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リメイク中作品  作者: 沿海
3章 憎しみは真理にあらず
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63 新しい加護4888

 水晶玉の内部、澄んだ硝子の向こうに、会話しながら並んで歩く二人の姿がゆっくりと浮かび上がっていた。

 片方は白銀の髪を高く結った青年。カタナという見慣れぬ異形の武器を腰に腰に差し、身に纏う衣服も見慣れない不思議なものだ。名をソラカゲ。

 片方はぼさぼさの黒髪が特徴的な少女。その背丈以上もある無骨な長弓を背負っており、目元に薄汚れた布を眼帯の如く巻いている。名をアグネ。

 彼らは四年間の旅を共にした俺の仲間だ。この水晶玉は声を伝えることはできないらしく、彼らがしている会話の内容を聞くことはできない。

 しばらく動きがないみたいなので、俺は視線を眼前の男――ヴェルゼに戻した。

「彼らの位置ってわかるのか?」

 今となってはかなり昔のように感じる、一カ月前のこと。俺はエリアが起動した転移魔法によって、仲間と引き離された。アガサは無限魔力回復という加護で無理やり俺と合流したのだが、他の二人は長距離を移動する手段がないわけで、当時の俺は彼らとの合流を諦めたのだ。平和の村フロゥグディから魔界の奥地まで、徒歩の旅で四年も必要だった。だから、彼らとの再会も最悪で四年は掛かるだろうと、半ば諦めていたのだ。

 が、二度目の転移で魔王城まで逆戻りしたいま、ソラカゲとアグネとの再会が現実的になったのだ。二人の位置を知っていそうな人物に尋ねるのは当然である。

「ふむ、そうだな。……現在は魔王城から南東に五百キロルといったところか。短いといえば短い距離だが、軽々と再会できる距離とは言えない。気長にその時を待つがいいだろう」

 俺は頷いた。四年間の旅で移動した距離を考えれば五百キロルなんて短いものだが、普通に移動すると一カ月は必要だろう。彼らとの再会をどうするか、地上に戻ったらエリアと話し合わなければならないが、方向と距離がわかっただけでも想定外の収穫だ。

 それにしても、この水晶玉は考える限り便利なものだ。音は届かないみたいだが、連絡手段に使えるだろう。今までだとわざわざ手紙を書いて伝書鳩に託す必要があったのに対し、これは直接的に周囲の情報を相手へ伝えることができる。しかも、一瞬で情報が伝達されるわけだ。大きいため収納魔法の容量をかなり取るというデメリットがあっても、もし戦争に転用されていてば戦術的用途は尽きない。

 もちろん、軍事転用以外にも使いようがある。エリアにこれを持たせていれば、あるいは俺がこれを持っていれば、互いが危険に陥ってもすぐに知覚することができる。それだけじゃなく、いまどこにいるのかの把握がいつでもどこでもできるわけだ。

 ただ、残念ながらサイズが大きすぎて使いづらいだろうし、これしかないのであれば貸してほしいと頼み込んでも無理であろう。それに、魔王の加護を持つ人物はそこまで多くない。使用できる相手が限定されているのは、使いにくさを助長していた。

「――ん?」

 そこまで考えて自分の思考に引っ掛かりる。何か重要なことを見落としたような気分だ。

 俺は取り留めのない思考を纏めようとするが、残念にも彼の声で阻まれる。

「それで、何か私に頼みたいことがあったと言っていたな?」

「……ああ」

 掴みかけていたはずの重要な何かはぼろぼろと崩れて消え去る。とはいえ、そんなことはどうでもいいのだ。

 水晶玉に気を取られて忘れていた。本来の目的を思い出す。何のためにここまで来たのか。

 初代原初の魔王ヴェルゼが話を戻したため、俺は諦めて咳払いしてから真面目な口調で話を切り出す。

「ヴェルゼは神様……なんだよな? なら、俺に加護を与えてくれないか?」

「――――」

「難しいのはわかってる。話に聞くと、ヴェルゼ……初代魔王が加護を与えたという記録はないみたいだし。だが、どうしても今の俺には戦うための力がいるんだ。頼めないか?」

「請け負おう」

 即答だった。

 交渉のための言葉を脳内に次々と浮かべていた俺は、咄嗟にはヴェルゼが頷いたと理解できなかった。

「へ?」

「加護を与えることは何も難しいことではない。ただ、それは自身の存在を切り売りすることと同格の行為であるだけだ。この空間が造られてから悠久の時を過ごすことで、もはや存在が限界まで希薄になってしまった私には、もうおいそれと加護を与えることができない。しかし、君ひとりであれば可能であろう」

「できるのか?」

「できる。私の前まで来るがいい」

 言葉通りに俺は立つと、ティーセットが置かれたテーブルを避けて彼の前まで移動する。彼は相変わらず座ったままだった。

 俺が何をされるのか訝しげに眉を顰めると、ヴェルゼはふと視線を逸らし、言葉を継いだ。

「その前に、見返りとして条件を出そう。君がここへ来るために使った鍵、――それを暫く預からしてほしい」

「……鍵? この鍵か?」

 俺は収納魔法から神々しい虹色に輝く小さな『鍵』を取り出した。指先で摘まむと、それは微かに振動し、まるで命があるかのような脈動を感じさせた。

「これが必要なのか?」

「私が必要なのではないが、必ず返す。安心していい」

 嘘の色は感じない。

 これは、エリアの父クラディオから、その親友ファイドルを経由して、娘エリアへと託されたものだ。正当な所有者は彼女で、俺はただ一時的に借りているに過ぎない。俺それを自分の判断で他人に渡すというのは、躊躇いのある行為だった。

 ヴェルゼは、俺の沈黙を急かすことなく静かに見守っていた。

 しかし、見返りと彼が言うならば、これを彼に渡さなければ、加護を与えてもらえない可能性もあった。この地下空間まで来た理由を考えると、悩むのは当然だった。

「預けてくれるか?」

 俺は少し考えたが、今はヴェルゼの言葉を信じて預けることにした。

「……わかった、貸すよ。でも、必ず返してほしい」

 そう答えた俺の手から、鍵はヴェルゼの掌へと渡った。彼はどこか懐かしそうな目でそれを見詰めると、ふっとどこかへ鍵を跡形もなく消す。収納魔法にも見えたが、魔力の揺らぎは感じられなかった。別系統の魔法なのだろうか。そもそも、エリアの話では、収納魔法は彼女の父クラディオが発明したという。

 俺が考えを巡らせていると、彼の目がゆっくりと俺を射抜いた。

「では、始めようか。――ここに契約は結ばれる」

 その言葉が空間を満たした瞬間、彼の身体が音もなく動いた。

 突風のような何かが、俺の心臓を貫く。

「……っ!」

 一瞬よりも速い一瞬だった。

 気付けばヴェルゼの片腕が俺の胸へと突き刺さっていた。

 激しい痛みが脳裏を明滅させる。痛み。吐き気。心臓が揺れる。視界が白く染まり、次いで真紅に塗り替えられた。

 ただ、驚きはなかった。あの女神も俺から加護を奪う時に、腕を身体へと突っ込まれたのだから。あの時も身体を貫かれ、魂が削がれるような感覚に陥ったものだ。

 しかし、俺が信じられなかったのは、俺自身がヴェルゼの行動を予知できなかったことだ。勇者の加護がなくても、それなりに気配や殺気を感じ取ることはできるはずなのに、ヴェルゼの行動の予兆を全く感じられなかった。避けることも防ぐことも許されない速度だった。やはり初代の魔王なのか、それは声にならない呟き。

 鋭い痛みが胸骨を貫き、目眩とともに立ちくらみが襲う。口元から生温い血が沸き上がるような感覚。だがそれ以上に、胸の奥底から熱と冷気が同時に突き上げてくるようだった。

 痛みと共鳴するように、血管の内壁が張り裂けそうになり、指先まで呼吸が届かず、世界が息を潜める。だが、彼は俺の反応をそっちのけで、まるで何かを探るように俺の内側を読んでいた。

 ヴェルゼは呟く。

「なるほど。予想通りの加護だったようだな。全ステータス上昇に加え、特殊剣技の特性。残留している付与者情報を書き換えるだけで――ん、なんだ? 効果が切れていない術式が……魔法、ではないようだな。魔力が込められているのは確かだが。読み取ることは不可能ではなさそうだな。――ふむ、これは……放置しても害のない類のものだな。むしろ、君を助ける……主人公らしいものと言えるか」

 俺は息苦しさと痛みに耐えながら聞き返した。

「……主人公?」

 俺の問いかけに、彼は顔を上げる。そして、何かを確信するように告げる。

「そうだ、主人公だ。君はこの物語において、きっと選ばれたのだろう。主人公とは、敗北せず、死なず、諦めぬ存在だ。英雄として名を刻み、最終的には人類すべてを救う。それが物語における主人公の在り方だ」

 一語一語に宿る熱量が常軌を逸している。話が飛躍し始めていた。俺が言葉を挟もうとしても、無意識下で遮りヴェルゼは独白を続ける。

 どこか熱狂した様子で。陶酔、知らない物語の続きを急かすような。恍惚、子供のような無邪気さで。

「ああ、主人公は全人類を助けなければならない。それが世界の理、絶対のルール」

 そして彼は俺を見た。遠い目で、俺を見ているはずなのに別の何かが映っているような目だった。話の先が一向に見えない。まるで頑なに耳を貸さなかった、あの女神みたいに。

「君はいずれ、彼女すらも救わねばならない。君ならば、できると信じている。私はできなかった。私は主人公にはなれなかった。選択をすべて誤り、ただの愚か者として終わった。だからこそ、君に託す。……この物語を」

 勝手に何か重要なことを託された気がする。それも俺の想いとか関係なしに。

 何度も発言された『彼女』とはいったい誰なのかなど、いろいろと言及したいところだが、今はそれよりも……

 俺の胸に手を突っ込みながらぶつくさと呟くヴェルゼに耐えられなくなって、俺は呼びかけた。

「……なあ。この感覚あまり好きじゃないんだ。できることなら、早く終わらせてくれないか?」

 その瞬間だった。熱狂的だった彼の瞳から、ふっと熱が抜けた。

 まるで、深い夢から覚めたように。

 まるで、俺の姿を初めて見たように。

 俺の胸に手を突き刺したまま、彼は息を止めたように固まり、暫くしてから戸惑いと後悔の色を滲ませた。

「……すまない。私は、……浮かれていたようだ」

 それきり彼は、余計なことは言わず、ただ静かに俺の胸から手を引き抜いた。

 ――途端に、痛みが引いた。

 怒涛のように押し寄せていた苦痛が、潮が引くように静かに、だが確実に消えていく。俺は浅く、だが深く息を吐いた。安堵とも混乱ともつかない吐息だった。先ほどまで焼き焦げるような内側の灼熱は、まるで幻だったかのように痕跡も残していない。

 代わりに、俺は意識を注意深く身体の奥底へ向けた。

 なるほど。何も変わっていないようにも感じるが、かつてのような力の巡りが四肢に染み渡っている。身体も軽くなったし、左腰に差したアダマント製の剣もこれまでのように振れる気がする。視野も広がり、聴覚も俊敏になり、加えれば魔力最大値も強化されたような気もする。疲労感も消え失せ、左腕の酷い熱傷が急速に修復されていく様子が感じられた。

 加護が復活したのだ。まだ数日ほどしか経っていないが、懐かしい感覚だった。

 喜びに似た何かが、喉元までせり上がってきた。が、ぐっと俺は堪えた。喜ぶのは短絡的だ。加護を失っていた間に得たものも確かにある。現実から逃げ出したという事実と後悔もある。喜びを言葉にしてしまえば、何かを取り違えてしまいそうで、俺は黙っていた。

 そんな俺の沈黙を、ヴェルゼは静かに見つめていた。

「……どうだ? 加護の内容を引き継ぐだけだから簡単だ。これまで通りの身体能力を得て、特殊剣技も発動可能な仕様だ。そして、もうひとつ。新たな加護を付与しておいた」

 そう言いながら俺の身体から腕を引き抜いたヴェルゼに、言葉の続きを促す。

「新しい加護とは?」

「殺した相手の加護を奪う加護。端的に言えば、敵を殺すほど強くなる加護だな」

 その言葉の意味を理解するのに時間が掛かった。


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