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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
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4 平和の村へ4704

 人界大陸と魔界大陸が融合したその中心に、フロゥグディと呼ばれる村がある。

 そこは、人界と魔界をわける境界線である川が村を横断するように通っていて、地理的に見れば戦争に巻き込まれやすそうな、最も危険な村に見える。

 もちろんだが、大地融合以前はだだっ広い海が果てまで続いていたが、両側から二つの大陸が押し合って、大地が盛り上がり、小高い丘を形成するにいたった。そして、新たな土地に新たな住民が誕生するのは、当然の結末だろう。

 最初は野営テントが並ぶだけだったらしい村は徐々に規模を広げ、最近は異種族の緩衝地とも呼ばれるまでに発展している。その名前の由来はとても簡単で、本来は敵対するはずの人族と魔族が平和に共生しているからだ。

 戦争に出陣したが嫌気が差した兵士が落ち延びてきたり、戦争に巻き込まれたり未然に防ぐため避難してきたり、行き場を失った者たちが協力して村を形成したのだ。

 現在は人族と魔族の間に『フロゥグディは攻め入るな』という暗黙の了解が生まれているが、いかんせん、争いごとは絶えないし、魔物が襲ってきても助けを両陣営へ求めることができないため、村なのに立派な城壁がある。

「は?」

 俺が啞然としたのは当然のことだろう。

 眩い光に瞳を閉じ、そして眼を開けた時には、そこは荘厳な空気が漂う教会でも何でもなく、遠くにフロゥグディの村が見える、草原のまっただなかだったのだから。

「……何が、いったい何が起こったんだ?」

「転移魔法じゃの」

 啞然とした俺の呟きに応えたのは、俺の隣に立つ少女だった。

 転移魔法、と回らない頭で復唱する。仲間に魔術師がいるため、魔法について多少の知識がある俺には、聞き覚えのある魔法だ。

 僅か一瞬で莫大な距離を移動する魔法。

 ただの伝説だと考えていたが、この現実に直面すれば、考えも変えざるを得ない。俺たちがいた村からここフロゥグディまで約二万キロル、休まずに歩き続けても二年ほどは掛かるだろう、そんな距離だ。

 とはいっても、俺が転移魔法がただの伝説だと思っていたのにも理由がある。

 この魔法は、過去の文献にしか存在しない。つまり、古の大戦で失われた古の魔法という、真偽があやふやな存在だからだ。

 いや、でも、魔王を騙る少女が転移魔法の使い手ならば、教皇の元へ直接でも転移し、戦争の停止でも提案すればいいのではないか。そして、俺が手出しもできないほどに速いのだから、簡単にどこでも制圧できそうなのに、どうして――

「そこまで考えなくてもよい。転移魔法を封じ込めた遺物があるだけじゃ。そんな古の遺物は人界でも珍しくはなかろ?」

 種明かしするように言う少女の手には、小さな魔石が握られていた。よくよく目を凝らして見ると、内部に大量の文字みたいなものが浮いている。魔法陣、ではなさそうだ。つまり、これが封じ込められている転移魔法の術式ということか。

「……なるほどな、遺物の能力か。じゃあ、何度でも使えるわけではないんだな?」

「うむ、あと一回でも使用すれば砕けるじゃろ。それに距離も制限されておる」

「それをいま、このフロゥグディまで転移しるために使ったのは?」

「人界のことを深くは知らぬまま旅なんてできぬし、ここは魔族がそれなりにおるからの。妾が紛れ込むには最適じゃろうて」

「……先に説明ぐらいしてくれよ。俺には仲間もいるのに」

「この遺物は三人までしか同時に転移できぬ。そなたの仲間はあと三人おるじゃろ? 誰を連れるかぐずぐず考えられるよりは、こっちの方が手っ取り早い」

「…………」

 仲間との距離は約二万キロル。ここを転移魔法なしに移動するには、流石に時間が掛かりすぎる。

 まあ、彼らは俺と同じく旅に慣れているため、移動速度はかなりのものだろうが、それでも合流までに数ヶ月は要するだろう。

 ……いや、俺は彼らに何も伝えていない。だから、彼らが俺の居場所を知っているはずもない。同時に、広い魔界から彼らを俺が見つけ出すのも不可能だ。

 ――つまり、もう仲間と会えることはないかもしれない。

 その事実に直面したというのに、俺の心は不思議と穏やかだった。旅は偶然に満ちていて、また再開することもあるだろう。どうせ、彼らは俺と同等かそれ以上の能力があるから、俺がいなくとも魔界で行動できるだろうし。

 しかも、少女はそこまで考えていたのだろう。俺が急に失踪すれば、仲間は俺の捜索に余儀なくされるし、破壊行為を続けることができない。つまり少女は俺だけを切り離すことで、勇者パーティーの動きを封じたのだ。だから、彼らが勝手な行動をするかもしれないと心配する必要はない。

 もちろん、まだ少女のことは完全に信用できていないが、しばらくは、新たな旅を楽しむとしよう。俺がこれまで行った罪を忘れたわけではないが、少しぐらいの寄り道は許されるだろうし、それで本当に平和が訪れれば、彼らへの贖罪にもなるだろう。

 俺は小さく頷くと、その少女に向かい合った。

「取り敢えず、詳しいことは明日にしよう。ここはもう夜らしいからな。……えっと、まだ名乗っていなかったな。俺はエイジ、七代目勇者エイジだ。よろしく」

 俺がそう言うと、少女は月明かりの中、妖艶に笑いながら、その名を告げた。

「妾はエリア、十二代目『霹靂の魔王』エリアだ。宜しくのう、エイジよ」

 俺には平和の実現なんて不可能だった。でも、この少女ならあるいは、そう思わざるを得ない。

 新たな時代の香りを感じていると、少女は静かに言った。

「とりもあえず、今夜の宿を探したいのだが。野宿の準備なぞ、妾はしておらぬからの」


    ◆◆◆◆


 俺の朝は早い。

 前の勇者はどうだったかは知らないが、俺はだいたい日の出と共に起床すると、仲間たちが起きてくるまで剣の素振りをするのが日課だからだ。例え、野宿だろうと町宿だろうと、その日課は忘れたことがなく、日が登る頃に眼が覚めるほどだ。

 しかし、そんな俺が安い宿の一室で起きると、既にエリアはがさごそと何かしていた。

 やはり、成り行きにより同じ部屋で寝ることになったが、俺の寝首を掻くような真似はしなかったようだ。まだそこまで会話を交わした仲ではないけれど、このエリアという少女は、少なくとも旅を共にする程度には信頼できる。

 同じ食卓に着く、といった慣用句が人界にはある。

 それは、少なからず相手を信頼するといった言葉だ。それなら、同じ部屋で寝ることになったエリアは、より信頼できる相手なのだろう。

 だが、とはいっても、がさごそと何かしているのは気になった。

「何してるんだ?」

 俺がその肩越しから覗き込むと、床に色々なものが所狭しと広げられていた。着替えによくわからない書物に、そして野菜や果物は数日間の食糧だろうか。

「いやの、勇者の目撃情報が届いてすぐさま飛び出したわけじゃから、荷物の整理ができてなくて」

 魔王エリアはそう言いながら、虚空から荷物を取り出していく。何もない場所から食器やらが出てくるのは、ただの収納魔法だろう。俺も使うが、さすが魔王といったところだ。容量が比べ物にもならない。しかも、これは旅に必要なものを予め用意していたのだろう。なんとも用意周到なものだと思った。

 俺が感心していると、エリアは何かを見付けたようだ。

「あったあった。これを見てみよ」

 大きな巻子本が広げられた。そこには多くの地名が緻密に描かれており、一番中心にはフロゥグディの名もあった。つまりは、これは人界と魔界の地図なのだ。

「これは……」

「妾たちがおるこのフロゥグディから、赤い線が引かれておるじゃろ? これがこの旅の経路ということ」

「必要なのか?」

「もちろん。最終目的地は教皇がいる場所。だけれども、直接訪れれば騒動に発展しかねん。そこで、妾は人界の各地で協力を取り付けながら、教皇の元へ向かう計画にした。それなら、流石に教皇でも無下にはせんじゃろ?」

「なるほど?」

「とはいっても、妾は人界には初めて訪れるゆえ、そこまで上手く行くのかわからぬ。途中で計画を柔軟に変更しなくてはならぬな。じゃが、平和を望むだけでは実現せぬ、自分で動くのが大切であると妾は父から学んだ」

 ああ、これが民を統べる王というものか。

 ただ剣を振るだけしか能がなかった俺とは違い、エリアの平和を目指したいという言葉は、とても重みがあった。ここまで用意周到に外堀を埋め、本来ならば敵である俺さえも仲間にしてみせた。

 こんな芸当は、俺にはできない。ずっと復讐だけを糧に生きてきた俺は、そんな平和に至る手段なんて考えもしなかった。

 やはり、勇者と魔王では生きてきた世界が違うのだ。

「それで、今日はどうするんだ? 予定とか決めているのか?」

 俺が尋ねると、魔王エリアはふるふると首を振った。

「何も決めておらぬ。そもそもこのように滞りなく万事が進むとは思ってなかったからの。想定ではそなたを一晩中相手にして、ゆっくり平和について説いていくつもりじゃった。だが、奇妙なほどそなたは物分かりが良かったからの。あれじゃ、旅は風任せというやつであろう」

 溜息が出そうだった。

 準備は用意周到だが、計画は杜撰なようだ。

 まあ、確かに、あんな短い説得交渉だけで味方になるなんて、自分自身でも考えられない。

「なら、行くぞ。準備はいいか? ……いや、寝間着だな。俺は外に出ているから、着替えてこい」

 エリアは紫色でもこもことした寝間着を纏っていた。

 俺が昨夜に寝ようとした時は、魔王らしい漆黒のローブだったのだが、いつ寝間着になったのだろうか。とりもあえず、そのもこもこ衣装は年相応で似合っているが、そんな姿で外を歩くわけにはいかない。

 そして、そんな姿で外を歩くわけにいかないのは、俺も同じだった。

 俺は収納魔法から黒いポンチョのようなローブを取り出して羽織ると、外へ出るために扉を開けた。が、すぐに呼び止められる。

「ところで、エイジよ。昨夜はローブなど着ておらぬかっただろう?」

「ああ、これか」

 俺は自分の身体を見下ろした。

「勇者の服は真っ白だろ。外だと目立ってしまうんだ。替えの装備はないから、買いに行かないとな」

 そうやって俺が何の気もないように言うと、魔王を名乗るエリアは察したようだ。

 俺は、ここで目立ってはいけない。

 なぜなら勇者だから。

 勇者の責務は魔王を倒すことであり、魔族を殺すことだ。そして、ここフロゥグディの住民の半数は魔族である。そんなところで俺が勇者だと露見したら、どんなことが起こるのか想像に難くない。

 勇者は真っ白な服で片手剣使い、そんな情報は人界でも魔界でも巷に溢れている。だから、そのままの姿で出歩けば、露見するのも時間の問題だろう。

「といっても、このローブは裾が長いからな。前をボタンで閉じれば、ほら。下に白い装備を着ているなんてわからないだろ? 対して、お前は――」

「エリア、じゃ」

 思いもしなかった指摘に咳払いを。

「――ごほん。対して、エリアは昨日のような如何にも魔王ですみたいな服装以外ならば、何でもいいと思うぞ。おま……エリアに会うまで、魔王がここまで子供なんて俺は知らなかったぐらいだからな。まあ、どちらにせよ装備の見直しはまだしなくてもいいだろう。今日は行くべきところに行くとしようか」

 そんな言葉とは裏腹に、俺は早いうちに新たな装備を買おうと心に決めたのだった。


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