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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
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6 魔力の解放と形質変換4927

 エリアに言われて、俺たちは城門を通って村の外へ出る。どうやらエリアのしようとしていることは、人前ではできないことのようだ。

 昨日は夜の暗闇で見えなかったが、街道の両端には風でなびく金色の穂が美しい田んぼが広がっている。そういえば、魔界にいた時は冬だったのに、ここではまだ秋なのだ。

 目的地はその向こうの深い森。ここなら人目を憚らずに、何かができるらしい。

 時々、魔界側から来た行商人や冒険者と出くわし、俺が人族にも関わらず挨拶をしてくれる。やはり、フロゥグディは『異種族の緩衝地』なのだ、と妙に実感が湧く。

「それで? 何をするんだ?」

 街道から外れ、森の奥へ奥へと移動して、完全に人気がなくなった場所で立ち止まったエリアに問いかける。が、答えずに、エリアは収納魔法で開いた空間の裂け目から、色々な物を取り出し始めた。

 今朝見た人界の地図に、魔王の証らしい漆黒のローブ、そして衣類が数着。他にもよくわからない金属のインゴットやら比較的高価そうなものを取り出し終えると、エリアはふうっと溜息を付いた。

「これで何かをするのか?」

「黙って見ておれ。すぐにわかる」

 冷たくエリアは言うと、置いたものから大きく離れて、何やら詠唱を始めた。

全素召喚(サモンオリジナルエレメント)――」

 最初に紡がれたのは、熱素や風素を含めた、全ての魔法因子を呼び出す起句だろう。

 その魔法は小さな声によって世界に干渉し、空気の流れが変わる。

魔力変換(コンバートパワーフォー)構成要素(ヒューマンユニット)筋力強化エンハンスフィジカル――」

「なっ!?」

 そして続いたのは、ほとんどが理解の範疇に及ばない、聞き取れないほど早口の知らない詠唱。静かに、だがはっきりと術式を紡いでいくエリアの周囲に突風が吹き荒れてくる。

 なるほど、その姿は魔王だった。俺が目を見開いている先で、少女の体の周りには魔力の奔流が陽炎のように揺らめき、木々の枝を震えさせる。ビリビリと空気は張り裂けそうで、まるでエリアの詠唱に共鳴しているようだった。人智を越えた現象、そう言わざるを得ない。

 そして、眩い光が辺りに満ち、帯となって天に昇っていく。

 ――何か、やばい。

 本能的にそう思った。

 咄嗟の判断だった。俺は叫ぶように詠唱を重ねる。

風素召喚(サモンエアリアルエレメント)障壁構築(コンストラクトウォール)全開放(フルバースト)ッッ!!」

 俺が一瞬で障壁魔法を構築すると同時に、魔王が長い詠唱を終えた。

――

  ――

    ――

 刹那、あらゆる音が消えた。あらゆる色が消えた。

 まるで、天国。そんな真っ白な世界に放り出されたかと思ったら、世界に音と色が戻り始める。初めに届いたのは、身体全身に感じる鋭い痛み。

 どうやら即席の障壁魔法は効果を発揮せず、吹き飛ばされたようだった。あたりまえだ、あんなに短い詠唱で爆発の威力を軽減できるはずがない。体のあちこちが痛む。頭を貫く痛みに耐えながら、俺は上体を起こす。

 森は悲惨な状態になっていた。

 地面には大きなクレーターが生まれ、周囲の木々は一切が消滅している。そして、周囲にはまるで蜃気楼のように魔力の残滓が漂っている。

 そんな爆心地の中心には、爆発の前と変わらない出で立ちのエリアが立っていた。

 しかし、その後ろ姿は違和感がある。

 出会った瞬間からそこにあった存在感、情報圧のような、魔王たらしめるものがそこにはなかった。それは、まるで――ただの少女みたいだった。

「……何が、いったい何が起こったんだ?」

 奇しくも、転移直後と同じ台詞を言うしかなかった。

 俺が立ち上がると、エリアはその長い黒髪を翻して振り向いた。

「魔力の解放と形質変換を同時に行い、四肢筋肉の強度と出力を向上させたのだ。簡単に説明すれば、一定割合の魔力を代償に、身体能力が常時向上しているというわけじゃな。最大魔力量は平均より少し多いほどまで低下することになるが、どれだけ荷物を持っても疲れぬ身体になっておるはずじゃ」

 あまり話を理解できなかったが、つまり、ただの少女みたいだという感想を抱いた俺は、正しかったわけだ。それに、周囲に漂っている魔力の残滓は、上限を越えた魔力が放出されたということか。ただ、まだわからないことがある。

「それで、その魔力は元に戻せるのか?」

「うぬ? ……無理じゃろ。そもそも元に戻す前提ではない詠唱だからの。まあ、前のような八重魔法(オクタプルクラフト)は無理じゃが、今でも三重魔法(トリプルクラフト)ぐらいならできるじゃろ」

 驚いた。

 八重魔法(オクタプルクラフト)だと。

 俺の知る最強の魔術師でさえ五重魔法(クインタプルクラフト)しかできないと聞くのに、それを超える実力だったというわけだ。確かに、加速魔法を八重で発動でもしなければ、俺の反応速度を越えることはできなさそうなのだから、それくらいはあり得るのかもしれない。

 人知を越えた能力。それなのに――

 確かめるように尋ねる。

「……つまり、弱くなったのか?」

「弱くなった、と表現するのは本質を捉えておらぬ。魔法の適正は低くなったが、卓越した身体能力を得たからの。たぶん、エイジには劣るじゃろうが、加護持ちとそう変わらぬ身体になっておろう」

 淡々と説明するエリアの態度に、ふざけるな、自分が何をしたのかわかっているのか、と言いかけた。最大魔力量という天性の才能だけで八重魔法(オクタプルクラフト)が使えるはずはない。そこに至るためどれほどの努力をしたのか。その魔力を身体能力に変換するような魔法は今まで聞いたことがないが、少女がした行いは、そんな自身の努力を裏切る行為だ。だが、一番理解しているのは本人だろう。

 ふつふつと湧き上がる怒りを、俺は理性で抑え込む。

 勇者である俺を超える速さ。八重魔法(オクタプルクラフト)を行える、魔法の才能。だからこそ『霹靂の魔王』と呼ばれる少女を理解できない。

 生まれてからの努力を、蔑ろにする行い。俺には決して理解できない。が、それを咎めるのもお門違いなものだろう。

 そんな俺の複雑な心情を読み取ったのか、エリアは窘めるような眼をした。

「文句は受け付けぬぞ。妾が決めたことだからの」

「…………」

「どちらにせよ、旅の目的は変わらぬだろうし、妾に魔力が必要だとも思えない。世界平和に必要なのは相手を思いやる心であって、魔力などという『力』ではないのだからの。それゆえ、人界に行けば早かれ遅かれ魔力の形質変換をしていたと思うぞ」

 本人が一番わかっている。自分が必要だと思ったから、そうしただけだ。そこまで人族と魔族の平和に真剣で、熱心なのだ。

 とはいえ、聞きたいことがある。

「なぜだ。なぜそんな『力』があるのに、それを利用しようとしない。俺でさえ一瞬で背後を取られたんだ。世界なんて、簡単に統一できるだろ?」

「反発を恐れてじゃ。暴力で成しえた平和は長続きせぬし、魔界の方も、少し元老院がきな臭い。……まあ、そんな深刻な話だけではなく、ただ単に旅がしたかったのもある」

 そう言って、エリアはころころと笑った。

 やはり、考えての行動なのだ。

 とはいえ、理解できても、俺には納得できなかった。もし身体能力を魔力に変換できる魔法があったとして、剣の技術を失う代わりに八重魔法(オクタプルクラフト)でできるようになる魔法があるとして、俺はどうするだろうか。絶対にしないだろう。俺と魔王エリアは世界平和という夢は一致しているが、根本的な部分で考え方が違うのだった。

「なにより、これで古代遺物には引っかからないであろう?」

 それは間違いない。馬鹿げた最大魔力量を見せなければ、測定時に怪しまれることはない。

「だが、容姿の問題は解決していないだろ? その真っ赤な瞳と尖った耳はどうするつもりだ?」

「それも準備しておる。白狐族に伝わる秘伝の魔法術式を教えてもらったからの」

 俺は首を傾げた。

 白狐族。魔界の僻地に村があるという、実情がほとんど明らかになっていない種族だ。なんでも六年前の内乱に巻き込まれてから、争いごとに辟易したのか、村ごと忽然と姿を消したという。今では彼らの居場所を知っている者はいないらしい。

 が、全ての民を統べる魔王は例外で交流があったらしい。

「では試してみようかの、ほれ」

 そう言うと、エリアの瞳の色が変わった。真紅から深い藍色へと。尖った耳も形を変えて、人族と変わらない丸い耳になる。

「……驚いた」

「人族に似せる魔法。じゃが、常時展開できるほど魔力効率はよくないからの、人前で行動する時だけにしようかと」

 魔王エリアは丸くなった自身の耳を軽く摘まみながら言った。

 まじまじとその顔を眺めても、人族と区別できない。恐るべき完成度である。

 白狐族は珍しい魔法を知っているとして有名だ。若返りだとか錬金だとか天気操作だとか。ただ、それらは彼らの実態が不明瞭だから流れる尾ひれの付いた根も葉もない噂なのだろう。しかし、人族に似せる魔法のような俺も知らないような魔法はあるようだ。

 それにしてもこんな魔法があるなら、人界に白狐族が紛れているかもしれない。とは思ったが、そんな事件は聞いたことがないし、彼らの中で魔王エリアのような例外がない限り門外不出の魔法なのだろう。

 ぼふっ、と間延びた音が響き、次の瞬間にはエリアが元の容姿に戻っていた。言葉通りに長続きしないようだ。それでも関所を越える時などの一瞬だけなら、正体を欺くことも可能だろう。

 まあ、どちらにせよこれで冒険者登録証を作る時の懸念となる事項は全てなくなった。

 俺がそう現実的なことを考えている一方で、エリアは何ともなしに言った。

「ときに、エイジよ。あそこに置いてある荷物を預かってくれぬか。収納魔法の容量が少なくなってのう」

 そうなることを見越して、先に中身を取り出して並べていたということか。

 けれども、俺の魔力量と比例して収納魔法の容量もそこまで広くないから、全てそのまま持ち歩くしかないだろう。もう一度ギルドへ行く前に、宿屋へ荷物を置きに戻る必要があった。

 俺はあてつけのように溜息を付いたのだった。


    ◆◆◆◆


 その爆発は、森を震撼させた。木々の間を風が吹き抜け、衝撃が梢を揺らす。

 まるで幾重に連なるリボンのように、小鳥たちは一斉に空へ飛び立つ。動物も魔物もその衝撃に怯え、爆心地から離れ始めた。まるで、得体の知れないものから逃げるように。

 一見は何の変哲もないように見えるその森は、しかし、どんな生物でさえ消え去り、閑散としている。先ほどの爆発が嘘のようにも思える、完全に静まり返ってしまった深い森。

 だが、その静かなる森に珍しい魔物がふらりと現れた。

 ――グアアアアァァァァァッッ!!

 そんな声を上げるのは、針熊ニードルベアと人界で呼ばれる魔物だ。

 金属製の針のような体毛と強靭な肉体を持っているが、食物連鎖ピラミッドの頂点に位置するが、あまり好戦的ではない魔物であった。

 冬眠を始めかけていた時に爆発で目が覚めたニードルベアは、その爆心地を覗きに来たのだ。ただの興味本位な行為。それが最悪とも言われる結果を生み出すとも知らずに。

 ――グアッッ!?

 驚愕の悲鳴が響いたのは、その身体に濃縮された魔力が流れたからだった。ニードルベアは知る由もないが、とある魔王が開放した大量の魔力は霧散せず残り続けていた。そこにニードルベアが現れたせいで、その魔力が全て体内に流れ込んだのだ。

 拒否反応を起こしたように、もがき苦しむニードルベア。内側から破裂するような勢いで身体が膨張し、何度もその肺から血が吐き出される。だが、その強靭な肉体のおかげか、死にはしなかった。魔王の魔力が高速で新陳代謝を促し、身体が比べ物にならないほどに巨体となる。体内に大量の魔力を蓄積した、ニードルベアが生まれたのだった。


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