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リメイク中作品  作者: 沿海
3章 憎しみは真理にあらず
68/72

68 VS, 守護者(2)9700

 通算で何段になるかわからない階段を昇っていると、暗闇に包まれた広間に出た。

 守護者ガーディアンと戦ったあの広間だ。

「そのまま地上へ直通でもよかったんだけどな」

 そう呟くと、嫌味のように光源が現れる。

 ぼっ、と一対の青い炎が発生したかと思うや、次々に広間を挟むようにして松明へ火が灯る。天井付近でも巨大なシャンデリアが出現し、数刻前とほとんど同じような演出で、その巨体は現れた。外見は覚えている通りだ。ずんぐりむっくりとした無機質の身体で、その表面にはびっしりと苔がむしている。何かの模様なのか関節部分には青白いラインが走り、鼓動するように明滅を繰り返していた。

 唯一あの時と異なる点は、その巨体の立ち位置であろう。僅か数刻前は地下への入り口を護るようにして直立していたはずが、今はこの広間の中央に立ち位置を変えていた。それは、侵入に成功した俺を外へ帰さないという意思の表れだろう。この人工物に自律した思考があるのかは謎だが。

 守護者ガーディアンが一歩目を踏み出す。轟音と共に、ここまで届いた衝撃波が俺の前髪を揺らした。

「――すぅ」

 深い呼吸と共に俺は全身に闘気を漲らせると、守護者ガーディアンに向かって駆け出す。

 僅か数刻前になすすべなく敵前闘争したのは苦い記憶だ。守護者ガーディアンの動きはよくよく観察するとかなり緩やかなものであるが、何しろ俺の背丈の十倍以上もある巨体だ。たった一歩でも移動する距離は想像以上に長く、ゆえに踏み付けという単純な攻撃も射程が広い上に避けにくい。だからこそ、加護がなく逃げ切れるだけの脚力がなかった俺は、水蒸気で周囲を埋め尽くし、その視界を奪ったのだ。

 しかし、初代魔王との契約を経て加護が与えられたいま、そのような小手先の技に頼る必要はなくなった。

 守護者ガーディアンとの距離が、その一歩分ほどとなった瞬間。守護者ガーディアンは足を止めて、巨大な右手を振り上げた。踏み潰し攻撃ではなく、手での攻撃を選んだらしい。

 対して俺は疾走しながら左腰の鞘から宵闇の剣を抜刀し、剣技を準備する。勇者専用剣技、スターダスト・スパイク。加護が復活した今なら発動できるはずだ。

 漆黒の刀身に純白の閃光が弾け――なかった。予想に反して、何故か刀身にはその色と同じ漆黒のオーラが漂い、激しいスパークが発生した。

 あれ、と想定していなかった状況に身体が止まりかけるが、守護者ガーディアンの攻撃はそこまで迫っている。そのまま剣技を発動した。

「――スパイクッ!」

 剣技の解放と共に、加速感が全身を襲う。突き進む刀身に引っ張られるようにして、十五メルほどを一息に駆け抜けた。

 スターダスト・スパイク、ではあるようだ。使用感も結果も記憶と全く変わりはない。しかし、纏うオーラの色だけが以前の純白と真逆である漆黒になっている。まさか、加護を与えてくれている相手が女神から魔王へ変わったことで、その色も変わったのか?

 どちらにせよ、俺が知る中で最も移動射程が長いその剣技を発動したことで、狙いは成功した。

 俺の後方で鈍い衝撃音。剣技発動の加速で巨腕の振り下ろし範囲から逃れたのだ。

 そのまま勢いを落とさず、俺は両足の間を潜り抜けて、振り返りもせず地上への階段に向かって疾走を続ける。真面目に戦ってもいいのだが、奴を相手するのは現状あまりメリットがなかった。スルーして地上まで駆け抜けるのが最善なはずだ。

 しかし、走る俺の頬に影が差す。

「――ちっ、そう簡単にはいかないか」

 ドシンッ、とひときわ大きい衝撃音が鳴り響き、発生した暴風で後方に身体を弾き飛ばされる。虚空で錐揉み回転するが、重い宵闇の剣で上手く重心を操作し、転倒することなく着地する。

 顔を上げると、巨人が地上への階段を背にして、じっと俺を見ていた。俺に攻撃を避けられた守護者ガーディアンは、後方に跳ぶことで俺と再度の相対を果たしたのだ。

「あくまでも倒してから先に進めか……。上等だ、再戦といこうか」

 俺はその巨体へ再び駆け出す。

 もちろん単純な力で守護者ガーディアンに勝るなんて思っていない。俺よりも力強い地霊族族長ファイドルでさえ、剣技使用の一太刀ごと吹き飛ばされたのだ。ゆえに、腕っぷし以外で勝つための方法を模索しなければならないだろう。

 迫る巨大な拳。考えている暇はなさそうだ。

「――紅弦」

 選んだ剣技はこれまで何度も頼りにしてきた古代流派剣術オルドモデル

 担ぐように構えた剣が燃え盛る炎を纏いながら加速し、肉迫する質量と真正面から激突する。ここで流れに対抗しようとすれば、力で劣る俺は弾かれる。しかし、俺は流れに任せるようにして勢いのまま剣を身体に近付けるようにして折り畳むと、必然のように俺の両足は地面から離れる。前転するようにして拳を飛び越え、曲芸師の如くその前腕へ降り立つ。

 それだけでは終わらない。解放した二重の加速魔法を得て、強化された脚力で上腕から肩へと駆け上がる。顔下に到達したところで俺は上方へ跳ぶと、そこはちょうど青く灯る両目がある場所だ。

「スパイクッ!」

 挨拶がてらに黒いスターダスト・スパイクを片目へ突き刺したのだが、予想以上の衝撃に思わず宵闇の剣を取り落としかけてしまった。硬すぎる。例の破壊不能謎物質と同じなのかアダマント製の剣でも傷一つ付けることができず、反作用を受けて引き離された。

 足場がなく空中で無防備になってしまった俺へ、守護者ガーディアンは逆の手を伸ばした。指が広げられた掌を見るに、俺を掴んで握り潰すつもりか。いくら新たな加護を与えられても生身ならば、捕まったら逃げることもできず終了だろう。しかし、その攻撃を予想していた俺は、加速魔法を放棄パージして、代わりに予め脳内詠唱していた水魔法を解放する。

「――全開放(フルバースト)

 左手に出現した水素で構成された鞭を振るい、その太過ぎる首に巻き付けて引っ張る。慣性で空中を進んでいた身体が急停止し、間一髪のところで俺が捕まることはなかった。続けるように熱素で矢の形に魔法を構築して、守護者ガーディアンの目元を狙って放つ。着弾と共に爆発が起こり、その視界から俺の姿が消失する、その一瞬で俺は守護者ガーディアンの頭上まで駆け上って一息付いた。

「はあ……」

 戦闘時間はまだ短いものだが、刹那にして俺を簡単に捻り潰せる相手と戦うのは、かなり疲れるものだった。加えて、俺からするとこれは四代目明滅の魔王アラマサに続けての連戦だし、さらに言えばその直前だってこの守護者ガーディアンと戦っているのだ。知らず疲労感を溜め込んでいたのかもしれない。

 爆発の余波が過ぎ去り、守護者ガーディアンは俺の姿を完全に見失ったようだ。辺りを見渡し、必死に俺の姿を探していた。流石に自分の頭上に立っているなんて思ってもいないようである。この守護者ガーディアンの表面に感覚がなかったのも幸いである。

 暫くここで休息できそうだが、そうもいかない。こいつを倒す方法を、無理でもここで足止めする方法を考えなければ、俺はこの地下世界から地上へ帰還することができないだろう。ここから地上への階段までかなりの距離がある。一気にそこまで走り抜けようかと検討だけしてみるが、追い付かれて踏み潰される光景しか想像できなかった。結局、倒すしかないようだ。

「それにしても……」

 静かに俺は考える。

 やはり勇者の加護を失い、代わりに新たな魔王の加護を得たことで、俺は一段と強くなっているらしかった。思うように身体を動かせない状況下で、静から動へ移り変わる技術をオリバーから学んだり、経験と勘でホーンウルフの群れと戦ったり、この守護者ガーディアンの攻撃を咄嗟の機転で切り抜けたり、そんな経験が打ち止めだと思っていた俺を成長させたのだろう。以前よりも気配が機敏に察知できていると実感するし、今だって前とは違って戦闘に上手く魔法を組み込めている。勇者時代の俺ならば、最初の叩き付けでぺちゃんこになっているかもしれない。

 だが、ひとまず危機は脱したが、今の状況はかなりよろしくない。守護者ガーディアンにはまだ見付かっていないが、それも時間の問題である。俺は頭を巡らして、倒す方法を模索する。

 力勝負は当然だが相手にならない。そもそもアダマント製の剣でも傷を与えられない謎素材である、そもそも壊せるのかすら見当も付かない。ならば、足止めや拘束に行き着くわけだが、俺には少し荷が重すぎる。広間にところどころ氷柱が直立していることを鑑みると、先代魔王クラディオは氷結魔法で拘束でもしたようだが、そんな創造魔法オリジナルクラフトは俺に再現できるはずないし、霹靂の魔王エリア自信作らしい鎖状の創造魔法オリジナルクラフトも俺には無理だ。強いて言えば、先ほどの水素でできた鞭が俺にできる最たるものだが、そこまで強度に優れているわけでもなく、守護者ガーディアンに巻き付けてもあっさりと引き千切られるのが落ちである。

「どうしたものか……」

 と頭を悩ませていると、ふと、目に付いたものがあった。俺のちょうど真上に、二重の円となって並び灯る青白い炎、業火に煌めく巨大なシャンデリアが釣り下がっている。そのサイズは、もともと守護者ガーディアンを照らすためのものだったのか、守護者ガーディアンと比べても遜色なく大きい。

 俺の脳裏にアイデアが浮かぶ。このシャンデリアを頭上に落としたらどうだろうか……?

 巨体を破壊することはできなくても、せめて僅かな足止めぐらいにはなるはずだ。だが問題は、俺は巨人の頭上にいるにも関わらず、そのシャンデリアはさらに頭上遠くにあった。風素の補助があっても、ジャンプで届くような距離ではない。

 暫くしてある作戦に行き着くと同時に、俺は再び詠唱して水素で丈夫な鞭を創造する。不測の事態があっても対処できるように、放棄パージしてもすぐに再造できるように予め二重魔法ダブルクラフトにしておく。準備は整った。

「――探したか?」

 俺は守護者ガーディアンの頭に鞭を引っ掛けながら飛び出し、両目の前に姿を現した。必死に俺を探していたらしい、俺を見付けると間髪入れずに巨大な拳が振るわれる。轟っと風の唸り声と共に凶悪な拳が迫るが、器用に左手で握る細い鞭を引っ張ったりして、ぎりぎりすれすれで回避する。飛び回る蠅を手で払うように攻撃が次々と殺到するが、全てすんでのところで避け続ける。水の鞭を使った回避方法、普通に使える戦術かもしれない。しかし、強度と謎の伸縮性で扱いにくい。エリアの鎖状の拘束魔法でもなければ、再現性がなくこの場限りになるだろう。

 ――オオオォ

 動く人工物から唸り声のようなものが聞こえた。表情なんてわかるはずないのに、俺には守護者ガーディアンが焦燥していると直感した。たかだか俺一人さえ未だ倒せていないことに苛立っているのか、人工物にはないはずの殺気が膨れ上がる。

 次の瞬間、守護者ガーディアンのごつごつした表面に走る光のラインが躍動した。線が分裂し変形し、幾何学的な模様が刻まれた円となる。

 移動する俺を囲むように、空中に色とりどりの光が現れた。魔力が収束し、緻密に書き込まれた術式に従って発動する。

「ッ!? お前、魔法まで使えんのかよ!?」

 本気で俺を殺すつもりらしい。各種多様な魔法が俺に襲い掛かる。光の矢が耳元を通過し、土の刃が先ほどまで俺の頭があった場所を薙ぎ払い、火の熱線が俺の前髪に掠ってじゅうと焦げた臭いを発する。

 魔法陣。それは円の中に幾何学的な模様と術式を刻むことで、詠唱せずとも魔法を行使できる技術だ。周囲の魔力を吸収して魔法が発動されるため、使用者は魔力残量を気にする必要がないというメリットがあるが、準備に途轍もない時間が掛かったり、持ち運びが面倒くさかったり、同じ魔法陣を二度も使うことができなかったり、メリットを上回るデメリットがあるゆえに、あまり人気のない技術である。しかし、魔王の騎士だったクルーガは独自の簡易魔法が織り交ぜられた戦闘方法を編み出していたし、エリアは彼から得た着想で多重陣式魔法陣マルチプルサークルマジックという凄業を披露した。つまり、普通の魔法のように簡単には扱えないが、各々がオリジナリティを求められるのが魔法陣だった。

 それがいま、俺を翻弄している。苔がむした表面に魔法陣がぼうっと浮かび上がり、発生した魔法が俺へ目掛けて飛び交う。似た仕組みのものだと、クルーガが発明しエリアが錬磨した、光素で虚空に魔法陣を転写するというあの革命的な技術。しかし、それに比べてこれは発動までの予備動作が非常に短く、しかも魔法の行使にイメージが必要な生物でないからか、種類問わず多種多様な魔法が一度に迫る。

「ぐおおォ!」

 唸りながら上体を逸らすと、鋭い風の刃が俺の皮一枚を斬り裂いていった。しかし、固められた土の玉が俺の左肩に直撃した。鈍痛に顔を顰めた俺へ絶え間なく魔法が殺到する。跳躍と鞭による急制動だけでは避けきれない。時には剣技使用による加速や反動で強引な動きで躱したりする。

 オリバーから学んだ技術がここで活用されていた。彼が教えた戦い方は加護を失った俺に有効なものだったが、加護を取り戻した現在の俺には必要ない、ということでもなかった。勇者だった頃は力任せだった剣の振り方を改め、最小限の力で姿勢を崩さず次の動きに移る。剣技を使用する時も、発生する慣性まで戦術に組み込む。このような攻撃が飛び交う戦況ではその真価が発揮されていた。

 必中するはずの攻撃を捌き続けた。その回避や反撃の動きには、オリバーに叩き込まれた崩さず次に繋げる技術が、確かに息付いていた。低く身を沈め、突き出された腕の間をすり抜ける。水の鞭で空中に留まり、風のように姿勢を捻じ曲げて炎の螺旋を躱す。剣技の発動と即座の中断で、発生する慣性だけを利用して、石矢の射線外へ身体を引き寄せる。

 しかし、それでも回避がどうしても不可能な攻撃は、急所だけは避けて受けて小さな傷を身体に増やしていく。青白いラインが生き物のように蠢き、追撃のための新たな魔法陣が完成する。

 一瞬。しかし、その瞬きするほどの短い間でいったいどれほどの攻撃を捌いているのか。俺はまだ一度もまともに反撃できていない。時間が経過するごとに俺の体力だけが削られて、戦況は悪くなるだけだ。

 だが、ここで焦燥に駆られるのは愚策だった。相手が格上の存在でも、勝ち筋が繋がるその瞬間まで常に冷静を保ち続ける。そうすることで勝利したことは何度もある。

 今回もそうだった。

 足場のない空中に躍り出た俺へ、守護者ガーディアンが拳を下から上へ繰り上げた。狙い続けていたチャンスだ。足元を掬いあげるようにして迫る超重量に対し、俺は剣技を発動する。古代流派剣術オルドモデル、紅弦。

「――」

 既に何度も試している、アダマント製の剣でも攻撃が通らないのはわかっている。だが、その一撃は反動を生んだ。

 弾かれる力をそのまま利用し、上空へ跳び上がる。風素まで用いてさらに跳ぶ。距離が縮まる。

 手を伸ばし――そして、左手がシャンデリアの枠組みを掴んだ。

 守護者ガーディアンは遥か上空にいる俺に攻撃できないのか、虚ろに光る両目でシャングリラにぶら下がる俺の姿を見上げるばかりだ。

「よっと――」

 俺は身体を反転させて上に乗りあがった。大人十人が並んで上に立っても余るであろう巨大な輪が、一本の鎖で天井から吊り下げられていた。かなり脆弱な構造に見えるが、シャンデリアはその重量を支えるために基礎がしっかりとしているようで、俺一人の体重が加わったぐらいではびくともしない。そもそもあの破壊不可能の謎素材で組まれているのならば、鎖一本で事足りるのだろう。

 俺は中央にある鎖の傍まで移動し、アダマント製の剣を一閃する。鈍い衝撃が掌に響く。

「やれやれ……」

 想像通りだ。

 しかし、それは諦める理由にはならない。

 左手をピンと前へ突き出し、身体を低くどっしりと構える。右半身を一歩後ろに引いて、宵闇の剣は刃を倒すようにして腰に沿わせる。

「スターダスト・レイン」

 やはりこちらも以前とは勝手が違った。びりびりと空間が引き裂かれるような漆黒の雷光が閃いた。

 こうなってしまうと、スターダスト・レイン、と呼ぶより黒いスターダスト・レインだ。現時点では他の性質に変化した点は感じられないが、スターダスト――俺がかつてその煌めく青白い色から命名した由来を考えると、新しく名前を付けなければならないのかもしれない。

 ちかちかと黒い火花が弾け、荒れ狂う風が服の裾をはためかす。極限まで圧縮したエネルギーを解き放ち、初撃を打ち出した。

 しかし、やはり雷鳴のような轟音と共に剣が弾かれる。手応えが全くなかった。地下世界への入口となった格子扉は、霹靂の魔王と名高いエリアが八重魔法(オクタプルクラフト)で攻撃を加えても、傷一つ与えられなかったというのだ。衝撃がそのまま跳ね返り、宵闇の剣を握る右手が痛みに叫んだ。

 効かない。わかっている。

 それでも俺は動作を続ける。左右対称のように剣を二度振り払い、交点に重力による加速が加えられた一撃を叩き込む。踏み込んだ左足を軸にして回転し、五連撃目、巻き込んだ剣をあらん限りの腕力で振り抜く。滑るように跳ね返されて、ヒビさえ入らない。

 だが、意味がないわけではないはずだ。表面には視覚的に現れていなくても、内部にはダメージが蓄積されている可能性を俺は捨てきれない。だからこそ、俺は剣技の斬撃を同じ地点へ寸分違わず当て続けていた。同じような真似をできる剣士はどれほどいるだろうか。かなり繊細な集中力を必要とするが、何も難しくはない。足場はしっかりとしているし、攻撃対象は動かない物体なのだから、あとは身体のブレを極限まで抑えればいいだけだ。

 例え破壊不能の謎物質だとしても、握る宵闇の剣も不壊黒鉄アダマント製なのである。世界の理は矛盾を許さない。俺の剣は炎龍イグニスドラゴンの鱗さえ砕いたのだ。いまさら最高硬度の座を譲ることはない。

「崩れっ、落ちろ……!」

 九連撃目の突きが一点を刺す。激しく閃光が明滅する。拮抗したのは一瞬で、ぴしりっ、と小さな音が響いた。鎖の表面にヒビが一筋走る。それが堰を切ったのか、内部に蓄積されたダメージが波及して鎖全体に亀裂が広がった。バチンッ、と突然その細い鎖が中央で千切れた。シャングリラが緩やかに落下を始める。

 重力が場を支配する。

 俺は落下しながら風素で身体の軌道を捻じ曲げ、危険がない場所へ離脱する。

 しかし、真下にいた守護者ガーディアンは逃げることができなかった。防ぐように巨腕を掲げたが、それで防げるはずもなく、落ちてくる質量に飲み込まれる。視界が白く染まった。

 ――オアアアアァァァッ!!

 苦悶の呻き声が俺の身体を揺るがした。

 振動、そして……やがて静寂が訪れる。

 ゆっくりと俺は立ち上がった。

 シャンデリアの下敷きになった守護者ガーディアンの姿は見えない。流石にこれだけしても完全に倒せたとは思えないが、立ち去る俺を追い掛けることはもうできないだろう。

 呆気ない勝利だが、今回は運が良かっただけだ。また来る時までに倒し方を考えておかなければならない。

 静かに宵闇の剣を鞘へ滑り込ますと、踵を返して速足で地上への階段へ目指す。

 一段目に踏み出して上方を見上げた。果てしなく広がる闇を見ると思わず溜息が漏れた。

 頭上には幾重にも石が組まれたアーチの通路。そこをくぐるたび、足元に広がる階段が一段ずつ、闇の中から現れては後方へと消えていった。

 足元を照らす光源は必要ない。新しい加護を与えられたおかげで、暗闇にもかかわらずぼんやりと踏むべき段差は把握できていた。ただ、己の足音だけが、石壁に反響して聴こえていた。沈黙が心地いい。全てを終えた後の静けさである。

 初代魔王ヴェルゼに出会い、勇者の加護に代わる新たな力を手に入れた。四代目明滅の魔王に手合わせをしてもらったことで、格上の相手との対峙という得難い経験を学んだ。守護者ガーディアンと再戦を果たし、敗走するだけだった過去と対比して新たな能力を自覚できた。体感時間にして僅か数刻の出来事は濃密で、俺に多大なる成長をもたらした。

 噛み締めるように、掌をぎゅっと握った。

「――うん?」

 耳がその耳がその静寂に慣れたころ――階段の上方から、異音が聞こえた。

 ダッ、ダッと、靴が石を踏みしめる音。誰かが駆け降りてくる。地上から。

 俺は咄嗟に宵闇の剣を引き出した。階段は剣を満足に触れるほど広くなく、もしここで交戦すれば階段の下側にいる俺が圧倒的不利である。敵である場合に備えて、相手が現れたらすぐに剣技を発動できるよう静かに準備する。

 しかし、その声は聞き覚えのあるものだった。

「小僧ッ! おい、小僧なのかッ!?」

 光が差した。松明の赤い炎。その背後から、階段を駆け下りてきたのは――

「……ファイドルか?」

 無骨な大剣を持った剛毅な風貌の男が現れた。地霊族族長ファイドルだ。

 彼は階段の途中で足を止め、俺の姿を確かめると、駆け寄ってきた。そして俺の首元を掴み、畳み掛けるように言った。

「小僧ッ! お前、いったいどこで何をしていた!? 一週間も帰らずに!」

「一週間?」

 ファイドルは嘘を付いているように見えない。俺は首を傾げて、ああ、と思い出す。

「地下世界では地上と時間軸が違うらしい。俺の体感だとあんたと別れてからまだ数刻しか経ってない」

「本当か? ……クラディオが言及していた時間経過が異なる可能性は事実らしいな。まあ、それはいい。小僧、目標は達成したのか? 問題なく戦えるのか?」

「ああ、原初の魔王クラディオと会って、彼から加護を貰った。もう足を引っ張ることはない」

 安堵したのか、ファイドルは頷いた。そして真剣な顔で俺を見詰め、おもむろに口を開く。

「エリア嬢ちゃんが危険な状況に置かれている。だが、俺が出ても場を混乱させるだけだ。嬢ちゃんを助けることができるのは小僧、お前だけだ」

 ファイドルの声は、決して荒々しくはなかった。しかしそのひとつひとつの言葉が、重く、確かな焦りを孕んでいた。

「エリアに何があったんだ?」

「小僧を魔王城に引き入れたことが露見して、元老院に糾弾されていた。このままだと処刑もされかねないが、俺にはどうすることもできない。――小僧、早く行けッ!」

 俺はその言葉を最後まで聞き終える前に、駆け出していた。振り返ることもせず、ファイドルを置き去りにして上へ上へと走る。悠長に一段ずつ踏むなんてしない、一足で十段を飛び越して最高速度で俺は暗闇を突き抜けていく。

 ぐるぐるとファイドルに伝えられた言葉が頭を巡る。

 勇者である俺をエリアは魔王城に招き入れた。それは俺が歴代の魔王から加護を貰う必要があったからだが、何も知らない者からすると、敵を本陣に呼び込んだようなものだ。俺が数え切れぬほどの魔族を殺したのは事実である。何か企んでいるのではないかと疑われるのは当然で、だがしかし、その本人である俺は地下世界にいる。本人でなければ何を言っても弁明にならないだろう。ファイドルが言うように、早くしなければエリアが罰せられるのも時間の問題である。

 階段の先に月明りが見えてきた。何かを暗示するように凍えるほど冷たい空気が吹き込んでいた。


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