、冒険者ギルドはアルベルト騎士団と深く繋がっているらしく、問題が表沙汰になることはない。不思議なものだ。ただし、その造られた身分証で人界に入ればもちろん問題になる。

 受付窓口まで行き、朝に対応してくれた受付嬢の前へ進んだ。

「すいません、冒険者に二人で登録したいのですが……」

「今朝の方ですね。ここの冒険者ギルドは人界と魔界、両方の登録証を作成することができます。本日はどちらを作成しますか?」

「人界のをお願いします」

「それでは、こちらの用紙に必要事項を記入してください」

 二枚の用紙が配られたので、一枚をエリアに渡し、記入し始める。文字が書けない場合は代筆も頼めるようだが、俺もエリアも問題なく読み書き計算はできる。

 まず初めに、名前。……名前、どうしようか。

 エイジ、と普通に書きかけたけれど、これでは駄目だ。これから人界に向かう予定なのである。人界では俺の名前が広く知られているだろうし、俺の顔を知っている奴に正体が気付かれる可能性も高くなるかもしれない。考え過ぎだろうか。いいや、用心に越したことはない。

 偽名にするか……偽名、エイジだから、エイルでいいか。全く違う名前にすれば、自分でも間違えるかもしれないし。

 俺は最後の一文字を変えて、エイルと記入した。隣を見ると、エリアは普通にエリアと書いている。人界に魔王の名前はあまり伝わっていないだろうから、それでもいいや。

 他にも年齢や使用する武器、出身地などの記入欄もあった。俺は普通に記入するが、エリアは出身地の欄へフロゥグディと書いていた。確認はされない。この村での登録はざるなのだ。ちなみにエリアは人族だと偽るために、魔法で顔の造形を変えていた。数十秒もすれば二人とも用紙の記入を終えたので、登録に必要な費用を揃えて受付嬢に渡す。

「ありがとうございます。それでは、次にこの最大魔力量値測定器に手をかざしてください」

 まずは俺が手を差し出す。古代遺物が俺の掌を認識し、解読。現れた数値は百五十ほど。やはり、平均よりもやや高いぐらいで、十年前から全く変わっていない。最大魔力量が生涯で変化するのは本当に稀である。俺の場合は勇者の加護を与えられたとき僅かに上昇したが、それは例外である。普通は変化しないから、本人確認で使われる。

 だからこそ問題は、エリアの数値であった。おっかなびっくり差し出した掌は読み取られ、気になる結果は……

「――二百三十と三分八里。凄いですね、剣士よりも魔術師の方が成長できると思いますよ?」

「うぬ、その必要はない。妾は剣で戦うつもりじゃ」

 エリアは腰に差した星空の剣を、見せびらかすように前面へ押し出す。

「わあ、素晴らしい剣ですね」

「このエイ……エイルが妾のために買ってくれたのだ」

「いい人ですね。手放してはいけませんよ」

「無論。妾の同盟相手であるゆえ」

 彼女たちは世間話のように会話しているが、俺は安堵から内心で胸を撫で下ろしていて、それどころではなかった。

 エリアの魔力量は平均よりもかなり高いが、少し珍しい程度で、許容できる範囲だ。これで、人界ではフードを被っているだけで、たとえ身分証の提示を求められても魔族だとは気付かれないだろう。しかも、例の魔法もある。

「では、登録証が完成するまで、冒険者ギルドについて簡単に説明させて頂きます」

 そう前置きして、受付嬢は話し始めた。

「冒険者は依頼主から出された依頼を達成することで、その代金を得ることができます。また魔物を持ち込むと、解体費用を差し引いた素材料も得ることができます。稀にギルドが増えすぎた魔物を間引く目的などで緊急依頼を発令することもありますが、だいたいはこのような仕組みになっています。詳しい内容はおいおい聞いてください。また登録している冒険者には昇進制度があります。登録すると初級から始まり、依頼をこなせば中級・上級と昇進していきますが……」

 ここで一度、受付嬢は言葉を切り、ちらりと俺たちを一瞥する。

「……二人とも実力者のようなのですので、実技試験を合格なさると中級から始められるスキップ制度がありますが、どうしますか?」

 驚いた。受付嬢はこれまでの短いやり取りだけで俺たちの実力を推し量っていたようだ。

 その提案は普通の冒険者だと垂涎ものだが、今の俺にとっては到底受け入れることができないものである。

 冒険者は初級・中級・上級と三つの区分にわかれており、その間には明確な壁が存在している。実力叱り知識叱り、時には強運さえ必要になる。全冒険者のうち八割以上が初級冒険者で、残りのまた八割が中級冒険者で、最後の極少数が上級冒険者だ。ゆえにだいたいの冒険者はまず中級に昇格するのが目標となる。何年も依頼を達成し続けて、難易度が高い昇格試験に合格しなければならない。そう考えるとスキップ制度はかなり便利なものである。もちろんその立場に見合うだけの実力がなければ話にはならないが、そこは心配しなくていい。俺はもともと勇者として上級冒険者に登録されていたし、エリアも魔法の本質的な実力は失っていないわけだし、既に中級冒険者の最低ラインは越えている。

 だが、

「いや、初級のままでいい」

 俺は即答した。あまり目立ちたくはないのだ。しかも、エリアは剣を購入したばかりだから、剣で実技試験なんて合格しないだろう。魔法を使えば別だろうが、確実に目立ってしまう。

「それでは、冒険者登録証が完成しましたので、お受け取り下さい」

「ありがとう」

 そうやって名前や使う武器が書かれた銅色の登録証を受け取り、踵を返そうとした時だった。

 冒険者ギルドに転がり込んできた若者の声が、全体に響き渡る。

「――緊急依頼を発令してくださいッッ!!」


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