18 宵闇の剣5499
剣の製造方法は大きく分けて二種類ある。
片方が溶けた金属を型に流し込んで形成する鋳造、もう片方が熱した金属を叩きのばして形成する鍛造。そして、ここコズネスでは剣の需要が異常に高いゆえに、簡単で素早く造ることができる鋳造を専門とする工房が多い。
しかし、不壊の異名を持つアダマントにおいては、融点が高すぎるために溶かすこともできない。それゆえ、いちいち叩きのばしての形成となるが、熱しても硬すぎるためにそれも簡単にいかない。これが流通量減少の一因なのは、もちろんだ。
今回、ニードルベア討伐報酬として貰ったのはアダマントのインゴット二本。剣の知識があまりない俺は、これを上下に付けて細長いインゴットにして磨き、一本の剣を作るのだと思っていた。だが、イザラは異なる提案をしてきた。
まず、アダマントよりも柔らかい鋼を、細剣のようにとても細長く形成する。その両側をアダマントのインゴットで挟み込み、これを叩きのばして鍛錬する。こうすると、そのまま造った剣よりも、より丈夫でしなやかな剣になるそうだ。心金鍛錬とよばれる、魔界から伝わった製法らしい。
そもそも最強の金属であるアダマントにそんな工夫がいるのか疑問だが、職人のイザラがそう主張するのだから仕方ない。
そして、俺はその心金となる鋼の形成を行っていた。
「だいぶ、形はと整って……きたか?」
俺が槌を振り下ろすと共に、ガンッ、と耳を劈くような金属音が響く。
剣とは勝手が違って、手に馴染まない。狙った場所とは異なる場所を叩いてしまう。こちらの不格好を直そうとすると、あちらが不格好になる。悪戦苦闘を繰り返すこと半刻で、ようやくイザラに指定された規格まで形成できた。
「よしっ、…………こんなもんか」
俺は槌を置いてから立ち上がると、別の作業をしているイザラへ話しかける。
「で、イザラはどうだ?」
「ああ、もう少しで終わる」
イザラが行っているのは、アダマントのインゴットを熱す作業だ。炉に木炭を入れ、鞴で送風し、温度を上げる。
本来は人力で回す鞴だが、工房に併設した水車と接続しているので、疲れることはない。だが、温度をただ上げるばかりでいいはずもなく、湿度も管理しなければならないために、ここで熟練の技が光る。
イザラは注意深く炉の窓から内部を観察し、それで送風の量を調節していた。送り込まれた風により、炉は地獄のような音を立てている。漏れ出た熱波が、肌すらも焦がす。
その姿は文字通り神々しい。赤色を越えて、黄色すら超えた、純白の炎が炉の内部で燃え盛っている。
エリアはその光景を心奪われたかのように、ずっと見入っている。それだけに美しく、荘厳なのだ。
「よし、取り出すぞ!」
イザラが炉の扉を解放すると、まるで地獄のような凄まじい熱波が漏れ出す。イザラはそこから手早くアダマントを取り出すと、俺が形成した心金を挟む。
「叩いてくれ」
「了解っ!」
俺は短く答えると、先ほどのように槌を振り下ろした。
――硬い!
瞬間、予想外の硬さに驚く。思わず、衝撃で槌を手放しかけた。熱せば、どんな金属でも柔らかくなるのではなかったのか。信じられない、なんて硬さだ。
俺は瞬時に増強魔法を二重魔法で展開し、次はしっかりと握って槌を振り下ろす。
しかし、全力を込めたそれは、インゴットの表面に微かな傷を与えたかな、と思う程度の変化しかもたらさなかった。これは長期戦になりそうだ。
俺は後方で見学していたエリアに言う。
「なあ、エリア。たぶんだが、この作業は夕方まで終わらないと思うぞ。上の住居スペースで休んでいたらどうだ? 人界の本も多いから、暇することはないはずだ」
この工房は二階構造だ。一階部分が工房兼商業スペースで、二階部分がイザラの住居スペースである。ここで見物していても面白くはないだろうし、上で本でも読んでいた方がエリアにとってはいいだろう。
そう思っての発言だったが、エリアは首を振った。
「ここにおる。剣の製造工程なぞ初めてじゃ。ここで最後まで見ておるからの」
予想外のことに、エリアは瞳を輝かせていた。
「……わかった。ただ、立ったままだと疲れるから、そこの椅子にでも座ったらどうだ」
「うぬ。おじさまはどうするのじゃ?」
「そうですね。では、私も共に完成するまで見ることにします」
俺はそれだけ聞くと、作業に戻る。
槌を振り下ろす。やはり、硬い。イザラが俺を巻き込んだのも理解できる。女神の加護による並外れた腕力と二重の増強魔法で、何とか変形させられる程度だ。イザラのような職人でも加工は難しいのだろう。道理でアダマント製の剣が店売りしていないわけだ。
俺はただ、何も考えない純粋な気持ちで、槌をアダマントへ叩きつける。
そして、アダマントの熱が下がると、再び炉の中に入れて加熱する。また取り出して、叩く。
等間隔に、重低音が工房に鳴り響く。まるで、教会の釣り鐘のように。
時間が経つ。
時間が過ぎ去る。
もはや、自分の心がそこにないような感覚だった。途中から無意識下で槌を振り、アダマントを叩き続けた。ただ、その無意識が正確に身体を制御しているから、作業に間違いはない。
何度も炉へ放り込み加熱しながら、地道な作業を続ける。鍛冶の才能なんて少しもない俺だったが、これほど長時間も同じ動作をしていれば、だんだんと要領よくできるようになった。塵も積もれば山となる、その言葉を体現したかのように、夕日が工房へ差し込む時間になって、やっと剣のように細長いものができた。
そこでイザラの声が届く。
「エイジ、いいぞ」
「……わかった」
俺が手を止めると、イザラが交代し、表面のでこぼこを均すように叩く。アダマントを俺のように軽々しく変形させたりはできないが、やはり本職は違うようで、イザラは表面の歪を綺麗に直していく。そして、剣の原型が完成すると最後の過熱を行い、水の中に放り込んだ。焼き入れと呼ばれる工程らしい。
俺はぐわーと全身を伸ばす。長時間ずっと同じ体勢だったために、凝り固まった身体中をほぐしながら、イザラの作業を見続ける。
イザラは炉へ接続していた水車を回転砥石の歯車に合わせ、高速で回りだした研磨機に剣を当てて研いでいく。が、やはりアダマントは硬く、研磨機で剣を研いでいるのか、逆に剣で研磨機を削っているのか判断ができない。がりがりと嫌な音が響く中、イザラは真剣な眼差しで作業する。両面が光を反射するようにもなると、すぐにイザラは砥石の回転を止め、流れるような作業で鍔と柄を付けた。
「うっし、最後に……全素召喚・魔力変換・物質構成――」
イザラが紡いだのは、剣の強度を増加させる魔法だ。これはかなり大切な工程で、それぞれの工房が独自の装句を編み出すために、門外不出となることが多い。
イザラは父から受け継いだ詠唱を、自分なりに昇華させたようだ。
「全開放……完成だ」
遂に、半日以上もの作業を経て、アダマントの剣は完成した。昼から始めたのに、もう太陽は地平線へ落ちかけている。
差し出された剣を受け取った。ありえないほど細い両刃に、気持ち程度の鍔。それでも不壊の異名を持つアダマントの剣なので、この細さでも折れることはないだろうし、今まで扱ってきた剣で随一の重さだ。とにかく重いのだ。
これなら、あのニードルベアの胴体でさえ簡単に切り刻めそうだった。
同時に差し出された鞘へ俺が剣を収めると、イザラは聞いた。
「銘はどうする」
「銘……銘かあ」
それは剣の名前のことだ。
俺が使っていた勇者用の剣は、希望の剣という銘だった。それは整世教会が付けたものであり、割と勇者の本質を捉えた命名だと思う。そして、俺がエリアに買ってあげた剣は、星空の剣という名前だった。刀身に散りばめられた魔石の粒をよく表していると思う。
同じように、俺はこのアダマント製の片手直剣に命名しなければならない。初めて銘を付けることになるため、恥ずかしくない剣に見合った命名ができるか少し不安だった。
俺は手の中の剣を見た。まるでどんな光でさえも飲み込みそう、そんな感想を抱かせるほど、闇よりも暗い色。しかし、何かの粒子だけがきらきらと光っていて、星空のようだ。例えるなら、誰もが寝静まった夜の空。
「……宵闇の剣、かな」
俺が言うと、イザラはうんうんと頷いた。
「宵闇の剣、俺はいいと思うぞ。その漆黒に相応しい名前だ」
彼はそこで一拍を置いてから、言葉を続ける。
「本当は鍔に装飾を入れたいところだけれど、硬すぎて時間が掛かってしまうからさ……それに、エイジは早く試したいだろ?」
そう言われて、初めて気付く。
俺は自分の口角が上がっているのを自覚した。
新たな剣にわくわくしているのだ。
口角を緩ませながら、俺は尋ねた。
「……試し振りしても?」
イザラは苦笑して言った。
「もちろんいいぞ、工房の裏庭を使え」
イザラの許可を得るや否や、工房から裏庭へ出た。
もちろん、剣技を試すためだ。俺の扱う剣技はだいたい二種類あって、紅弦や噴炎などの剣技を含む古代流派剣術と、勇者の俺だけが使える勇者専用剣技スターダストシリーズだ。他の流派の剣技もいくつか皆伝しているが、戦闘では慣れ親しんだこれらの剣技をよく使っている。
鍛冶工房に併設された水車と、角にある井戸が少し邪魔だが、剣技を発動できるぐらいには広い裏庭である。俺は新たな剣の重さを確かめると、一気に鞘から抜き放った。
シャリンッ、と澄んだ音を響かせた宵闇の剣は、闇よりも黒い。
だが、剣を後方へ水平に構え、技をイメージすると、漆黒の刀身に赤い燐光が灯って――旋緋。
一瞬にして加速した剣尖が、紅の軌跡を陽炎のように揺らしながら、振り抜かれる。遅れて、ずんっ、と重い音と共に剣風が広がる。
「よしっ!」
俺はその素晴らしい感触に、思わず拳を握った。
今まで使用してきた勇者専用装備・希望の剣よりも遥かに重いはずなのに、まるで長年の相棒かのように、宵闇の剣は手へ馴染む。完璧な重心の調整で、イザラに任せたのはやはり正解だった。
身体を起こした俺は、次に右腰近くで剣を構えて、引き絞る。青白い閃光が発生し、びりびりと空間を震えさせ、服の裾を激しくはためかせる。右足を深く踏み出す。途端、凄まじい速度で斬り上げられる。
そして、流れるように連撃技が繰り広げられる。
左下からの切り上げ。上段、下段。そして水平切りの次に前切り。次々と打ち込まれる奔流が虚空を切り裂き、流星群の如く彩る。
七連撃、八連撃、そして一層重い音を唸るように響かせ突き出された。
その突きはスターダスト・スパイクよりも劣るとはいえ、圧倒的なリーチと威力を誇る。ゆえに、剣尖は本来の間合い五メルを瞬時に駆け抜け、あろうことか、燐光は流星のように伸び続けて、かくも十五メル先の塀に接触するかという所で霧散した。
最上位奥義技スターダスト・レイン。俺が扱うものの中で、最も強い剣技である。
普通の剣技、特に古代流派剣術だと単発技か二連撃技しかないにも関わらず、これは驚異の九連撃。初見だと、絶対に対応できない。
そんな俺が愛用している技を見たエリアは、ぽつりと言葉を漏らした。
「きれい……」
「そうですな。美しいです。流星群のような剣技は私も見たことありません」
二人の感想へ便乗するかのように、イザラは言った。
「やっぱりエイジは凄いな。よくもまあ、そんな重い剣を軽々しく振るよ。俺だと、両手で持ち上げるのが精一杯なのにさ」
「これでも勇者だからな。まあ、この剣が振りやすいってのもある。製作者がいい鍛冶師なのだろうな」
「最高の誉め言葉だよ」
イザラが屈託なく笑う。
俺は左右に振り払うと、宵闇の剣を静かに鞘へ納める。
そろそろ夕食の時間だから、何か買ってくるよ。
エリアもクルーガも人前に出れないため、そう言おうとした時だった。
――ウボオオオオォォォッッ
と凄まじい咆哮が、夜空を埋め尽くさんばかりに響き渡った。まるで大地を揺らすかのようなそれは、きーんと耳鳴りを引き起こす。事実、地面がぐらぐらと揺れて感じ、エリアが倒れそうになったのを、咄嗟に、俺は抱えるように支えた。
「な、なんじゃ!?」
エリアが耳を塞ぎながら叫ぶ。俺にも何がなんだかわからなかった。しかし、咆哮ということは、それを発した生物がいるということだ。
「おい、まじかよ。あれは龍……か?」
イザラに指差された西の空を見上げた瞬間、エリアは鋭く息を呑んだ。
夜の帳は降りたはずなのに、空は夕焼けのように赤く染まり、その中心に巨体が浮いている。
ああ、――と俺は理解した。小龍が、なぜ小さい龍と呼ばれるのか、ずっと疑問だったのだ。そこまで脅威にはならない魔物だが、翼を広げたその姿はかなり大きい。今まで見た中ではトップクラスに大きい、だからこそなぜ名前は小龍なのか疑問だった。
しかし、それは小龍を歯牙にもかけない、巨躯だった。
「炎龍……」
誰とともなしに、その名前が呟かれたのだった。




