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リメイク中作品  作者: 沿海
2章 汝は何を望み、誰が為に戦う165745
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26 予期せぬ再会6058

 鍛冶の街、コズネス。

 それだけを聞けば、暑苦しいイメージが湧くものだが、もちろん普通の街のように公園や料理店、各種の組合(ギルド)といったものもある。ただ、他の街よりもコズネスでは鍛冶工房の権威というものが強く、そういった本来なら一等地に置かれそうな組合などは路地に追いやられてしまっている。

 そんな追いやられてしまったとある商会の応接室で、俺は高級そうなソファーに座っていた。

 俺のコートと同じ材質である小火龍ファイアドレイクの皮を使っているのか、肌触りは最高なのだが、ある一面では冒険者である俺にとってはいささか高級品過ぎて気後れしてしまう。居心地の悪さを感じて身じろぎすると、対面に座る人物が満面の笑みを浮かべた。

「ほっ、本当にいいんですか!?」

「もちろんですよ、俺も忘れていたので」

 向かいに座っているのは、平和の村フロゥグディからここコズネスまでの道中を共にした商人ベゼル。

 そして、テーブルの上に置かれているのは、赤黒く光り輝く炎龍(イグニスドラゴン)の鱗が四枚。

 俺と彼はこの鱗の所有権で商談まがいのことをしていた。

 どうしてこんな話になったのか。一週間前、俺と炎龍(イグニスドラゴン)との戦闘を商人ベゼルは目撃したらしく、どうやら彼はその戦闘があった跡地を調べたらしい。その際に、なんと最高級素材となる炎龍(イグニスドラゴン)の鱗を数枚も見付けたというのだ。ニードルベアとの戦闘も見ていた商人ベゼルは、戦っていた冒険者が俺だと気付いたために、俺へその鱗を譲って欲しいと願い出ているのだ。

「そもそも、俺に許可なんているんですか? 見付けたのはベゼルさんですし、冒険者の間だと戦利品は見付けた人の所有物ですよ」

「そうはいいましても、しかし……こんな高級品を」

「ベゼルさんにとっては、ありふれたものじゃないですか」

 確かに、あの炎龍(イグニスドラゴン)が幼体だったとしても、その鱗は最高級品かもしれない。太古の大国が炎龍(イグニスドラゴン)によって滅ぼされたと言い伝わるほど、その脅威は圧倒的だ。そんな魔物の鱗を剥ぎ取るなんて不可能だし、成長の過程で脱皮するわけでもないのだから、鱗は万金に値するのだろう。

 とはいえだ。俺がこの商会へ来るまでに調べた情報だと、ベゼルは小国の王様並みに金を持っているはずだ。彼はこの商会の創始者で、本来なら敵側であるはずの魔界から仕入れた商品を人界で売る、しかも仕入れは自ら行うという他の商会には真似できない戦略で台頭し、自身の名前が冠されているベゼル商会を僅か二十年ほどで人界有数の商会まで成長させたのだ。

 そんな彼のことだ。炎龍(イグニスドラゴン)の鱗に匹敵するような最高級の品物は見慣れているのではないのか、そういった意味を滲ませた言葉は否定された。

「いやいや。どこまで商会が成長したとしても、私は根っからの行商人でして。こんな高級品は見るだけでも恐れ多いことです。……それで、代金の方はいかがなさいましょうか。一枚あたり二百五十万エルド、四枚ありますので一千万エルドといったところでどうでしょうか。いくぶん価値に見合わない価格ですが、私もそこまで大金を動かせるわけではないので」

「一千万ッ! ……いや、代金はお気持ちだけで結構です。ぽんっとそんな大金を渡されたら、それこそ俺が散財して破産してしまう。それよりも、大商会の創始者とこうやって関係を築けただけでも、俺にとっては利益ですよ」

 俺としても、本当は代金を貰いたいところなのだ。整世教会から渡されていた旅費の殆どは仲間のアガサが管理していたし、俺が所持していたなけなしのお金はフロゥグディで使ってしまった。ただ、ここは代金を貰うより、大商人ベゼルとの関係を築いた方がいい。後々に世界平和を目指すときの布石となるだろう。

 それはそうとして。

 俺は腰の剣に手を伸ばし、わざと場の空気を変える。ベゼルの笑顔が見るからに固まった。さすが大商人だ。俺は割と真面目に殺気を放っているのだが、ベゼルは気を失うこともなかった。まあ、失ってしまったら、聞きたいことも聞けないのだが。

「ところで、ベゼルさん。聞きたいことがあるんですが」

「えっ、ええ、何でしょうか。何でも嘘偽りなく答えると神に誓って約束しましょう」

「俺の居場所、どうやって知ったんですか?」

「…………」

 ベゼルは額に汗を浮かべながら黙った。答えるつもりはなさそうだ。

 俺はベゼルに正体を明かしていない。フロゥグディからの道中にエリアやクルーガと危ない会話もしていたが、それでもあれだけで俺が何者かなんてわからないはずだ。それに、俺がコズネスでどこに滞在するかなんては、もっとわからないはずだ。なのに、俺が親友イザラの工房で素振りをしていた時に、ベゼル商会の使いだとかいうものが会いに来たのだ。明らかにおかしい。

 俺が僅かに宵闇の剣を鞘から引き出すと、それが最後の一押しになったのか、彼は冷や汗を流しながら恐る恐る話し出す。

「そっ、それはですね、貴方を探していたところ、とある人物が貴方の居場所を教えてくれまして」

「その人物の名前は?」

「そこまでは言えません。顧客の情報は漏らさない、商人として生きる上で最も大切なことです。それよりも、エイルさん。ご相談があるんですが」

「…………」

「貴方が握っている剣、炎龍(イグニスドラゴン)の鱗を貫いていましたよね? もしよろしければ、その剣の材質と制作工房を教えて頂きたいのですが……」

 誤魔化された。見事なものだ。

 仕方がない。まあ、最初からいつかはこうなるだろうとわかっていた。フロゥグディでは武具店の店長と村の村長に俺は正体を悟られてしまったわけだが、人界まで戻ると、もっと昔の俺を知る者が多いのは自明のことだ。しかも、あんな堂々と炎龍(イグニスドラゴン)と戦ったのだから、俺が帰ってきたとバレるのは時間の問題だった。そのため、わざわざ名前を聞き出す必要はない。心当たりが多すぎるのだから。

 そう思って、俺が放っていた殺気を霧散させると、ベゼルはほっと安堵の息を付いた。俺は腰から鞘ごとその剣を外し、ごとりとテーブルへ置いた。

「実はもうわかっているんですよね? まあ言いますが……材質はアダマント、製作者はベゼルさんが使いを送った工房のイザラっていうやつだ」

「なるほど……」

「で、それを聞いてどうするんです? アダマントの剣なんて普通の人だと持つことさえままならない。享楽のためですか?」

「まさか! 貴方と炎龍(イグニスドラゴン)の戦いを見ていたとある人物から依頼されまして。ああ、もちろん正式な依頼ですので、代金はかなり乗せて支払いますし、希少なアダマントも私の方で手配させていただきます」

 その依頼主の名前も聞きたいところだったが、先ほどと同様にはぐらかされるだけだろう。とはいえ、俺としても、顧客の情報は絶対に死守するという態度には好感が湧いているから、野暮に聞くことはなかった。

 代わりに、なるほど、と俺は頷く。

 まあ、実際にはイザラが鍛造をするのだから、俺が断る必要なんてない。怪しいところなんてないのだし。しかも、イザラとしても工房の名前を売る機会にもなるし、大商人と顔見知りになれるのだ。願ったりかなったりだろう。

 互いに互いの話が終わった、そう判断したベゼルは速やかに別れの挨拶を行う。彼は創始者として忙しそうで、この時間も無理に開けたらしいのだから、文句もない。

「今日はありがとうございました。エイルさんの未来に栄光あれ」

「こちらこそ。栄光あれ」

 握手を交わす。

 有意義な時間だった。なにしろ、護衛対象だったベゼルがあの大商会の創始者とは知らなかったのに、彼とこうして関係を築けたのだから。魔界へ自ら商品を仕入れに行く彼だから、魔族に対する偏見も少ないはずで、しかも、顔も広いし金という交渉手段もある。仲間になれば、だいぶ心強いだろう。

 打算的な考えだが、世界平和という大きな目標のためには打算的にもならなければならない。こういった交渉事はエリアが得意とする領分で、俺も彼女に任せたいけれど、自由にエリアが動けない今は俺が代わりにするしかなかった。

 それにしても、縁というものは不思議なものだ。フロゥグディですぐに出発したかった時、村長が紹介してきたのが商人ベゼルだ。彼が大商人だったなんて、知りもしなかった。ついでに今更だが、なぜ商人ベゼルはあの時に護衛依頼を出していたのだろうか。丁度あの時は、前日に俺が倒したニードルベアの素材が競売に出されていたはずだ。大商人ならばその競売に参加しそうなものだが、なぜそこでコズネスへ向かうのか。何か急用でもあったのだろうか。

 ベゼルと別れた俺は、一人で路地裏を歩きながらつらつらと考えていた。

 このコズネスは最前線の街として魔族の侵攻を前提に建設された城郭都市だ。路地は迷路の如く網目状に張り巡らされて、階段で上下にも移動するものだから方向感覚を失いやすい。だから、目的地と現在地をしっかり覚えていなければ、当然のように迷う。

 一度迷えば一週間は抜け出せない、初めてコズネスへ来た吟遊詩人がそんな言葉を残したそうな。

 だが、それも他人事ではない。イザラの工房の場所はわかるのだが、いかんせん、ベゼルの商会へは目抜き通りから人に尋ねながら来たし、そもそも四年前とは景色が一変しているものだから、気が付けば迷っていた。商業区まで来たのは久しぶりで、道なんて覚えていなかったのだ。

 まあ、急いでいる訳でもないし、ゆっくりと適当に帰ろうと思った時だった。

「ッ!?」

 反射的に振り抜いた剣が、衝撃音を響かせる。

 俺が弾いたのは、鋼の長剣。それを確認するや否や、俺は後方に飛び退いて追撃を逃れた。

 すぐさま剣を構え直すと共に、俺は襲ってきた人物へと問いかける。

「誰だ」

 ローブを目深に被ったその人物は、苛立ちを誘うような飄々とした声で答える。

「いやあ、エイジ君。強くなったねえ」

「誰だ!」

「もしかして、僕のことがわからないのかい? 四年ぶりだから、仕方ないか」

「俺はお前のことなんて知らな……」

 ちょっと待て、見覚えがあるぞ。

 きりっとした眼付き、しゅんとした鼻、すらっとしたスタイル。そして、ぴかっとした金髪。一介の冒険者のようにぼろぼろな装備を着ているけれど、隠しきれないほど滲み出ている煌びやかオーラ。

 思い出せ、一度見たことがある。こんな特徴的な人物を忘れるはずがないだろ、俺。

 そうだ、四年前に円形闘技場(コロッセウム)で闘った騎士団師範長と……

「まさか、あの時の騎士団総長!?」

「やっと思い出したのかい? いやあ、運が良かったよ。先日、前線の指揮を執るためにコズネスへ来たら、炎龍(イグニスドラゴン)と戦う君を見つけたからね」

 飄々とした声と裏腹に、その目付きは鋭い。

 逃げないと。

 すぐに、ここから逃げないと。

 怖気づいているのではない。あの時はその底知れぬオーラに圧倒されたが、今ならば互角以上に闘える自信がある。というより、彼は加護を持っていないはずなのだから、絶対に俺が勝つ。

 だが、俺の勘が警鐘を鳴らしていた。

 教えられなくてもわかる。

 こいつだ。こいつが俺の居場所をベゼルに漏らしたんだ。

 その理由はいったいなんだ。何をしに来た。目的は。そもそも、なぜ騎士団総長がコズネスにいる。四年前、こいつが俺を勇者に認定したのは、ここコズネスだった。しかし、総長である彼は普通だと騎士団本部にいるはずだ。

 いや、それよりもまずはこの場から逃げなければ。騎士団総長である彼はもちろん騎士団を動かせる立場にある。敵に回したら太刀打ちできない。そして、彼が俺の前に現れたということは、何か酷く悪い流れになっているということだ。まずはこの場を脱して、状況を見極めなければ。

 そんなことを心の中で考えても、身体は意に反して動けない。

 青年がそんな俺に向かって問い掛ける。

「いやあ、エイジ君。どうして魔界にいるはずの君が、人界へ戻ってきているのかい?」

 やはり、そう来るか。

「そ、それは、深い事情が……あって」

「ふうん、深い事情か。さも人界の平和よりも重要な事情なんだろうね?」

 そう言いながら、金髪の青年は長剣を振り下ろしてきた。

 咄嗟に俺はそれを宵闇の剣で受け止めるが、後ろめたい気持ちのせいで腕力が入らず、押し込まれる形となる。

「えっと、俺だけじゃなく……そう、仲間のアガサも帰って来ていますよ」

 必殺、巻添え。嘘は言っていない。

 アガサには仕方がないが、ここは一緒に怒られてもらおう。

「もちろん、彼女からも事情を聞いているよ。どうやらアガサちゃんは君を追って戻ってきたそうだね。じゃあ、君は誰と一緒に、どうやって帰って来たのかなあ?」

「あ、あはははは……」

 終わった。ここで世界平和の計画は頓挫だ。

 もう色々と彼には調べられていると思っていいだろう。

 俺は裏切り者として斬首刑、エリアは人質として軟禁、といったところか。

 逃げたとしても、騎士団を敵に回してしまうことになる。

 ああ、神よ。貴方様は私を見捨てたのでしょうか。

「さあて、君たちの処遇はどうしようかな」

「煮るなり、焼くなりすきにしてください……」

「それじゃあ、君の同行者である少女と共に明日、アルベルト騎士団コズネス支部へ来ること。いいね?」

「……はい」

 もとより頷く以外なかった。

 騎士団総長はそんな俺を満足そうに見ると、剣を納刀して、すたすたと歩き去った。取り残された俺が溜息を漏らしたのは、自然なことだろう。

 だが、いま考えてみれば、きちんと説明すれば許してくれるかもしれない。しかも、仲間となってくれるかもしれない。

 俺たちが考えている構図としては、まず各地で戦争に反対している者を取り込み、地盤を固めたところで、人族と魔族を和約させる。

 アルベルト騎士団の目指すものも世界平和なのだから、それを懇切丁寧に説明すれば、手伝ってくれる可能性もある。なぜなら彼は騎士団で一番偉い総長なので、彼を説得すれば、騎士団が勝手に付いて来るのだから。

 ただ、そんな上手くいくものか。

 先日だって、ずっとエリアが慕っていた執事クルーガが裏切ったぐらいなのだから、何があるかわからない。そんなほいほいと、エリアが魔王という秘密を伝えていいものなのか。

 しかも、和約を結びたいと考えているのはエリアなのであって、魔族の総意ではない。同様に総長が納得しても、それは騎士団の総意となるのかどうか……

 そうやって物思いに浸っていると、いつの間にか、俺はイザラの工房前に辿り着いていたのであった。


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