27 成長と決断4333
俺がよく扱っている剣技は、古代流派剣術だ。
これは名前の如く、ずっと昔から連綿と使われ続けている剣技らしい。
特徴としては、単発技か二連撃技しかないが、威力が高い点だろう。連撃数が多い剣技ほど発動前後の隙が大きい傾向があるので、二連撃までの古代剣術は隙が少なく、実践では重宝する。
そんな古代流派剣術に対して、現代流派剣術というものがある。こちらは前後の隙が長い反面、連撃数が多くて対処するには難しいという、発動出来たら強い種類の剣技である。
どちらが強いかと問われれば、どっちもどっちとしか言いようがないもので、だからこそどちらも廃れることなく受け継がれてきたのだろう。
ちなみに、現代流派剣術の特徴として、剣技発動時に発生する燐光が古代流派剣術とは異なるというものがある。例えば古代流派剣術の旋緋や紅弦はまるで燃え盛る炎のような鮮やかな赤色であるが、現代流派剣術は違う。それぞれの流派にそれぞれの色があり、青色や黄色、中には黒色なんてものもある。
だから、俺が使う剣技スターダスト・シリーズは現代流派剣術に含まれるのかもしれないが、俺だけにしか使えないことを鑑みると、そんな単純な話でいいのか、と思ったりもする。まあ、そもそも、なぜあの剣技が使えるのか自分でもわかっていないのだが。今のところは女神から与えられた加護のおかげ、と納得している。
さて、フロゥグディで自身の剣を購入し、そこから剣技を学び始めた魔王エリアは、その要領の良さを褒めるべきか、一週間の移動時間と一週間の滞在時間で、既に俺が知る古代流派剣術を全て学び終った。まあ理由はいくつもあるだろう。彼女が最も信頼していたクルーガを失ってしまい、これからは自分のことは自分で護らなければという責任からか、もしくはその傷心を紛らわすためか。自由に行動できないから、読書の他にそれしかすることがなかったからか。そんなことでエリアは今までよりも積極的に剣技を教わりに来るようになった。剣技だけでなく、身のこなし方や剣戟の仕方を教えて、剣技では旋緋に紅弦、噴炎などの古代流派剣術は俺が知る全てをレクチャーした。要領のよいエリアは一瞬でコツを掴み、一週間そこらなのに一介の冒険者として活動できるまで成長したのだ。
一介の剣士としてそのセンスは少し嫉妬するところもあるが、俺としてはエリアが弟子なわけであるため、彼女の成長を見るのが楽しかった。だから、俺も剣の指導に熱が入る。
そんなエリアは現在、連撃数は多い反面、発動前後の隙が大きい現代流派剣術のアッガス流サイクロンエッジという技を習得中であった。
「やあっ!」
凛と響くエリアの声と共に、ペールグリーンに染まった剣が俺へ向かって振り下ろされた。俺が防ぐために剣を掲げた瞬間、キィンと澄んだ音を響かせて、二本の剣は弾き離れる。
が、エリアの剣は慣性に抗うように加速し、横一直線に薙ぎ払われた。二連撃目。
二連撃技の噴炎ならば、ここで剣の輝きが収束し、わずかな隙が発生する。しかし、エリアの剣は再度加速し、虚空に三角形を描くように三連撃目が左上から振るわれる。体重を乗せた上に、手首のスナップを利用して衝撃波が増大されたそれは、防御した俺の手にびりびりと痺れを残した。
直後、剣技を終わらせたエリアの剣が、思い出したかのように銀色へ戻った。俺は左腰の鞘に剣を納刀すると、心の底から褒めた。
「凄いぞ、エリア。これで習得した剣技は七つ目だな」
現代流派剣術アッガス流三連撃剣技ストームエッジ。古代流派剣術と違って連撃数が多いため、発動前後の隙も大きく、身体の動きが剣に追い付きにくいのも相まって、初心者には難しい技だ。
それを昨日教えて、この時点で実践まで使えるレベルにするとは、要領の良さにも程がある。しかし、ここからは四連撃以上の世界となるので、しかも、この剣技の上位技である四連撃剣技サイクロンエッジのことを考えると、これまでのようにほいほいと習得できることもないだろう。
だが、それでもエリアの成長は目を見張るもので、このままだと一年もすれば俺の知っている剣技を全て習得するはずだ。実践に必要な戦術は後で覚えればいいし、エリアが俺のレベルに達するのは、遠くない未来のはずだ。
ただ、それはとても喜ばしいのに、今の俺はもやもやとした気持ちに包まれていた。
言えていないのだ。
まだ、アルベルト騎士団総長に呼び出されたことを、俺はエリアに伝えていなかった。
もちろん、すぐにでも話して一緒に対策を練るべきなのだが、俺は怖気づいていた。まだ俺もこの状況を完全に飲み込めていないし、なんて伝えればいいのかわからない。それに、エリアにとって騎士団は敵陣の中心だ。
本当は帰って来た瞬間に伝えようと考えていたのに、その前にエリアが実戦練習をしたいと言い出して、俺はそれにずるずると流され後回しにしていた。
言わなければ、言わなければいけない。
俺がそうやって思い悩んでいたからだろう。他人の感情に機敏なエリアは、すぐに気付いた。
「エイジ、何があったのかや? 帰ってきてから元気がないように見えるぞ」
「あっ、ああ。……わかるか?」
「もちろん。二週間も一緒にいれば、エイジが上の空になっているぐらいわかる。それで、何に悩んでいるんじゃ?」
「それなんだが……そうだな、場所を変えよう」
俺が先に工房へ入ると、エリアが続いて戻った。
丁度その時、製作室へと繋がる扉から、綺麗な長剣を携えたイザラが出てくる。イザラは腕が鈍らないように、平日は必ず一本造るそうだ。この一週間はすぐに俺が試し切りして感想を返すのがのが日常となっているが、今はそれ以上に優先するべきことがある。
「おう、エイジ。いまできたばっかりの、この剣は……」
「すまない。イザラも来てくれるか?」
「なんか大切な話か? わかった」
イザラは真剣な顔をした。彼には既に既にエリアが魔王だということも、俺がどうして人界に戻って来たのか、そして現在掲げている目標も全て知らせてある。暫くイザラの工房で過ごすことになるのは自明だったし、何より長く誤魔化せるはずがない。
だから、全てを知っている彼には、これからの話を聞かれても問題にならない。それよりも、彼にも話を通しておくべきだと俺は思ったのだ。
俺は二人を連れて二階のリビングへ上がると、ソファーへ着席を促す。
二人の視線を受けた俺は、静かに話を切り出した。
「まず、俺が商人に呼ばれたのを知っているな?」
「ベゼル商業組合の会長に、だろ?」
「大雑把な要件としては、炎龍の鱗を貫いた俺の剣に酷くご執心で、イザラの工房を薦めておいた」
「……人手が足りないのになあ。まあ、ありがとな」
俺は頷き、話を続ける。
「その帰り道なんだが……アルベルト騎士団総長に会った。エリアはアルベルト騎士団って知ってるか?」
「もちろんじゃ。妾を何だと思っておる。アルベルト騎士団。七十年前、加護を持たず魔族に身体能力からして劣る人族が、自らの安全を護るために結成した互助的組合じゃの。二代目総長が騎士団の拡大に尽力したとかで、整世教会に並ぶ巨大組織になった。今は若い三代目総長が引継いでおり、名は確かオリバー・アルベルト、じゃったかな」
「よく知っているな。まあ、いいか。そのオリバーって奴に会って、こう言われたんだ。同行者の少女と一緒に、騎士団コズネス支部まで来いとな」
俺がそこで言葉を切ると、少ない情報なのにエリアはしっかりと理解していた。
「なるほどの。つまり、エイジは妾の正体が露呈することを懸念しているわけじゃな。既に妾が魔族であることは調べが付いていると思うが、魔王と知られてしまうと、運が悪ければ監禁尋問でもされそうとな」
「ああ、そうだ。騎士団は教会に並ぶ組織だ。もし敵に回せば、人界の半分を敵に回したのと同じことだ。それに、もしエリアが捕まってしまえば、世界平和という目標は潰えるぞ。俺としてはエリアの影武者を用意したいところなんだが、あいにく魔族の知り合いなんていないからな……」
俺が言葉を濁すと、エリアは不安を吹き飛ばすかのように笑った。
「必要ない。妾は素直に顔を出すとしよう。心配せずとも、安全じゃろうからな」
「なぜ?」
「元より捕らえるつもりであったら、既にこの工房へ攻め入っているはず。それに、アルベルト騎士団が掲げる方針は『戦火から民を守る』であり、その考えは世界平和に帰結するじゃろうて。妾の夢からすると、仲間にはならないことがあっても、敵になることはないはずじゃ。ついでに言えば、いつかは味方に引き込みたいと思ておったし、今がその機会というわけであろう」
「楽観視していても、襲われるかもしれないぞ」
「その時はエイジが守ってくれるじゃろ?」
「……ああ、そうだな。何があろうと、お前を守る」
決意は嘘じゃない。
俺が望んだ世界平和はエリアにしか実現できないことだ。
常に成長し、辛いことがあっても挫けることなく、自分の夢へ向かって進めるのだから。俺とは違う。違うからこそ、俺にはできなかった希望をその背中に託せる。
だから、今の俺にできるのは、エリアを敵から守ることだけだ。
彼女の護衛だったクルーガとも、約束したのだから。
ただ、俺の覚悟が固まっても問題は残っている。人界まで俺を追ってきたアガサの存在だ。オリバーの言葉によると、彼とアガサは既に何らかの対話があったはずである。つまり、アルベルト騎士団の支部へ訪問するということは、アガサに対面する可能性があるということ。
一週間前、アガサと路地裏で邂逅してから、彼女は音信不通だった。エリアの居場所を教えてくれたことから敵対関係にはないと信じたいところだが、それも全てアガサの気紛れであるかもしれないのが恐ろしい。もしエリアを一目見れば、すぐに襲い掛かってくるかもしれない。だから、はっきり言えば、エリアとアガサを会わせたくないのが本音だった。
だが、それをエリアに言うことはない。過度な不安を抱かせるのは不本意だから。
俺は心中の懸念を全て押さえて、エリアの期待を認める。
「……わかった、一緒に行こう」
「うぬ」
頷いたエリアは、覚悟を決めた表情だった。




