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リメイク中作品  作者: 沿海
2章 汝は何を望み、誰が為に戦う165745
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28 アルベルト騎士団総長という男6899

「ようこそ、ここアルベルト騎士団コズネス支部に来てくれたね。まあここは僕の部屋じゃないけれど、君たちを歓迎するよ」

 歓迎する、と言いながらも、精悍な顔立ちと綺麗な金髪を持つ青年は、値踏みするように両目を細めた。

 俺は今まで多くの強者と戦ってきた。最近では、増強魔法を使うニードルベア、上級魔物である炎龍(イグニスドラゴン)、魔法陣と剣技の達人クルーガ。それらの強者は総じて対峙する者に一種の威圧感を与えるものだが、眼前の青年が放つものは、今までとは異なる威圧感だ。例えるなら、ぞくぞくと得体の知れない不快感、とでもしようか。

 明らかに俺よりも弱い。加護を持っていないし、魔族ですらない。なのに、その威圧感は凄まじく重い。例えるなら、初めて会った時のエリアみたいだ。心の奥底さえ見通しているのではないかと錯覚してしまう。

 だが、俺は何食わぬ顔で青年の言葉を待つ。

 その威圧に圧倒されるような子供では既にないのだ。

「さて、色々と話を聞く前に、それぞれ自己紹介しようか。そちらのローブを被ったお嬢さんもね?」

 青年が言った。

 なるほど。水面下の駆け引きやら全て抜きにして、最初に一番の要件を切り出してきたのか。あまり学がない俺としてはありがたい。

 この部屋にいるのは三人。俺とエリアと、金髪の青年だけ。彼は護衛を付けていないし、気配から推測すると、扉の外に護衛が控えていることもないようだ。しかも、俺は剣の預かりを命じられていないし、明らかに怪しいエリアは縛られてすらいない。最高位に位置する人物であるはずなのに、いささか無防備なように思える。まさか、俺たちが敵対しても切り抜けられる自信があるのだろうか。

 その笑顔の裏に隠された真意が見えない。

 俺の考えとは裏腹に、青年はいかにも無害ですと言わんばかりのけろっとした顔で名乗る。

「僕はアルベルト騎士団三代目総長オリバー・アルベルト。改めてよろしく。まあ、僕に自己紹介なんて必要ないだろうけど一応ね」

「それだったら、俺はもっと不必要だろ。お前が俺を勇者に任命したんだし。七代目勇者エイジ、今は冒険者エイルって名乗ってる」

「あれっ、僕に震えながら畏まっていたあの日の少年が、いつの間にか、僕をお前呼びするほど成長しているよ。時間の流れは本当に早いね。そっか、もう四年か」

 冗談交じりの彼は笑っているように見えて、笑っていない。そして、その氷のように冷たい視線が、次にエリアへ向けられる。

 エリアは一枚の面をしていた。

 狐を象った面だ。尖った耳が特徴で、白地に赤い線で細目や鼻が表現されている。なんでも魔界で白狐族という種族が宗教的な儀式に使うらしく、エリアの顔を隠す目的で商人ベゼルから貰ったものだ。これとローブがあれば魔族の特徴となる紅玉の瞳と尖った耳が外見上はわからないため、怪しまれるにしても外を出歩くことができる。

 しかし、その狐の面とローブが、いまはまるで機能していない。全て見通しているかのような目で、オリバーは言葉を連ねる。

「さて、最後にお嬢さんだ。他には誰もいないんだから、ローブを外して自己紹介してくれるかな?」

 そのための人払いか。自分一人であるのを強調し、本当の姿を見せやすくさせる。総長になるだけあるな。だが、予想の範疇だ。

 事前に打ち合わせしていたように、エリアはゆっくりと狐の面を外す。

 初めて魔族特有の赤い瞳と尖った耳が露になる。オリバーは何も言わない。検討していた、のではなく、俺たちを監視していた誰かから報告されていたのだろう。

 だが、この後の台詞までは、どれほど慧眼だったとしても検討していないだろう。

「初めまして、じゃな。人界で最高位にある者よ。妾は父親に十一代目氷結の魔王を持つ、十二代目霹靂の魔王エリアである。お見知りおきを」

 エリアが一礼する。

 オリバーは何も言わない。というより、何も言えないのだ。先ほどまでの威圧感が嘘のように消えて、意味が理解できないといった困惑の色が端正な顔に現れている。

 空気が凍ったような一瞬。そして、僅かに震えた声でオリバーは俺に確認する。

「……本当に?」

「ああ。お前に嘘言えば不敬罪だろ。エリアは正真正銘の魔王だ。俺だって最初は信じられなかったんだが、実際そうなんだから仕方ないだろ?」

 オリバーは瞳を閉じて、反芻するように何度も小さく頷く。

 ここで彼がどのような反応するかが分水嶺である。友好的な反応ならばいい。しかし、もしもエリアを捕縛しようとでもなら、俺はすぐさま剣を抜く。

 しかし、直後に彼が発した言葉は、最も想像していなかったものだった。

「本当か! エイジ君が証明するのなら本当なんだろうね!」

「……は?」

 先ほどまでの冷徹な目線はどこへ行った。オリバーは子供のようにその瞳をきらきらさせている。

「君があの霹靂の魔王エリアか。話は聞いているよ。なんでも、先代魔王暗殺が波及して発生した各地のいざこざを、見事な手腕で即位早々たちどころに収めたらしいじゃないか。しかも、僅か当時は九歳だった少女が。その後も民を思いやる治世で、噂だけでもとても真似できない才覚が感じていた。一度会ってみたかったんだよ」

「……うぬ?」

 エリアにも流石に予想外な反応だったらしく、非常に困惑している。

 オリバーが身を乗り出すように、右手を突き出した。握手だろうか。エリアが握り返すと、重なった手をオリバーは大袈裟にぶんぶんと振る。

「いやあ、素晴らしい。噂通りだよ。瞳に宿る知性、溢れる品格の高さ、それでいて整った美貌と誰もが認める美しさ。統治者として完璧だ!」

「う、うぬ。ありがとな?」

 急に始まる称賛の嵐に、エリアは頓狂とした顔で礼を述べる。

 オリバーの無邪気な顔に、演技臭さは感じない。たぶん、これが本当の姿なのだろう。アルベルト騎士団三代目総長という厳格なイメージがあるせいで、俺としても目を疑ってしまう。しかし、ここへ何をしに来たのか。話を進めなければ。少なくとも、問答無用で斬りかかってくることはなさそうだ。安心した。

「あー、話を進めてもいいか? どうして本来ならば敵である魔王と、俺が共に行動しているかを。俺とエリアが出会ったのは、二週間前のある村だった。当時の俺は魔族を殺すことに疑問があった時期で――」

 長い話を始める。オリバーは言葉を挟まず、興味深そうに頷きながら聞き役に徹していた。

 この二週間、何があったのか。俺がどうしてエリアの交渉に屈し、共に世界平和を目指すことになったか。フロゥグディの村での一件、魔物使いクルーガの話。炎龍(イグニスドラゴン)がなぜ現れたのか、そして犯人だったクルーガの最期。要点と要点を繋げ纏めて話す。

 一連の流れを説明し終え、俺が言葉を切ると、オリバーは笑った。

「やはり、やはりだ! 君は何かを成し遂げそうだと思っていたが、まさか魔王と協力体制になるとはね。流石エイジ君だよ、僕の目に狂いはなかった!」

「そ、そうか」

「本当に素晴らしい。先代魔王のクラディオ殿が暗殺されて希望の芽は潰えたと思っていたが、彼の意志を継ぐ者が僕の前に現れるとはね……」

「わっ、妾の父親を知っておるのか!?」

 目を見開いたエリアがテーブルに乗り出すとまではいかないが、オリバーに詰め寄る。

「もちろん。といっても、実際に会うことはなかったけどね。十年ほど前のことかな。彼から使者が派遣されてきて、共に世界平和を目指さないかという話があったんだ。しかし、整世教会の手前だと難しく交渉が難航している間に、クラディオ殿が暗殺されてしまった。僕に夢を見せてくれた彼の娘が、同じ志で僕の前に立つ。縁というものは、まったく、本当に面白いよ」

「なるほどの」

 エリアは、父親と同じことを考えていたと知ったためか、なんだか嬉しそうな顔で頷く。だが、彼女が納得しても、俺には不可解なことがあった。

「質問いいか? つまり、オリバーは十年前から戦争に対して懐疑的だったわけだろ。なのに、俺という……復讐鬼を育て上げ、魔族を殺すための勇者に任命した。行動が矛盾していないか?」

「そうだね。簡単に説明すると、僕たちが君を育てたのも任命したのも、教会の代理で行ったことだ。当時は教会から疑いの目を向けられていたから、素直に指示を実行していなければ、不都合なことがあったんだ。それに、君に戦い方を教えたけれど、魔族に対する憎しみを強めるようなことはなかったはずだ。だから、君は次第に魔族を殺すことに怪しいと思い始めた」

 確かにその通りだ。俺の憎しみは、魔族に故郷を滅ぼされた時のものだけ。俺に戦い方を教えてくれた師匠は、魔族に対して何も言わなかった。旅に出てから、彼らが俺たちと同じように生活しているのを知り、憎しみを上回る罪悪感が出始めたのだ。自分がそれまで信じていた正義が崩れ去り、でも、誰にも本当の正義を教えてもらえなかったから、俺は行動を間違えてしまった。

 俺が後悔の念に、爪が皮膚に食い込むほど手を握りしめていると、隣に座るエリアがテーブルの下で見えないように小突いてきた。

 それはここに来た目的を促すためのものだろう。俺は咳払いで話の流れを変える。

「俺たちの夢はまだ魔界でも人界でも協力者がいない。だからオリバー、頼みがある。アルベルト騎士団総長として協力してくれないか」

 俺の言葉に、しかし、それまでのオリバーの言動から考えると、予想外な反応だった。

 人が変わった。それまできらきらと輝かせていた両瞳が、冷徹な光を湛えた。

 これは、他人を統べる、他人の上に立つ者の眼だ。

 きっと、その頭の中では、俺たちに協力した時の利益と損害を天秤にかけているのだろう。損害の方が大きいと判断すれば、躊躇なく切り捨てる眼である。

 射貫かれるような目線に緊張し、思わず唾を飲み込む。

「つまり、アルベルト騎士団の総長である僕の言質を取れば、芋蔓式に騎士団も引き込めると考えているんだね。確かに、僕らは人界二大勢力の片割れ、仲間にすれば測れないほどの利点があるだろう」

「なっ、なら!」

 声を荒げる俺と対照的に、オリバーは冷ややかな声でばっさりと切り捨てる。

「無理だね、現実的じゃない」

 なぜ、そう叫びたかった。が、隣から伸びてきたエリアのひんやりとした手が俺の手と触れ、俺に冷静さを取り戻させる。俺よりも遥かに聡明なオリバーのことである、何か考えがあるのだろう。

 問い掛けたくなる衝動をぐっと堪えていると、オリバーはそんな俺を見てふっと小さく笑った。

「そんな顔しなくても説明するよ。いいかい、僕としても君たちの考えには賛同したい。このアルベルト騎士団は、魔族や魔物の被害から民を護るために結成された互助組合だった。その考えは今も変わらない。だから、戦争をなくすことは僕らの目的にも合致している。でもね、問題がいくつかあるんだ」

 オリバーはこれ見よがしに人差し指を立てた。

「最初に、教会の存在だ。彼らは魔族の殲滅を目標に掲げている。つまり、魔族と協力すれば、整世教会を敵に回すということなんだよ。アルベルト騎士団は強力で、敵となったとしても引けを取らない、むしろ戦術的には勝つことができると言いたいところなんだけど、実際はそうじゃない。僕らの中に加護を持つ隊員はいないし、聞けば、整世教会では人工的に加護持ちを生み出す実験なんてしているそうじゃないか。明らかに敵対すれば負けるだろうね。それゆえ、僕らは表立って魔族に協力できない。先代魔王クラディオ殿との交渉が難航したのも、これが原因だ。それに、勇者であるエイジ君は女神に監視されている可能性もある。そうやすやすと協力するって言えないね」

 俺とエリアが揃って頷く。

 オリバーは追加の指を立てた。

「次に、教会の影響力だね。僕らは教会と並ぶ二大勢力といっても、完全に独立しているわけじゃない。アルベルト騎士団の内部にも教会信者はいるんだ。もし、僕らが魔族と通じ合えば、内部で分裂が起こってしまう。長である僕にはそれを看過することはできない。最後に、アルベルト騎士団の規模は人界に遍く広がっている。全隊員を合わせれば数万にも達するだろう。そんな僕たちは世界が平和になるとどうなると思う?」

「…………」

「間違いなく、不要となるだろうね。騎士団は瓦解し、職にあぶれた隊員が野盗になるのは簡単に予想できる。といっても、時代は動き出している。既に世界平和を見据えて僕たちも動いているから、数年あればこの問題はなくなるだろう。――さて、わかってくれたかな。君にはまだ協力できない」

 無力だ。

 ここまで強くそう思ったのは、滅ぼされゆく故郷を眺めていたとき以来だ。

 わかっていた。

 彼はアルベルト騎士団の総長。大勢いる他人の人生がその背中に乗っている。もし選択を誤れば、いったいどれほどの責任になってしまうのか。だから、全て慎重に行動する必要があり、勇者と魔王が交渉したからといって、簡単に協力を取り付けるなんて不可能だった。

 なら、どうすればいい。

 どうしようもない。

 俺は勇者だ。しかし、女神の意に反しているいま、勇者だと名乗ることは本当に正しいのだろうか。勇者ではないとすれば、俺は何者なのか。冒険者だ。それならば、ただの冒険者の要望に皆が応えてくれるだろうか。そんなはずない。どうしようもない。俺はまた何もできないまま、過ぎ去るのを待つしかないのか――

 悪い思考が身体を支配しようとした時、窮地から救ってくれるのはエリアだった。

 凛とした声が響く。

「オリバー殿。そなたは『数年あれば問題はなくなる』『まだ協力できない』と言ったな。つまり、条件が満たされておらぬから協力できないということ。であれば、その条件を満たせば、すぐにでも協力できるのではないかや?」

 俺がはっと顔を上げると、オリバーは爽やかな笑みを浮かべた。

「その通りだよ、可愛い魔王さん。その条件を満たすなら、協力するのもやぶさかではないさ」

「ほっ、本当か!」

「本当だよ。君たちが手伝ってくれるなら……二つ要望しよう。片方はまた追って連絡するけれど、片方はいま話そうか。エイジ君、ヴァルナって知っているかい?」

「……ヴァルナ?」

 あやふやだが、確かどこかの地名だ。

 魔界ではないだろう。

 脳裏に人界の地図を開く。

 人界の四大国と呼ばれているのは、ギアーデ帝国、フォスレン王国、ルベルク共和国、マルセル公国だ。

 魔界に一番近いこのコズネスが属するのは、人界の西部に位置するギアーデ帝国。フォスレン王国には整世教会の本部があり、ルベルク共和国にはアルベルト騎士団の本部がある。マルセル公国は……ぱっとしない。

 ヴァルナとはどこだっただろう。悩み始めてから、すぐに気付く。

「……ルベルク共和国の首都だったな、騎士団の本部が置かれている場所だ」

「そうだね。まず僕が君たちに頼みたいのは、魔王がそのヴァルナに来ることだ。何かをする必要はない。魔王、という肩書きを持って、来るだけでいい」

「それに意味はあるのか?」

 大仰にオリバーは頷く。

「もちろんさ。魔界を統べる長が人界で最も敵地に当たる場所に来るということは、絶大な政治的意味がある。民衆は示された誠意に誠意で応えなければならないという強迫観念に陥り、これまでの教会中心的な考えを一気に覆せるだろうね。それに、教会へ宣戦布告するには素晴らしい舞台装置となるはずだ」

「すまん、よくわからん」

「理解できなくてもいいよ。つまり、可愛い魔王さんが僕らの本拠点に訪れるだけでいいんだ。エイジ君はそこにいなくても問題ない。代わりに、君には別のことを頼みたい……のだけれど、まだ話が纏まっていなくてね。また追って連絡するよ。それでいいかい?」

「ああ、それでいい。エリアはどうだ?」

「うぬ、妾も問題あらぬ」

 俺達が同意すると、オリバーは両手をぱんっと勢いよく鳴り合わせた。

 彼が纏う空気がまた変わる。表現としては、戻る、が適切だろうか。

 先程までの知的な雰囲気が掻き消えて、にやにやとした笑みを取り戻す。何か面白いことを考えている時の顔だ。

「さて、とりあえずの交渉は成立したし、次はエイジ君の処罰を考えようか」

「……うん?」

「そりゃそうさ。エイジ君は事実がどうであれ、命令に逆らって人界へ戻ってきたわけだ。何らかの形で罰を与えないと示しが付かないからね」

 そう言いながら、獲物を狙う蛇のような瞳で、俺をじろじろと見る。自分でも自覚するほど、ぴしっと姿勢が定まる。

 何か嫌な予感がする。

 いったい何を俺に要求するつもりだ。

「ということで、僕と手合わせしてもらおうか。もちろん真剣で」

「…………は?」

 限りなく頓狂な声が、俺の喉から飛び出してきた。


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