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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
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2 微睡みの記憶5338

「くっ……」

 素早く振り下ろされた木刀が肩に掠り、苦悶の声が漏れる。

 例え木刀であっても赤く光り剣技が発動しているその剣尖は、遥かに衝撃が強い。

 眼前の敵が追撃してくるよりも早く、後方へ跳んで大きく距離を取り、剣を構え直した。

「少年、本当に強くなったな」

 次の手を考えていると、木刀を担ぐように構えている敵が話しかけてきた。身体はかなり大柄で、肌の表面には多くの古い傷跡が走り、まるで歴戦の戦士みたいな男。騎士団師範長という肩書きを持ち、俺に剣での戦い方を教えた男だ。

「……余裕そうな顔でよく言うな」

 俺がぶっきらぼうに言葉を返すと、男は飄々な態度で両肩を竦めた。

「いやいや、俺は大人で少年は子供。たかだか齢は十三なのに、剣筋が鋭いなと思ってな。まあ、俺の教え方が上手いのもあるが、よくここまで強くなったな、少年」

「そりゃどうも。ただ、まだ子供だと侮っていると、足を掬われるぜ」

「はっ、掬えるなら掬ってみせろ。それはそれで弟子の成長を感じられるしな」

 そんな会話をしていても、やはり、男が構えた木刀は微小たりとも揺れない。

 技も経験もあちらが上。なのに俺が男と渡り合えているのは、女神から授かった加護による高い身体能力と固有剣技があるからだ。

 とはいえ、剣技は発動の前後に隙ができやすいため扱いづらく、しかし、通常攻撃だけでは経験の差が明瞭に現れる。しかも、俺に剣を教えたのは、対峙しているその男だ。俺の攻撃は全て予想されている。だからこそ、男は余裕を見せているのだ。

 侮られている。完全に。

 しかし、まだ勝負は終わっていない。俺は男の余裕そうな顔を歪ませるため、戦術を画策する。剣が届かなければ、魔法で戦えばいい。

「……熱素召喚(サモンフレイムエレメント)

 魔法の術式を悟られないように、小声で詠唱を開始した。

 選んだのは熱素を生み出す起句。

 このまま斬り合いを続けていても、負けるのは俺だろう。全ての要素が劣っていて、勝つ要因なんてどこにもない。しかし、その反応に僅かな遅れでもあれば、僅かなチャンスがあれば、一矢報いることもできるかもしれない。

 魔法に男を吹き飛ばせるような威力は望まない。ただ、その僅かな一瞬を作れれば……

 覚えたばかりの魔法を紡ぐ。これは教えられたのではなく、他人の練習を見て盗んだ技術だ。男は俺が魔法を使えると知らない。つまり、唯一無二の逆転手段である。

 だが、俺が何かを企んでいると勘付いた男は、すぐさま地を蹴った。一瞬でその木刀は赤く輝き、頭をかち割る勢いで振り下ろされてくる。突進型単発技の紅弦。流れるような動作で発動し、瞬時に間合いを詰める剣技だ。

 しかし、その分、動きは読みやすい。

 術式を詠唱しながら、剣を引き――古代流派剣術オルドモデルを発動する。

「……旋緋ッッ」

 同じように赤い燐光をまとった剣が加速し、男の剣と交差するように衝突する。

 剣技同士がぶつかりあう重い衝撃音が弾け、ちかちかと赤い火花が頬を照らす。

 重い、強すぎる!

 たとえ神に愛された身体といえども、所詮は子供。身長差から押し込まれる形になって鍔迫り合いには分が悪い。だが――この距離なら魔法を外さない。

 瞬時に魔法を完成させて、発動する。

全開放(フルバースト)!」

 密かに詠唱していた魔法が男の胸に当たり、炸裂した。戦闘しながらの下手な魔法だったのに加え、防具により威力はほとんど伝わっていないがが、これで十分だ。

 男は驚いた顔でよろめき、だが俺の追撃よりも早く体勢を立て直して、後方へ逃げていく。普通ならもう剣が届かない距離。

 しかし――俺はこの瞬間を待っていた。

「スターダスト・スパイクッッ!」

 剣技が発動する。流星のように加速し、瞬時に距離を詰める突進型剣技。加護を手に入れた、俺だけが使える剣技である。

 鮮やかなライトブルーの流星が男の胸当てに突き刺さり、重金属音をまき散らす。同時に、回避も防御もできなかった男の体は吹き飛ばされる。

「や……やったか?」

 しかし、そんな俺の呟きを聞き取ったわけもなかろうが、男は巨躯を身軽そうに立て直した。接触の直前に自分から後ろへ跳んで、威力を軽減したのだろう。難なく起死回生の一撃が封じられた俺を嘲笑うかのように、男は油断のない動きでぴたりと剣を引いて――

「いや、お見事だ」

「……は?」

 男はぽいっと剣を捨てた。

 呆気に取られたのは当然だ。

「うん、俺は長いこと師範長ってのをやってるが、ここまで面白い戦いをする奴はお前だけだな。しかも、俺は少年に魔法技術を教えた覚えはない。見て学んだのか? 素晴らしい戦闘センスだ」

 彼は身体中の装備を外し、ぼとぼとと地面へ落とす。気の抜けたようなその姿に、思わず尋ねる。

「おい……おっさん、試合は?」

「終わりだ、終わり。……ってなわけで、こいつなら外の世界でも問題ねえぜ」

 男はそう言うと、豪勢に笑いながら観客席を見上げた。

 その視線を俺は追った。

 円形闘技場を囲む階段はびっしりと人が埋まっていて、先ほどの善戦を拍手で称えられている。

 剣を放り投げるという何とも呆気ない最後だったが、人類最強とも呼ばれる騎士団師範長が相手なら、一撃を入れたのは凄いのだろう。観客は熱に浮かされたように熱狂していた。

 男が呼びかけたのは、そんな観客席の一角。

 そこから煌びやかな装飾がなされた白と青の外衣をまとう騎士が歩み出てくると、彼はひょいっと身軽な動作で、観客席から舞台に飛び降りた。歓声がひときわ高まった。

 彼がこの世で最も大きな権力と多くの勢力を召し抱える権力機構、アルベルト騎士団の総長のはずだ。

 彼が手を挙げると、言葉も出していないのに、しんっと空気が静まり返る。彼の看過できぬオーラが、人々を圧倒したのであろう。

 彼は静寂に包まれた円形闘技場の中心で、ぱちぱちと手を叩いた。

「いやあ、凄い試合だったよ。師範長に一撃を入れるなんて、思ってもいなかった」

「お、お褒めに与り、ありがとうございます」

「そんな畏まらなくていいよ、僕も騎士団総長を継いだばかりの若造だし」

 身分の高すぎる騎士の言葉に、思わず苦笑いを浮かんだ。

 アルベルト騎士団。

 それは、加護を持たない者が保身するため組織された互助的組合のことである。

 その成り立ちは整世教会が魔族と呼ばれる異教徒の殲滅に起こした、軍事的侵攻まで遡る。

 ある日、教皇が女神からお告げを承ったのだ。

『争え、奪え、魔族の血で世界を染めろ』

 当時の人々はその意味することがわからなかった。なぜなら、魔族というものが存在していなかったからだ。しかし、その日の晩、世界を揺るがす大地震が起こり、翌朝になると大地が広がっていた。言葉の綾ではなく、事実として大地が広がったのだ。後に人界大陸と魔界大陸と呼ばれる二つの大陸が、一晩にして繋がったのである。

 そして、当然の如く魔界大陸には魔族という存在が住んでおり、教皇は女神からのお告げに従い、彼らに戦争を仕掛けたのだ。とはいえ、身体能力からして劣る人族は負けが続くばかりで、よく戦線が後退して関係がなかった街や村が戦火に見舞われた。加えて、戦争に戦力を集中させたために、各国では魔物から街や村を護るための冒険者が不足してしまった。

 そこで、そういった弱い立場にある人族は自らの安全を護るため、アルベルト護民組合と呼ばれる互助組合が創られる。戦術を練り、新たな魔法の開発に取り組み、弱き民を戦火や魔物から護ることに尽力した。いつしか、アルベルト騎士団と名称を変えたが、「戦火から民を守る」という本質は変わっていない。やがて、同じような志を持つ者が次々と集い、騎士団は整世教会に並ぶこの世界の二大権力機構であるといっても過言ではなくなった。

 そんな騎士団のトップである彼は、こうして話すことも憚れる高貴なる人物とされる。だから、俺が苦笑いするのは仕方がなかった。

 彼は俺に聞いた。

「それで? 君は本当に戦争へ行くつもりなのかい?」

「そのつもりです。僕は子供であれど、アルベルト騎士団の一員です。だから、神の望みを叶えるために最後まで戦うつもりです」

「へえ……それで君の目標は?」

「魔王を倒し、世界に平和を導きます」

 ありきたりの文句だ。事前の打ち合わせ通りであった。しかし、次の言葉は思いがけないものだった。

「でも、魔王倒すまでに、君は多くの魔族を殺すことになるんだよ?」

 不意打ちのようなその質問に、ぎりっと奥歯を噛んだ。

 あの日の絶望が瞼の奥に広がる。

 燃え盛る故郷。散らばる誰かの四肢。焼け焦げた肉の臭い。

 忘れたくても忘れられない光景だった。

「……魔族は、俺の両親を殺した。普通の村から普通の生活を奪った。俺は人族の平和なんてどうでもいい。復讐のためだけに、俺は剣を振る……!」

「――君は、君は覚悟が決まっているんだね」

「はい」

 俺が短く簡潔に答えると、彼は意外そうな顔を見せた。

 確かにまだ子供かもしれない。だが、子供らしい甘えはあの日、生まれ故郷を滅ぼされた時に捨ててきた。

 その覚悟が伝わったのか、彼は懐から丸められた羊皮紙を取り出した。留め具に整世教会の紋章が刻印されたそれを、彼はするすると広げる。

「よろしい……なら、ここに整世教会教皇代理アルベルト騎士団総長として宣言する。齢はわずか十三だが、この勇敢な少年エイジを七代目勇者として認める」

 そうやって、俺――勇者エイジの旅は始まった。



 しかし、そんな復讐の旅は順調に進まなかった。あの時の俺は何の躊躇いもなく、魔族を殺せるものだと思っていた。

 もちろん、魔族は俺たちのように暮らし、文明を持っているのは知識として知っていた。だが、魔族は人族を大量に虐殺し、そしてずっと昔、俺の故郷も滅ぼした。

 だから、俺は復讐のため、魔王という存在を殺すため、勇者として旅に出た。仲間もできた。大陸最凶と呼ばれる魔術師の少女、淡々と敵を打ち抜く弓使い、異国のカタナと呼ばれる武器を扱う狂剣士。彼らは俺と同じように凄惨な過去を持っているらしく、魔族を心から恨んでいた。

 でも、旅に出てしまうと、俺は誰も殺せなかった。

 躊躇なく殺せるなんて、甘い考えだったのだ。動物を殺すのとは違うのだ。魔族は知能を持ち、言葉を話せる。つまり、人族となんら変わらない存在であると知った。人族を虐殺するような悪い魔族だっていれば、人族との交流を望む良い魔族だっている。

 その事実を、最初の村で知った時、俺は戦えなくなった。魔族を殺したら自分の中にぽっかり穴が開いてしまいそうで、何も出来なかった。俺は勇者であって、殺人者ではない。

 それに、俺が魔族に復讐すれば、生き残った魔族が人族に深い憎しみを抱くのではないのか。そして、またもや俺と同じく復讐の道を選ぶのではないか。誰だったか、それを復讐の連鎖と言っていた。よく表現している言葉だと思う。

 俺が戦えば、俺のような不幸な人を生み出してしまう。それは嫌だった。

 でも、旅立った以上は、一人だけ帰るわけにもいかない。

 結局、俺は逃げた。殲滅は仲間に全て任せて、俺はずっと後方で控えていた。自分の手を汚さないように、この剣を血で濡らさないように。

そんな俺が、初めて魔族を殺したのは、旅立ってから一年、エルリアと呼ばれる村でのことだ。

 普段、俺たちは魔族に紛れ、旅をしていた。その途中で資金を溜めるために獣を狩ったり、魔族の村に滞在したりする。何も片っ端から虐殺を繰り返していれば、簡単に居場所が割れるし、討伐隊が組まれたりするかもしれないからだ。ただ、時折、整世教会から指定された街や村を滅ぼす。

 そのエルリアの村もそうだった。仲間が戦いの狼煙を上げ、そして虐殺。同時に、自分の手を汚すのを嫌がった俺は、その日も同じように戦地から逃げていた。

 しかし、運悪く魔族に襲われ、誤って彼女を斬った。この瞬間、俺はかつて憧れていた勇者には戻れない、殺人者になったのだと自覚した。

 それでも同時に、魔族はできるかぎり殺さないと誓った。

 魔王を倒せば、この戦争に終止符を打てるのだから。普通の生活をしている普通の魔族、彼らを殺す意味なんてないのだから。

 だが――人間というのは慣れるものだ。

 殺した魔族の数が両手の指を超えるのは、一週間もかからなかった。最初はそれでも殺した者の顔を忘れまい、と思っていたが、五十を過ぎてからはそれすらも止めていた。

 ああ、俺はなぜ魔族を虐殺しているのだろう。何のために、勇者になったのだ。魔王を倒して、平和な世界を創りたかった、誰も傷つかない世界を、全員が笑って過ごせる未来を描いていたはずだ。

 だけれど、魔族の血に濡れた手で掴み取った平和は、本当の平和なのか?

 このまま魔族を殺し続ければ、いつか願った世界平和が実現できるのだろうか。

 その答えを俺は持ち合わせていなかった。


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