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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
14/72

14 道中にて11020

 空は澄み渡り、遠くの山脈まではっきりと見渡せる。

 現在の時刻は、第十の刻。太陽はまだ完全に昇り切っていないし、季節が秋だということも相まって、少し肌寒い。

 冬を迎える前の季節なので、天気はころころと移り行く。今の時点ではとても雨など降りそうもないのに、昨夜はずっと雨が降り続けていた。そのせいで、地面はぐしゃぐしゃにぬかるみ、地面が固まるまで馬車を動かせなくなったのだ。

 本来、馬車よりも徒歩のほうが天気に左右されないため、瞬間的な移動速度は遅くても、最終的には速くなる。それなのに、俺がコズネスへ向かう移動手段に馬車を選んだのには、もちろん理由がある。

 例えば、徒歩で大きな街に入る場合、検問でいろいろと検査されることになる。対象者の出身地に旅の経路など、多くを調べられる。しかし、商人ギルドに所属していて身分が保証されている場合、検査は組合証を見せるだけで通り抜けられる。そして、その商人の同行者も同様だ。

 そして、エリアは魔族で耳が尖っていたりと、身体的特徴がはっきりとしている。だから、フードの下まで確認されるわけにはいかなかった。白狐族に教えられた秘術があるけれど、万全を期すに越したことはない。ゆえに、商人の護衛依頼を利用して、安全に城壁を通り抜けようと考えたのだ。もちろん、いつぞやのように城壁を飛び越える方法もあるが、コズネスの城壁はフロゥグディよりもずっと高く、失敗する未来しか考えられない。成功したとしても、誰かに目撃されれば大事になるのは自明だった。

 また、エリアが旅に不慣れなことも問題だった。俺だけだったら普通に野宿でもできるが、エリアは完全なお嬢様である。魔力の形質変換で体力が向上していようとも、歩き続けれると思えないし、野宿ができるとも思わない。徒歩に代わる移動手段が必要なのは、これまた自明だった。

 そこで、俺はフロゥグディの村長に頼み込んで、コズネスへ向かう予定だった商人ベゼルと引き合わせてもらったのだ。

 そんな渡りに船で始まった短い旅は、折り返しを過ぎてもう四日目。しかし、あと三日という所で雨に降られ、現在は地面が固まるまで暇していたわけで、だからこそ、俺はエリアに剣の手ほどきをしていた。

「剣技は魔法と違い、イメージの強さが最も大切だ」

 そう言いながら、俺は剣を振り下ろす。紅弦と呼ばれる剣技と似た動きだが、技のイメージはしていないため、赤い燐光は纏っていない。

 そして、俺の動きを真似るように、エリアが自分の剣を振り下ろした。確かに、魔力の形質変換による身体能力強化の影響は感じられ、わりと軽々しく星空の剣を扱っているが、いささか危なっかしく感じる。

 だが、教えて三時間ほどなのに、かなり上達しているとは感じる。元々が優秀で、呑み込みが早いのだ。

「それじゃあ、実際に剣技を発動しよう。まずは、中腰になって……」

 俺の動きを真似て、エリアは右足を引いた。

「剣を担ぐように構える」

 担ぐといっても、剣の腹を右肩に載せるような感覚だ。

「ただ振り下ろすだけじゃなくて、剣技のイメージをするんだ。俺がやっていたみたいに、剣が赤く燃える光景を思い浮かべて……」

 俺の剣がまるで自分の意志のように、ほのかな赤い燐光を帯びる。

 これが、剣技だ。イメージを世界の理が汲み取り、発動を補助してくれる。だからこそ、技のイメージができなければ、いくら素振りしていても発動しない。

 右肩に構えられたエリアの剣は、少しもぶれていない。が、やはりイメージが足らないようで、剣技は発動しない。額から流れ落ちる汗水が、エリアの真剣度合いを表していた。

「焦らずに自己暗示するんだ。剣技を使えるって……その剣が赤く染まり深紅に輝き炎のように燃え盛る、その光景を想像するんだ」

 すうー、と深呼吸してから、より深く腰を下げられ、星空の剣は引き絞られる。途端、今度こそ剣技が発動したようで、薄い燐光が浮かび上がった。上昇気流が生じ、その長い黒髪が揺れる。星空のごとく刀身に散りばめられた魔石の粒が、赤い光をきらきらと反射する。

「たあっ!」

 掛け声と共に、クリムゾン色の剣が打ち出され、凄まじい速度で振り下ろされた。ずんっ、と空気を切り裂く音が響き、刃は虚空に赤い軌跡を残す。

 古代流派剣術オルドモデル、紅弦。まだ危なげな発動だが、動きは完全に再現できていた。

「……やっ、やっ」

 奇妙な声を上げながら、エリアが振り向いた。自分ができるとは思ってなかったのか、あわあわと口元を震わせていた。だが、最後には満面の笑みが広がる。

「やったぞ、エイジ。やったぞ!」

「完璧だ。古代流派剣術オルドモデル、紅弦の会得だな」

「……妾は、妾はついに剣技が使えるようになったのだ!」

 感極まったのか、エリアがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 危ない、危ない。剣を片手に、飛び跳ねてるぞ。

 呆れると同時に、俺は感心もしていた。

「しかし、凄いな。過去の俺は会得に三カ月も必要としたのに、お前はたったの三時間か」

「妾は魔王だからな!」

 そう言いながら、エリアは何度も剣を構え、剣技の発動で遊んでいる。一度できたので、感覚を掴んだようだ。俺がその光景を見ていると、エリアが急に何か気付いたように、首を傾げた。

「して、エイジ。その……加護ってなんなのだ?」

「加護?」

「そなたがいつも言っておるじゃろ? 今更じゃが、あまり意味を知らなくての」

 本当に今更の質問だ。

「あ、ああ……加護ってのは、神に寵愛を受けている証のようなものだ」

 急なエリアの問いに、言い淀みながらも答える。

 今まで深く加護について考えたこともなかったが、加護とはすなわち女神からの寵愛だ。

 人界では、創造の女神が信仰されている。伝説では、天と地を、太陽を、そして人族を三日三晩で創造したという。流石にそれは言いすぎだとは思うが、その女神が実在しているのに疑いはない。彼女はたまにお告げをしたり、気まぐれで加護を与えたりするからだ。

 加護の内容は千差万別で、戦闘能力を向上させるものや、視力を強化したり、動物と話せるようになったりする。つまりは、加護持ちは一国に五人程度は存在するし、そこまで珍しいものでもない。俺の仲間だった魔術師少女アガサも戦闘に関する加護を得ているぐらいだ。

 そして、強靭な肉体と戦闘能力を得た俺は、整世教会に推薦されて、魔王を討つための七代目勇者へ選ばれた。

「ふむ、その女神とやらは唯一神であろうよな?」

「知っているんだな。そうだ、今は女神しかいない。遥か昔は他に男神がいたとかの伝説があるらしいが、詳しくは知らないな。……そういえば、魔界ではどうなんだ? 何度か加護を持っているらしいやつと戦ったことがあるが、それって魔界にも神様がいるということだろ?」

「そうじゃの、人界と異なり神は多いの。なにしろ、歴代魔王のほとんどが死後に神様となるわけだからな」

「……つまり?」

「妾も神様になる可能性があるわけじゃ。まあ、死んでもすぐに神様となるわけじゃないがの。妾の父親……先代魔王もまだ神様になっておらぬ」

 へえ、と素直に頷く。

 それは知らなかった。魔界にも長いこといたが、そこまで調べた事もなかったから。そうなると、気になることがあった。

「質問なんだが、エリアと出会った教会では人界での聖母像みたいなものが飾ってあっただろ? あれも魔王だったのか?」

「よく覚えておるの。あれは予想じゃが、二代目聡明の魔王テレスだろうな。書籍が好きで、あらゆる事象や故事を記録していたという。余談じゃが、妾に加護を与えたのは、五代目慈愛の魔王リューリエじゃの。彼女は魔界に住む様々な民族を差別せず、平等に統治したのだ。加護は似た者に渡されやすいからの」

 つまりは、人族との和平を望んだエリアと、五代目魔王の相性がよかったのだという。

 どんな能力を貰ったんだろう……と考えてから、思い直す。考えるまでもない、その膨大な魔力と八重魔法(オクタプルクラフト)だろう。今は身体能力に変換されたようだが。

 ちなみに、俺の方では、加護による新たな剣技も取得している。ニードルベアとの戦闘時にも使用していた、スターダスト・スパイクとレインだ。これらは普通の剣技と異なる、青白い燐光を纏い、そして卓越した威力が特徴だ。しかし、これは歴代の勇者にしか使えないため、エリアに教えることはできない。

「そろそろお昼です」

 と、俺がエリアと加護について話していると、雇い主の商人ベゼルが現れた。

 中年の男性で、いかにも商人らしく立派な腹回りで、地面がぬかるんでいる今日もまた靴がきっちりと磨かれている。顔は印象のよい柔和な雰囲気だ。

「食事の準備ができましたので、声を掛けに来ました」

「今日も、ありがとうございます」

「いえいえ、報酬の代わりには及びませんし、食材はお二人に狩ってもらった鹿の肉ですから」

 ベゼルに促され、荷馬車の裏に移動する。

 荷台を風除けとして焚かれた火で、スープが煮込まれている。漂う旨そうな匂いに、空腹が激しい主張をする。

「ささ、どうぞ」

 器に注がれたスープと一緒に、白パンまで出してくれた。ライ麦でもなく大麦でもなく、わりと高級品な白パンだ。

「それでは、神の恵みを」

「「神の恵みを」」

 スプーンで掬い、一口飲んでみる。瞬間、広がるのは爽やかな旨味だ。中に入っている鹿の肉は歯応えが良く、これもまた野生の旨味がよい。白パンはスープに浸すと、なおさらよい。特にスープだから身体中が温まって、冷たい風で固まっていた筋肉が弛緩する。

 仲間と魔界を旅していた頃は、魔術師のアガサが収納魔法で食べ物を保管していたが、ほとんど味のしないものだった。それにくらべると、こうやって暖かい料理を食べられるのは、平和で幸せなことなんだろう。

 食事の合間には、他愛ない会話が飛び交う。

「ところで、エイルさん。体の調子はどうですか?」

「かなり左手も治ってきたみたいで、今ならニードルベアとの再戦だって出来そうです」

「その時は、次こそ素材を譲ってくださいね」

 俺の冗談に笑いながら冗談を返してくれる。

 俺とニードルベアとの戦闘は、左手がぐちゃぐちゃになったり身体中に穴が開いたりと散々だった。が、その傷はもうどこにも見えない。大怪我が僅か五日弱で回復したのは、加護による強靭な肉体と、エリアに常時展開してもらっていた補填魔法のおかげだ。

「聞くところによると、エイルさんが討伐したニードルベアの素材には、価値が付けられなかったそうですね。突然変異だかで、素晴らしく頑丈な皮になっていたようです。もし私の日程にもっと余裕があれば、どれほど高くなろうと買い取りましたのに……」

「そういえば、ベゼルさんは普段どんな商いをしているのですか?」

「そうですねえ、私はどんな商品も取り扱っていますね。人界にはない珍しい商品を魔界で仕入れて、コズネスで売り捌く。逆に人界で仕入れて魔界で売ることもあります。簡単に聞こえますが、戦線を越えるのは危険なわけで、他の商会は真似できんようですよ。それゆえに、がっぽりと稼がせていただいてます」

 わっはは、とベゼルが豪勢に笑う。

 商人ベゼルはその存在からして商人だ。彼は俺の正体はともかく、エリアが魔族だということはもう悟っているはずだ。顔の造形を変える秘術は魔力効率が悪くて常時使えないようで、何度もエリアは赤い瞳と尖った耳を彼に見せてしまっていたが、知らぬ顔で彼からは何も聞いてこない。商人は客の信頼を大切にする、と昔から伝わる情報はベゼルにも当てはまるのだろう。そしてあの村長はたぶんそこまで見越して俺にベゼルを引き合わしたのだ。

 そんな他愛のない話をしながら、たちまち皿を空にして、俺とエリアはおかわりしたスープも一瞬で腹の中へ納めた。

「ご馳走を頂き、ありがとうございました」

 お礼を述べるとベゼルは、いえいえと首を振った。

「地面が固まりましたのでそろそろ出発します、いいですか?」

「はい」

 焚火を消して、広げていた道具はベゼルが収納魔法内に入れた。

 俺たちが荷台に乗り込み、荷物の狭い隙間に身をねじ込む。ベゼルが御者台に乗ると、馬車がゆっくりと走り始める。景色が流れ、馬車は大きな湖の傍を通る。

 大雨により所々ぬかるんでいたり、水溜まりがあったりするので、少し街道を離れることもある。が、やはり整備された街道は、路面が石畳でなくても、その走りやすさの恩恵を感じる。

 そもそもの話、フロゥグディは魔界と人界の緩衝地だが、実際は非公式な存在。だからこそ、両陣営はこの村に街道を引いていないが、根気よく足を運ぶ商人によって地面が踏み固められ、街道が形成するに至ったらしい。

「……エイジ」

 走りだしてから二時間ほどだった。くいくい、とエリアが俺の裾くいくいとを引っ張ってきた。

「なんだ?」

「何か、魔力を纏ったものが後ろから追ってきておる……魔物じゃの」

「は?」

 その顔は切迫した表情だ。冗談を言っているようには思えなかった。

 俺には何も感じられなかったが、すぐさま身を起こして、後ろに流れていく景色を見る。

「あれは……なんだ?」

 群青色の空に、ぽつんと黒い何かが浮いていた。まるで月みたいに強調されて目立つそれは、月よりもさらに異質的な何かだ。

 加護により補正された視力で、やっと見えるほど小さいそれは、時間が経つとどんどん大きくなってきている。考えなくても、わかってしまう。正体不明の黒い物体は、この馬車を追いかけている。

「ベゼルさん、馬車を飛ばしてください!」

 俺は荷台から御者台へ顔を出すなり、言った。

「急にどうしたんです!?」

「後ろから何かが追ってきています」

 振り返るベゼルを制し、馬車の速度を上げさせる。身体にぐっと慣性が働き、みるみるうちに馬車は加速していく。草原の景色が後方へ流れ、その速さが伺える。いい馬なのだろう。まるで矢のように街道を駆ける。

 だが、後方の物体はより凄まじい速度で接近していた。豆粒のように小さく見えていた飛行物体は、今でははっきりと正体が視認できる。

「あれは……」

 それは、黒い小龍(ドレイク)だった。

 風魔法による高い飛翔能力を持ち、その鋭い爪による攻撃が有名だが、小柄な肉体で魔法に対する耐性も低いため、最弱の龍種と呼ばれる。地上から魔法で狙うだけの動く的だ。それゆえに、一般的な冒険者が苦戦するような相手ではなかった。

 しかし、馬車に乗っている現状、常識は通用しない。

 小龍(ドレイク)が馬車を狙っているとすれば、俺たちは馬車を守りながら戦わなければならない。しかも、相手は飛ぶ魔物だ。馬車は自分で自分を守れないのだから、空から一方的に攻撃されてしまう。それは何としてでも回避しなければならない問題だった。

 機先を期すために、俺は魔法の詠唱を始める。

「――熱素召喚(サモンフレイムエレメント)

 俺はあまり魔法が得意ではなかった。とはいえ、相手は剣の届かない場所にいるのだ。熱素を起句で顕現させ、多くの装句を繋げて、威力と精度を上昇させる。だが、魔法を放つのは、ぎりぎりまで引き寄せてからだ。

 しかし、――

「なっ!?」

 ――小龍(ドレイク)は馬車の上空を通りすぎる。そして、予想外のことに、街道の遥か前方で小龍(ドレイク)は反転すると、空から降り立った。

 まるで、馬車の行く手を阻むように。

「――ベゼルさんッッ!」

「わかってます、覚悟はできています」

 言うが早いか、馬車は急制動され停止する。

 馬車の向きは簡単には変えられない。どの道、この馬車は逃げられない。商人ベゼルは瞬時に、この馬車を見捨てると決めたのだ。商品も載っているようだが、本当に大切なものは収納魔法の中。何も持たず、できるだけ身軽に逃げる。

 そして、小龍(ドレイク)が馬車を襲っている間に、近場の森へ移動する。木が乱立している場所だと上空からの攻撃は気にしなくていいため、森まで逃げ込めば、とりあえずは安全だ。今の俺は護衛依頼を受けている身である。小龍(ドレイク)の討伐よりも、商人ベゼルの安全を第一に考えるべきだ。

 ところが、そのような作戦を考えていた俺が見たのは、思いもよらない光景だった。

「おじさま!」

「……は?」

 頓狂な声を上げてしまったのも、仕方ない。

 俺が見たのは、その小龍(ドレイク)の背から飛び降りた人影と、荷台から飛び出してその人影に駆け寄るエリアの姿だった。

 勢いのままエリアはその人影にひしっと飛びついて抱擁を交わし、俺を唖然とさせるには充分だった。

 知り合い……なのか?

 小龍(ドレイク)が隣にいるのだ。万が一のこともある。俺はいつでも剣を鞘から抜き放てるように保持したまま、二人の元へ近付く。

 エリアの傍にいたのは男だった。

 ひょろりとした長身で、エリアと同じ紅玉の瞳。そして、魔族特有の尖った耳。装束は黒服で白の手袋という執事のような印象を与え、武器は持っていない。その魔族特有の耳を隠すためか、エリアと同じように黒いフードを被っている。

 彼は近付く俺の姿を認めると、腰を折って挨拶した。

「初めまして……えっと?」

 俺の名前を知らないがため言葉が途切れた男に、エリアが言う。

「妾が紹介しよう。彼は……冒険者エイルじゃ。妾の同盟相手となり、今は行動を共にしておる」

 エリアが本名ではなく偽名で俺を紹介したのは、近くに商人ベゼルがいるからだろう。薄々と俺の正体に気付いているかもしれないが、こちらから漏らす義理はない。エリアの説明を受けて、男は再度俺に向き合った。

「では改めてお初にお目にかかります、冒険者エイル殿。私はエリアお嬢さまの騎士である、クルーガと申します」

「――騎士?」

「ええ、この命に代えてもエリアお嬢さまを護るのが私の使命です。とはいっても、剣の才能はとんとありませんので、魔物使いをやらせていただいています」

 その言葉で俺は素直に驚いた。

 冒険者は冒険者でも、戦い方に個性が出る。

 剣を使う者。槍を使う者。盾斧を使う者。魔法一筋の者。

 しかし、中には魔物使いと呼ばれる奴らがいる。

 魔物を飼いならし、使役して戦闘する者たちである。自身が弱くとも、上位の魔物を従えれば強くなれる。理論上では、最強の冒険者であった。

 だが、そもそも手懐けるには、その魔物の子供を攫って教育する必要があると同時に、上位の魔物なんて滅多に見ることができない。同時に、魔物へ命令を聞かせることができるようになるまで、どれほど気長に待てばいいのか。しかも、上位の魔物は例え子供だとしても強すぎる。さほど魔物使いが秀でていなければ、調教なんて不可能だろう。珍しくなるのも当然だろう。

 だからこそ、その男が小龍(ドレイク)を使役している魔物使いだと気付いた時は、俺は驚いたのだ。

 小龍(ドレイク)は龍種の魔物では最も弱い魔物であるが、空を飛ぶし、その巣は絶壁にあることが多い。使役できるなんて、考えられなかった。ただ、眼前には男が従えていると思われる本物の小龍(ドレイク)がいるのだから、信じるより他はない。

 俺はもう一度、クルーガと名乗った男の全身を観察する。年齢は外見から推測するに、俺より僅かな年上だろうか。しかし、柔らかすぎる物腰でもっと年上にも感じる。掴みどころのない人物だ。

 いつだったか、親代わりに世話してくれた騎士がいた、とエリアは言っていた。彼がそうなんだろうか。確かに、彼は騎士と名乗ったのだし、と俺は考えた。

 彼は俺を値踏みするように一瞥した後、言った。

「さてエイル殿、エリア様の相手をしていただき、ありがとうございました」

 恭しく感謝を述べるクルーガに、エリアはどこか嫌な予感がしたのかたじろいだ。

「そ、その前にじゃ、おじさまがなぜ妾を追いかけてきたのかや?」

「……エリア様が魔王城を飛び出したため、元老院は大混乱に陥っています。旅は暫し中断して、魔王城へ戻っていただけますでしょうか」

 クルーガは魔王エリアを連れ戻しに来たのか。考えればその通りだ。魔族を統べる魔王がいなくなれば、大混乱になるのは違いない。連れ戻し役が派遣されるのも当たり前だろう。しかし、エリアを連行されるわけにはいかない。俺が言葉を挟もうとすると、エリアはきっぱりと拒否した。

「嫌じゃ! そもそも、戦争を終わらしたくば人界へ行け、と言ったのはクルーガであろう。そなたに妾を連れ戻す権利はあるまい」

 そっぽを向いたエリアに、クルーガは溜息を付いた。

「……そう言うと思っていましたよ。ですので、私は旅の護衛として派遣されました」

 その言葉に、エリアの顔がぱっと輝く。

「ならば!」

「ええ、エリア嬢様を連れ戻すことはありませんよ。というわけで、エイル殿。護衛として旅をご一緒させて貰ってもよろしいですか?」

「あ、ああ」

 急に振られた言葉に俺は頷いた。

 彼が旅に同行しても問題はないだろう。先ほどの会話から、エリアに今回の旅を提案したのは、クルーガだと判明した。つまり、彼もまた世界平和を望んでいるはずだ。

 思い返せば、人族と魔族は別の大陸で生まれただけで、根本的な性質はほとんど同じだ。だから、争うのは馬鹿らしいし、俺としてはクルーガの申し出は受け入れやすい物だった。問題は俺の正体が勇者であるとクルーガが知った時にどうなるかだが、それはその時に考えればいいだろう。

 すると、いつの間にか傍まで来ていて黙って話を聞いていたベゼルが、おもむろに口を開いた。

「同行するのはよろしいのですが、荷台にはあまり乗るスペースがありませんし……見たところ、クルーガさんは魔族ですよね」

「はい、その通りですが」

「私が商人特権として身分を保証できるのは二人までのはずですので、クルーガさんはコズネスの街へ入れないですよ」

 確かに、と思う。

 俺が移動手段で馬車を選んだのは、城壁を越える際に、エリアが魔族だと気付かれないようにするためだ。顔の造形を変える奇術があるとしても、万能ではないのである。

 フロゥグディの村では、魔族も人族もみな平等。だが、人族の主要都市コズネスでは、そうもいかない。最前線の街だからこそ魔族の侵攻に備えられているわけだから、魔族へ対する偏見も強い。

 だから、城門へ入る時には冒険者登録証などの、身分を証明するものが必ず検査される。その点でいわば、クルーガは入城できなさそうだが。

「いえ、私は小龍(ドレイク)で城壁を越えて上空から侵入します。それならいいでしょう?」

「……なにも聞かなかったことにします。ただし、これだけは言わせてください。くれぐれも問題を起こさないように。大事になれば、私の首が飛びますので。それだけです」

 商人のベゼルは、我関せずを貫くようで、踵を返して御者台へ乗り込んだ。どうやら、これ以上は話を聞かないらしい。そもそもの話で、一介の商人である彼の前で、勇者や魔王だとかの正体に関係する話をしていたのは少し危なかった。彼の我関せずといった態度に救われた。

 ちらっと、そちらを伺ったクルーガは、少し真面目な話を始める。

「ところで、エリアお嬢さま」

「うぬ?」

「失礼ながら、私にはお嬢さまの魔力が僅かにしか感じられないのですが……何かあったのですか?」

「それはの、既に変換魔法で基礎身体能力に置き換えたゆえであろう」

「それでは……」

「クルーガとお揃いじゃの」

「……これからのことを考えると支障にはなりませんので、まあ、いいでしょう」

 何やら納得しているクルーガに、俺は尋ねる。

「お揃い、ってなんだ? クルーガさんも変換魔法とやらを使ったのか?」

 疑問の声を受けたクルーガは、自嘲するように笑った。

「エイル殿、そうではございません。お恥ずかしい限りですが、私は魔族でありながら魔法に対する適正がなかったため、生来から魔法を使えないのです。エリアお嬢さまからすれば、自慢の八重魔法(オクタプルクラフト)が使えなくなるのは、魔法が全く発動できないのと同義。だから、エリア様はお揃いと表現したのですよ」

「それは……珍しいな」

 珍しい。それが俺の感想だった。

 魔法とは剣技と異なり、発動がとても簡単だ。魔力量の問題を除くと、詠唱さえ間違えず正確に行えば、必ず対応した魔法が発動する。だから、魔法はどんな子供でも扱える。

 ただし、地霊族のような、一部の種族は魔法が使えないという。だから、魔法が使えない魔族は珍しいとしても、不思議ではなかった。だが、クルーガは外見的特徴からすると、エリアと同じ魔人族のはずなため、魔法が使えるはずだと思った。

 とはいえ、そこまで聞くのは野暮なものだ。

 俺は疑問を抱きながらも、言った。

「魔法を使えないというのは……生活面でも戦闘面でも辛いな」

「そうですね、それゆえに、こうして魔物を従えなければ戦えない。このような魔族の面汚しでありますが、何卒宜しくお願い致します」

「……こちらこそ、クルーガさん」

「クルーガ、と呼び捨てで結構です」

「じゃあ、よろしく。クルーガ」

 がっしりと握手を交わす。

 その様子を黙って見ていたエリアは、握手が終わると、わくわくといった視線でクルーガに尋ねる。

「して、おじさまは城門の少し前で荷台から降りる予定で、いいかや?」

「お嬢さま、私はこのまま小龍(ドレイク)に乗って行こうかと思っていますが……」

「城門の前までは一緒にいられるじゃろ? この荷台も寄れば三人で座れるじゃろ」

「……わかりました、お嬢さま」

 クルーガは渋々頷くと、寛いでいた小龍(ドレイク)に指示する。城門まで先行するように、と。

 ふるふると了承の声を出した小龍(ドレイク)は、その広い翼を広げる。無意識下で召喚した風素で浮かび上がり、その漆黒の両翼でばさりばさりと空を押しながら、悠々と空を駆けていく。

 その様子を見送ってから、言った。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

 フードを被ってはいるが、できるだけ人目に触れないようにクルーガ、エリア、そして俺という順番で幌の中に乗り込む。ただ、やはり最初から空間が狭いため、三人になると窮屈だ。

「それでは、動かします」

 商人ベゼルの声で、馬車が動き始める。鍛冶の街コズネスとの交易路は戦争中という建前のため、整備されていないが、その轍はしっかりとしたものだ。足繁く通う商人により、道なき道が開拓され、今のように一本の街道となっている。

 街道の先にあるのは、鍛冶の街コズネス。

 戦争の最前線にあたる街だが、それゆえに活気に溢れ、豊かな街だと聞いている。

 短き旅の日程は折り返して、残り三日程度。だが、それもまた長き旅の第一歩で、どこまでもどこまでもこの物語は続くのだ。そんな予感がした。


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