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リメイク中作品  作者: 沿海
3章 憎しみは真理にあらず
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53 指導員オリバー・アルベルト6019

 アルベルト騎士団コズネス支部は支部というが、魔界との距離が近いこともあって、ヴァルナにある本部よりも施設が充実しているらしい。そして、大規模円形闘技場アリーナはその一例である。

 アリーナは直径二百メルもありそうなほど広大な敷地で、普段は騎士団の隊員が鍛錬に使うという。その様子を見たことはないが、ここに数十人もの隊員が並んで素振りするところを想像すると、さぞかし圧巻だろうと思った。

 俺はオリバーの背中を追い、通路からアリーナの舞台に入る。急に光が強くなったので、俺は目を細めた。

 光の向こうに、俺は灰髪の少年の幻影を見た。

 まだ若く、鋭い目付きの少年。背筋はまっすぐに伸び、握った剣の柄に一片の迷いもない。肩に掛かる白いマントが、陽光を受けて薄く透けていた。

 しかし、それはただの幻影で、俺が一歩アリーナの中へ踏み出すと途端に姿はぼやけて消える。四年前、俺はこの場所で勇者に任命された。享受していた平和を奪った魔族に憎悪し、復讐を決意して仲間と共に魔界へ旅立った。しかし、魔族にも普通の生活があることを知り、エリアに説得され、争うこと以外の方法で世界平和を目指すと決めた。そして女神から勇者の資格を奪われ、そしてここに至る。

 四年。あれから四年の歳月が経った。

 勇者でも、何者でもない俺として、いま再びこの地を踏む。

 それはまるで、あの日の選択をもう一度、自分自身に問い直すためのようだった。

「じゃあ、早速始めようか」

 円形闘技場の中心まで移動したオリバーが振り返りながら言った。

 気負いのない言葉に、俺は咄嗟に待ったを掛ける。

「ちょっと待ってくれ。残念だが、俺は武器を持っていない」

 アダマント製の宵闇の剣は、振ることさえできないからと工房の二階に置いてきた。勇者の剣の残骸と炭素鋼で新しくイザラが造った白百合の剣は、俺が情けなくも受け取り拒否してしまった。元々は収納魔法内に予備の剣が数本は入っていたのだが、加護返還によ魔力量減少で収納魔法の容量が溢れて、どこかに消滅してしまったようだ。消えてしまった剣や他の道具がどこに消えたのか、俺は当然でエリアにも心当たりはなかった。

 結果、俺はまともな武器を一つも持っていなかったのだが、オリバーは首を振る。

「心配ない。どちらか選んで」

 俺とオリバーの間に、二本の剣が現れてころりと地面に転がる。どうやら事前に用意していた剣を収納魔法から取り出したみたいだ。

 用意周到なものだなと思いながら、その片方に手を伸ばし、持ち上げる。

 瞬間、身体中の筋肉が悲鳴を上げた。

「――重っ!」

 予想外の重さに、つんのめる。

 思わず取り落としてしまうと、オリバーはやれやれと肩を竦める。

「そりゃ重いだろうね。その剣は君の剣を模倣して、アダマントを使って造られたものだからさ。ほら、身に覚えあるでしょ?」

 ああ、と俺は思い出す。今となっては数週間前のことだ。商人ベゼルが俺に接触してきた時、俺は彼へこの剣の素材と製作者を明かした。イザラはそのおかげか、俺とエリアがコズネス攻防戦のごたごたで工房を離れている間、彼は誰かに依頼された武器をずっと製作していたと言っていた。その依頼者は驚くべきことに実はオリバーで、こうして俺の前へ巡ってきたわけだ。

 俺は足を踏ん張って持ち上げてると、黒い刀身を鞘の中から引き出す。確かに、剣の特徴からイザラが製作したとわかる。

 それにしても重すぎる。俺が使っていた宵闇の剣よりも重いのではないだろうか。いや、俺の筋力が低下したせいでそう感じているだけで、実際は同じ重さか、逆に軽いのかもしれない。アダマントは流通量が極端に少ない伝説の金属だ。いくらアルベルト騎士団の総長だとしても、混ぜものなしの純アダマント製の剣を二本も用意できるはずはなかった。

 そんな俺の様子を見ていたオリバーは、もう片方の剣を持ち上げ鞘から抜くと呟いた。

「やっぱり重いね。――さあ、エイジ君。構えて」

 俺が戸惑っていると、オリバーは剣尖をこちらへ向けた。

 なるほど、これで打ち合いするのか。

 俺も剣を構えて、オリバーと対峙する。

 もちろん、今までのように剣を構えることはできない。工房の庭でいつものように素振りをして、地面に頭から転がったのは苦い記憶だ。だから、右手で柄をしっかりと握り、落とさないように左手で補助的に支えた。

 対してオリバーはアダマント製の剣を右手だけで握ると、いつかのように俺をぴんと指し示すように構える。軽々とした動作だが、彼がいつも装備しているミスリル製の細剣と比べればやはり重いのだろう、握る右手が耐え切れないようにぷるぷると震えていた。

「僕が君に教えるのは二つ。まずは――」

 言いながら、オリバーは身体を倒すように踏み込むと、俺へと向かって剣を横に薙いだ。

 瞬きをするよりも速く、その剣尖が肉迫する。

急に攻撃してくるなんて考えてなかった。避けられない。そう判断し、俺は剣を僅かに後方へ倒し、オリバーが振るう剣の軌道を逸らす。

 火花が散る。

 鋭い衝撃に両手が痺れた。だが、初撃を逸らすのに成功した俺は、その衝撃のままに後ろへ跳躍した。

  ふらつきながらも着地すると、俺は剣を持ってオリバーへ斬りかかる。

 しかし、やはり、あの時と同じように剣が重すぎることで姿勢を崩してしまい、地面に倒れてしまう。

 無様に転がった俺を見下しながら、オリバーは尋ねた。

「どう?」

 悔しさを胸に秘めながら俺は聞き返す。

「……どうって、何が?」

「エイジ君、君なら僕が見せたようにこの剣を振り抜くことができる?」

「っ!」

 衝撃が走る。

 感覚で理解する。

 おかしい、おかしいのだ。

 俺はあのアダマントの剣を、両手でさえまともにさえ振れなかったのだ。なのに、このオリバーは片手で振るうことができた。

 いったい、何が違う。

 筋肉の違いか。とは思ったが、俺とオリバーの体格はあまり変わらないように感じる。服の下は想像でしかわからないが、流石にオリバーとかファイドルのような極端に筋肉質な身体ではないだろう。それに俺だって勇者として鍛えてきた。そんなに違いがあるものだろうか。それとも、まさか、そもそもオリバーが持つ剣は俺のものと異なり、アダマント製ではないのだろうか。だから、簡単に振ることができた。いや、それは穿った考えだ。彼は二本の剣を収納魔法から取り出しただけで、どちらを持てなんて指示していない。俺がどちらを選ぶなんてわからない。どちらも同じ剣なのだろう。ならば。

「振り方さ、振り方。君の振り方は、例えるなら勇者の振り方なのさ」

「はあ?」

 立ち上がりながら疑問の声を出すと、オリバーは説明する。

「君が剣を振る時、いつも手首を撓らせるように無意識で動かしてしまっている。確かにそれは、上級者が威力を上げるために使う技術の一つだね。感覚的に理解して、加護に頼っていたんだろうさ。でも、重い剣を振る時になると、あれはバランスを崩すだけで何の利点もない。その剣を扱うなら、腕全体を固定して、軌道をぶらさずに振るよう意識した方がいい。それと、君の動きには根本的なズレがある。君は『剣を振る時は剛の動きで、当てるときは柔の動き』になっている。でも、それじゃうまくいかない。正しいのは逆なんだ――『振る時は柔、当てるときは剛』。柔らかく振って、最後に重みを乗せて当てる。そうすれば、重い剣でも姿勢を崩さず、力を効率よく伝えられる。足捌きも同じだ。体重移動が一拍遅れてる。ほんの少し早く踏み出せば、剣の流れが体に沿って安定するはずだよ」

「な、なるほど」

「君は、強力な加護に頼りすぎた。その力に身を預けていれば、多少の無理も通っただろう。けれど今は違う。戦い方を、身体の使い方を、そして自分自身を見直す必要がある。大切なのは、状況に合わせて自分を変えていくことだよ。過去のやり方に囚われることはない。むしろそれを捨てて、今の自分に合った戦い方を一から作る方が、ずっと強くなれる」

 俺ははっとした。確かにそうだ。俺が加護を与えられたのは、師匠オリバーの元で剣を学び始めてからあまり時間が経っていない頃のことだった。つまり、俺は常に加護がある状態で全ての技術を学んできたからこそ、加護がある状態を当然だと認識していたのだ。それに合わせた戦闘法が確立されているいま、加護を失った俺のバランスが崩れるのは当然だった。根本的に俺は間違っていた。思い返せば、加護を持たなかった師匠オリバーと言葉がいつも噛み合わなかった。

 常識が覆される。

 認識の甘さを自覚する。

 これまでの戦い方にどれほど無意識に縋っていたか、まざまざと思い知らされた。地面に手をついたままの姿勢で、指先が小さく震えていた。それは疲労からというよりも、認識の転換からくる戸惑いと緊張のせいだ。けれど、不思議と苦しくはなかった。

 俺は立ち上がり、剣を構える。未だ身体はぎこちないが、確かに、少しだけ視界が晴れていた。

何か答える代わりに、剣を振るう。

 指摘されたことを意識して実行する。剣と身体を一体化させたような動作で、前方への体重移動を行い、腕全体を固定したまま、右後方から剣を振り抜く。少しバランスは崩れてしまったものの、今度は転ばずに最後まで動作を完了できた。

 振り方を僅かに変えるだけで、ここまで結果に差が出るとは。驚きと共に、体の奥から確かな感触が湧き上がってくる。目に見えて変わるものではない。だが、自分の動きが「意味を持った」とはっきり分かるのだ。

 オリバーが静かに頷く。

「……いいじゃないか、今の。まだ拙いけれど、理屈を身体が受け入れ始めている。想像通り、君は感覚的なセンスが卓越しているようだ。なら、次に進もう。――何か得意な剣技を使ってみて」

 オリバーの指示通りに、俺は剣を右肩に乗せて、集中する。

 まだ何か助言してくれるのだろう。オリバーなら俺に新たな道を的確に教えてくれると信じれるから、安心して剣技を発動できる。

 剣が赤色に発光し、ふわふわと燐光が漂う。

 古代流派剣術オルドモデル、紅弦。

 もちろん、勇者の加護を失ったのだから、スターダスト・シリーズは使えない。だから、最も慣れ親しんだ紅弦を発動する。これは俺が人生で初めて習得した剣技で、慣れ親しんだものだ。とはいえ、工房の庭で同じように使い慣れていたはずの旋緋を発動した際は無様に失敗したのだから、注意が必要だ。

 助言された内容も、もちろん取り入れる。

 剣技の発動をぎりぎりまで遅らせて、右足を先に踏み出す。そして、腕全体を固定するように振る。

 剣が瞬時に加速し、ごうっと唸りながら風を斬る。

「くっ!?」

 だが、またもや俺は無様に転がった。

 呆然としていると、オリバーの影が近付く。

「それだよ。先ほど助言した動きは、剣技を発動するための基礎としては正しかった。でも、それだけでは足りなかった。理由は簡単。君が剣を振った瞬間に発生する慣性の力が、剣技の制御範囲を超えてしまっているからだよ。もっと具体的に考えようか。重い剣を振る時には、剣の質量に応じて強い慣性が発生する。つまり、一度振り出したら、その流れに従って剣はどんどん進もうとする。通常の剣技なら、その力を内部で調整して、軌道を少し修正できる。でも、いま君が使っているようなアダマントの剣だと、慣性が強すぎて、技そのものでは修正が効かないんだ」

 身体中に付着してしまった汚れを落としながら、立ち上がる。

 思い当たる節はあった。

 旋緋だとわかりやすい。あれは右腰後方へ剣を構えて、一気に左上方へ振り抜く剣技だ。

 あれだと剣の軌道は左。しかし、剣が慣性によって進もうと引っ張られるのは前方。その慣性と、剣技の軌道がぶつかることで、俺の身体が捻じれバランスを崩してしまう。普通の剣を振るうなら、そこは剣技により発生する引力により微修正できるが、重い剣ともなるとその補正力の限界を越えて不可能なのだろう。

「……つまり、重い剣では、剣技がうまく発動できないってことか。軌道と、慣性の向きがズレてるから」

 俺が感覚的な理解が難しい理屈を噛み締めながらそう言うと、オリバーは満足げに大きく頷いた。

「うん、それだよ。理解が早いね。剣を振った時に、剣そのものが進みたがる方向――つまり慣性の流れと、技の動かそうとする方向が違っていれば、当然動きは乱れる。身体は無理に引きずられて、結果としてバランスを崩す。シンプルな理屈だ」

 そして、彼は指を一本立てて続けた。

「でも、逆に考えればいい。慣性の向きと技の軌道が同じであれば、力は素直に伝わる。剣が自然に流れていく動きの中に技を重ねる。そうすれば、重い剣でも無理なく使えるってわけさ」

「――突き技か!」

 思わず声が出た。

 突きなら、剣の慣性はまっすぐ前。技の軌道もまっすぐ前。ぶつかり合う要素がない。つまり、最も効率的に力を伝えられる剣技ってわけだ。

 その瞬間、オリバーは嬉しそうに目を細めて、にこりと笑った。

「その通り。それで、エイジ君はどんな突き技を習得しているの?」

古代流派剣術オルドモデルの赤釘、だけだな……。仕方ないだろ? スターダスト・スパイクがあったから、刺突系統の剣技は覚える必要がなかったんだ」

 言い訳するように答えると、オリバーは何かを考えているのか言葉に詰まった。

「……んー、まあそれでいいか。試しにやってくれない?」

 言われるまでもなく、俺は剣を地面と平行にして、頭の横に構えた。

 直後、燃え盛る炎に剣が染まる。

 そして、すぐさま突き出した。

 すっと虚空で静かに閃くと、剣が元の黒色に戻った。

 勇者専用剣技スターダスト・スパイクに比べると射程も威力も発動速度も劣るが、赤釘は他の剣技にはない唯一無二の特徴がある。剣尖が何かに接触した瞬間に発する衝撃波。全方位に広がるそれは、掠るだけでも致命傷となりうるものだ。非人道的な技であるが、魔物を相手にする冒険者たちはこぞってこれを使っていた。

 残念ながら、今は何かを狙って発動したわけではなかったので、衝撃波は発生しなかった。それでも、とにかく俺にとっては感慨深い。思わず、涙が出そうだった。

「……突き技なら発動できるなんて」

 声が震える。

 もう剣技を俺は諦めていたのだ。はっきりさせると、工房の庭で俺の心は折れていた。宵闇の剣では戦えないと考えていた。だが、まだ戦える。オリバーが教えてくれた技術は、その希望を呼び起こすのに丁度よかった。感謝しかない。

 しかし、オリバーは何かが不満なのか首を振ったのだった。


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