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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
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17 竹馬の友5340

 鍛冶の街、と呼ばれていても、魔界側の城門だからだろう。

 第十の刻なのも相まって、検問にならんでいる旅人はとても少なかった。

 フロゥグディの村を出て一週間、俺はエリアと共に鍛冶の街コズネスまで辿り着いた。

 ここは戦争の最前線として七十年ほど前に建設され、今では人界でも有数の街である。戦線に武器を提供する鍛冶場は、場内だけでもすでに五百を超えているらしい。互いの工房が切磋琢磨して武器を造り上げるため、品質のよい武器が安く手に入る。

 そんな魅力に溢れた街だが、問題があった。戦線に近いゆえ、アルベルト騎士団の影響がとても強いのだ。彼らと関わればきっとろくなことにならない。だからこそ、俺とエリアの正体を隠し保証してもらうために、商人ベゼルを雇っていた。

 そのお陰で、魔物使いのクルーガと別れた俺たちは、荷台に乗ったまま検問を無事安全に越えた。冒険者登録証の取得に加え、商人ギルド所属のベゼルさんの口添えにより、様相検査はあまりされなかった。もちろん魔族でないかローブを取り払って顔の確認が行われたが、その瞬間だけ例の奇術で誤魔化して事なきを得た。

 馬車から降り立ったエリアは、うわあ、と声にもならぬ歓声を上げた。

「凄いの、魔王城の城下町と遜色ない活気じゃ」

「そりゃそうだ、面積は狭いが人口が多い街だからな」

 ほとんどが石造りの商館を見上げたり、旨そうな匂いが漂ってくる露店を覗きに行ったりと、忙しそうなエリア。住民の半分が鍛冶師でもう半分が冒険者のような街だから、さながら毎日がお祭りみたいで、はしゃぐのも仕方ない。ただ、魔族特有の耳を隠すために被ったフードが、はためいていて危なっかしいと思った。白狐族の奇術は長時間の使用が難しいのである。

 だが、自覚しているようなので、放っておいても大丈夫だろう。

 俺はいったんベゼルへ向き直った。

「護衛はここまででいいですか?」

「ええ、短い間柄でしたが護衛して頂きありがとうございました。何か証明するものをご入用でしょうか」

「いえ、ギルドを通した依頼ではないため、必要ありません」

「そうですか。……ああ、それと――」

「?」

「これを差し上げましょう」

 そう言いながら渡されたのは二枚の面だ。狐、だろうか。上方に尖った両耳が特徴で、白地に赤で細目や鼻が描かれている。木材を切り出して作っているようで、かなり丁寧で丈夫な仕上がりであった。

「それは白狐族という種族が祭事などの宗教的な儀式に使うものですね。気休め程度にしかならないかもしれませんが、それがあれば赤い瞳を多少は誤魔化しやすくなるでしょう」

 それは明らかに魔族であるエリアとクルーガを意識した気遣いだった。完全に目元が隠れるわけではなく本当に気休め程度になるが、ないよりはあったほうがいい。俺はそこまで気が回っていなかったが、改めて気を引き締めなければならないと思い知らされた。

 今すぐエリアにこれを渡して装着させたいところだが、こんな人が行き交う街中で白昼堂々するわけにもいかない。俺は収納魔法に落とした。

「……ありがとうございます」

 俺が頭を下げると、ベゼルが姿勢を正した。

 別れの儀式であった。

「商会に用があれば私、ベゼルまで。それでは君達の旅に神の栄光があれ」

「栄光あれ」

 復唱と共に、互いの手を握り合う。

 握手で始まり、握手で終わる。商人が好む作法だ。

 機会があればベゼルと再会することもあるだろうが、その確率は限りなく低いだろう。その馬車が見えなくなれば、もう見つけ出すのは難しい。それでも、エリアは馬車が消えた方向に手を振り続けていた。

「……じゃあ、行くか」

 俺が声を掛けると、エリアはこくりと頷いた。

 秋の朝だから気温は控えめだというのに、目抜き通りの熱気は酷い。人々の話し声はまだいいほうで、値切り交渉の声はまるで怒鳴るようで、聴覚への刺激が強い。酒場の数も山ほどあるものだから、看板娘が冒険者を自身の店へ呼び入れようと頑張っていた。

 熱い、というより、暑苦しい。

 人の流れは粘性の高い液体のようで、間を縫うように歩いてもちっとも進まない。だから、横道へ入るのも自然だった。人込みも横道には溢れておらず、秋らしい心地よい空気に包まれる。両側が石造りの建物だから、ひんやりとしている。

 ここの城下町は密度が高く、それゆえ火事を防ぐために、ほとんどが石造りだ。だが、そのせいもあって建造時間が長く、開始されてから八十年経った今でも、まだ完成していないと聞く。少しづつ広く高密度になっているらしい。

 鍛冶の街であるコズネスは、フロゥグディと同じく、やはり城郭都市である。しかも、魔族の侵攻に対して計画的に建設されたものだから、多くの仕掛けがある。

 この横道は、それの最たるものだ。まるで蜘蛛の巣みたいに横道が張り巡らされ、迷路のように分岐点があちこちにあり、道は二人も並べないほど狭く、しかも意味のない階段を設けている。その様は、予め目的地への行き方を把握していないと迷いそうだ。ただ、そんな道には花壇があったり、洗濯物を干していたりと、生活感だけはあった。

 そんな迷路の分岐点をいくつか越えると、少し開けた広場にあたる。

「……っと、そろそろか」

 俺が呟くと、エリアは首を傾げた。

 しかし、すぐに言葉の意味を理解したようで、エリアは見上げた。

 わりと開けた場所。人目がない。要素は揃っている。

 次の瞬間、外套の裾をはためかせながら落下してきた黒い影が、俺たちのすぐ近くに着地した。その衝撃の凄まじさたるや。地面が少し爆ぜた。両足にどれほどの負荷がかかるのだろう。身体が頑丈な魔族だからこそできる芸当だろうか。

 そんな感想を俺が抱いていると、エリアはぱちくりと両目をしばたたかせた。

「お待たせしました、お嬢様」

「……おじさま。文句を言うわけではないのじゃが、もう少し目立たぬ方法があるとな」

 俺も同感だった。

 たぶん、上空に小龍(ドレイク)を滞空させ、飛び降りたのだろう。

 流石に見られていないだろうが、もし誰かに見られていたら大問題だった。

 クルーガはじとりとしたエリアの視線を受けて、肩を竦めた。

「いえいえ、これでも地味な登場ですよ」

 俺は言った。

「いや、そうでもないようだ。すぐに離れるぞ」

 見渡せば、先ほどの轟音は何事かと住民が窓から顔を覗かせている。このままだと、憲兵が駆け付けるのも時間の問題だった。すぐさま立ち去らなければ。

 しかし、エリアが考え込んだような素振りをして、一向に動こうとしない。

「どうしたんだ? 早くしないと、憲兵に見つかるぞ」

「いや、何か酷い違和感があっての……もう少しで原因がわかるのじゃが」

「後で考えてくれないか。今はここから離れるぞ」

 しぶしぶといった表情で、エリアは頷いた。

 俺はエリアの腕を引っ張って、先導する。早足にその場を去りながらも、目的地に向かう。

 迷路のような道は迷いそうだ。かつてここを訪れた吟遊詩人が、一度迷えば一週間は出られない、と言い残したそうで、言い得て妙だと思う。道順を覚えている俺にとっては関係なかった。

 いくつかの分岐点を攻略し、そろそろ変わらない景色に飽き始めた時、その店はあった。

 二階建てであっても、立派とは言えないような建物で、外見はごく普通の鍛冶工房である。

 路地に面している地上階部分には水車が併設されていて、炉の鞴にも研磨機にも接続できる汎用仕様。壁に掛けられた店の看板は、年月を匂わせるほど錆びていて、もう店名すら読み取れない。ただ、扉に吊り下げられた槌だけが、この店が鍛冶工房だと主張していた。

「よし」

 俺は意を決して、扉を開いた。まず目に付くのは多くの剣が所狭しと並べられた陳列棚、そして無人のカウンター。明らかに不用心だと思う。だが、両親がいない彼は一人で切り盛りしなければいけないのだから、仕方ない。

 一歩、足を踏み入れると、かんかんと懐かしい音が周期的に聞こえ、鼓膜を揺らした。

 店の工房へ繋がる扉からだ。

 俺は今度こそ迷わず、その扉をどんどんと叩く。甲高い音に負けじと叩き続けていると、来客に気が付いたようで音が止まって、代わりに足音が近づいてきた。

「なんだ? まだ店は始めてない……ぞ」

 少しだけ扉が開かれ、隙間から活発そうな青年が顔を出した。しかし、それがすぐさま頓狂な表情に変わったのは、俺の姿を認めたからか。

「おまっ、お前……」

「久しぶりだな、イザラ」

「お、おう」

 俺が手を差し出すと、呆けた表情のまま反射的に握り返してくる。その皮膚はやはり鍛冶師だけあって分厚く、逆に髪はツンツンと尖っている。久しぶりだが、彼は少しも変わっていなかった。

 我に返ったイザラは、そのまま俺の手をぶんぶんと上下に振って、まるで俺の存在を確かめるようだった。

「ぶ、無事だったんだな、エイジ」

「心配かけたな。ほら、この通り四肢は繋がったまま帰ってきたぞ」

「四年ぶり……だな。帰ってくるなら、手紙ぐらい送れよな」

 彼は昔のように、茶化して俺の背中を叩いた。

「すまん。……作業中だったみたいだが、今は大丈夫か?」

「問題ない。今から工房は臨時休業だ」

 ありがとう、と素直に感謝すると、彼は気恥ずかしそうに笑った。

 ああ、やはり変わっていない。

 笑う仕草も、話し方も、何もかも。

 対して、俺はどうだろうか。たぶん、俺は変わった。旅に出る前は、常に魔族への復讐だけを考えていて、暗い顔のままだったはずだ。

 俺が感慨深くなっていると、彼は思い出したかのように言った。

「ところで、エイジさ。その仲間は?」

 イザラが顎で俺の後ろを指す。

「あ、ああ……前の仲間とは別行動中で、今はこの二人と行動している。えっと、こちらがエリアで、こちらがクルーガだ」

 次にイザラの紹介を行う。

「で、こちらが俺の親友イザラ。親父から工房を受け継いだ半人前だ」

「それは四年前の情報だろ? 今は既に一人前さ」

「成長したんだな」

 それはお前もさ、とイザラは笑った。その気さくな仕草も、なにもかもが懐かしい。やはり、四年間という歳月は様々な変化をもたらすが、同時に、変化していない確かな友情だってそこにはあった。

「で、どうして他の仲間がいないのか、どうしてここに帰って来たのかは聞かないでおくさ。その二人はどちらもフードを被っていて、怪しいことこの上ないがな……」

「助かる」

 俺としては「人界の希望を背負っていた勇者が、どこの馬の骨かもわからない少女となぜ帰って来たんだ」と批判される覚悟だったわけだが、その理由を聞かないのは有り難かった。言葉にしていないが魔族であることも悟っているのだろう。しかし、彼は俺ほどに魔族を恨んでいなかったし、連れてきたのが俺だから信じてくれるのだろう。

 懸念はなくなった。

 だから、用事を先に終わらせようと思った。

「ところで、頼みがある。片手直剣を一本、今日中に造れるか?」

「突然帰って来て、依頼か。……まあ、いいけどよ、なぜ今日中なんだ?」

 俺は剣を鞘ごと引き抜くと、ごとりとカウンターの上へ置いた。

 イザラは俺の意図を理解したらしく、鞘から抜刀すると、その刃に光を当てる。

「確か銘は、希望の剣だったな。伝説の金属オリハルコンと黄鉄鉱の合金で、軽いうえに頑丈と聞くが……こりゃ、酷いな。刃がぼろぼろで、すぐに折れてもおかしくない」

 刃に光を当てているから、よくわかる。全体に細かい傷が多く、放置していると、ぽっきりそこから折れてしまうのだ。

 勇者専用装備として製作された希望の剣。その実用性と希少性から伝説と呼ばれるオリハルコン、それを使用した剣。そんな業物をぼろぼろにした元凶であるニードルベアの毛皮は、どれほど硬かったのか。そして、やつを突然変異させた魔王の魔力は、どれほど危険なのか。今更ながらに恐ろしかった。

 そんなことを考えていると、イザラは頷いた。

「確かに、これだと新しい剣をすぐ造ったほうがいいな。素材はどうする? 鋼か真鍮か、はたまた伝説の金属か。恐れ多いが、この剣を鋳潰してもいいぞ」

「いや、必要ない。旅のお土産で、伝説の金属を持って帰ってきたから。名前はアダマント」

 もしくは、アダマンタイトとも呼ばれる。不壊黒鉄という異名を持つ、オリハルコンと同じ伝説の金属の一角だ。そもそもの流通量が少ないうえに、その加工難度の高さから、アダマントで造られた剣は凄い価値を持つ。

 俺はニードルベアの討伐報酬であるアダマントを、緩めた腰帯から抜き出してカウンターに置いた。

 イザラは簡単に取り出された伝説の金属へ驚いた顔を見せたが、すぐに職人の顔へ切り替わる。

「イザラ。扱ったことあるか?」

「……ない。だが、これならその剣よりもいいやつを造れそうだ」

「頼む」

「なにいってるんだ?」

 俺が怪訝な顔をすると、イザラはニヤッと不敵に笑った。

「エイジも手伝うんだよ」


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