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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
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12 酒と旨い飯4775

 広場に移動した俺たちを出迎えたのは、うまそうな匂いだった。吟遊詩人が紡ぐ歌声や、酒のジョッキをぶつけ合う音が響く。臨時の出店も展開されていて、冒険者の間を酒屋の看板娘たちが縫うように移動する。見ているだけで楽しそうな宴の様相だ。

 既に新しい装備に着替えたものだから、人目を避ける必要はない。堂々とした歩みでその人混みに近付く。

「宴の主役がやってきたぞ! ニードルベアを倒した、村の英雄のお通りだ!」

 めざとく俺の姿を見つけた冒険者が、声を張り上げる。すると、まるで海が割れるように、広場の中心までの道が開かれた。左右からの拍手を受けながら、俺とエリアは歩み進んだ。

「待っておったぞ、冒険者殿」

 歩み出てきたのは、爽やかが第一印象の青年だ。ギルドマスターは魔族だったが、村長はいたって普通の人族であった。彼は優しそうに俺の名を問う。

「僭越ながら、冒険者殿の名前を聞かせてもらってもよいだろうか」

 俺はやはり偽名で答える。

「エイルです」

「では、冒険者エイル殿。私はフロゥグディの村長であるゆえに、この村の代表として、礼を言わせてもらいたい」

 村長と名乗る青年は姿勢を正し、そして深々と頭を下げた。

「この度はニードルベアという脅威から村を救って頂き、誠に感謝する。エイル殿がいなければ、この村に明日はなかった。それに百獣の牙を助けてくれたことにも重ねて感謝を。彼らは中級冒険者になったばかりの有望株なのだ。そなたたちが助太刀に入らなければ、出血が多くて助からなかったかもしれない」

「い、いえ、顔を上げてください。私は冒険者として当然のことをしたまでです」

 誠意が込められた感謝の言葉に、俺は慌てて手を振った。

 そもそも、あのニードルベアが凶暴化した原因は、エリアが森で魔力を解放したことだ。自作自演にも程があるから、感謝される筋合いはない。しかし、そんな裏の事情を話すわけにはいかないからこそ、何も知らない村長は爽やかに笑う。

「そうか、そう言ってもらえると、私も気が楽だ」

「百獣の牙は……彼らは無事なんですか?」

 気になっていたことを静かに聞くと、村長は安心させるように答える。

「心配はいらない。傷はそれなりの深さだったようだが、安静にしていれば治るようだ。一カ月ほどで冒険者活動に支障がないほど回復する見込みである。それに彼らは村を護るため立ち上がった称えるべき英雄だ。活動できない間も保障はある」

「それはよかったですね」

 心からの言葉だった。彼らは見方によれば俺たちに巻き込まれた被害者である。ここで何か取り返しのつかないことになっていたら、申し訳なさで一杯だった。百獣の牙は四人編成のバランスが取れたパーティーだ。活動が再開できたら、事前に作戦を立てており連携もしっかりしているぐらいだから、油断さえしなければもっと高みに行けるだろう。楽しみだった。

「今宵はささやかだが宴を用意したので、楽しんでもらいたい」

「ありがとうございます」

 俺たちは村長に勧められて広場の中心へ移動し、腰を下ろした。俺とエリアは並んで座り、その向かいに村長が座った。彼が片手を挙げると、料理とジョッキに注がれた酒が運ばれる。中には内陸では滅多に食べられない海の幸まである。どうやって運んだのだろうか。村長は全員に酒が配られたのを確認すると、ジョッキを掲げた。

「それでは、フロゥグディの英雄エイルに乾杯」

「「乾杯ッッ!」」

 俺たちだけでなく、広場にいる冒険者たちもジョッキを掲げ、宴は始まったのだ。

 エリアと俺はまず酒を口内に含む。琥珀色の酒は、うまい。麦とホップの吹き抜ける苦みと、舌に残る果実の甘酸っぱさがちょうどいい。柑橘系だろうか。

 それにしても、俺は旅の途中で成人の儀を迎えているが、エリアはまだ成人ではないだろう。とはいえ、解毒魔法もあるから、心配する必要はないと思った。

 俺はジョッキを片手に尋ねる。

「このお酒は? オレンジの風味を感じますね」

「おお、わかるか。刻んだオレンジの皮と一緒に発酵させるという、南地の製法を真似た地酒だ。仕事が無い時に趣味で造っているのだが……」

「美味しいです」

 そう言い、俺は料理に手を伸ばした。選んだのは、広い葉で包んで蒸した何か。見た目では判別しかねるが、その匂いに食欲がそそられたのだ。

 固定していた串を抜いてから開けると、湯気と一緒に甘い匂いが立ち上った。

「その料理は南地の果物と鶏肉とを一緒に蒸し焼きにした物だ」

 説明の通り、丸鶏と色とりどりの果物が並べられている。甘い匂いに惹き付けられたように小さく切って、フォークで口内へ放り込んだ。

 直後、南地の果物の優しい甘みが広がり、噛んだ瞬間、蒸されて凝縮した肉汁の旨味が舌を焦がした。酸っぱさと甘さが調和しているのは、輪切りにされたパイナップルだろう。うまい、うますぎる。なんだこの料理、うますぎるぞ。

 勇者として活動していた頃には何度も人界の宴へ呼ばれていたが、その中でも群を抜いてうまい。特に、ここは人界と魔界の境であるから、両方の長所を取り入れることができるのだろうか。これは元仲間で偏食の魔術師少女も気に入る味だろう。

 そんな感動を抱きながら食べていると、隣のエリアは既に丸鶏を食べ終えていて、新たな料理に手を伸ばしていたところだった。

「お前、いくらなんでも食べるのが速すぎだろ……」

 俺が指摘すると、村長がジョッキを片手に笑った。

「いやいや、この宴は貴方たち二人のために用意したゆえに、遠慮せず食べてくれ。エイル殿だけでなく、お嬢さんの魔法も凄かった」

「うぬ、村長もこう言っておるのだし、食べ尽くしても文句なかろう。思い返せば、村へ来てから妾は何も食べてないぞ」

 くそっ、形勢不利だ。ここは退くに限る。

 俺は同様に丸鶏の料理を平らげて、新たな料理に手を伸ばした。

 陶器のマグカップに麺料理が入っている。乳白色のクリームソースにきのこが和えられていて、さながら秋を表現したかのようなその一品は、とてもうまそうだ。

 フォークで麺を絡めとり、一口食べてみる。流れ込んでくるのは野性的だが優しいきのこの旨味。麺はしっかりとスープの味が染み込んでいて相性抜群で、そのつるりとした喉越しは素晴らしい。どこか懐かしさを感じられて、これもいい。この料理も先ほどの料理も美味しく、どちらがよいのか甲乙付けがたいほどだった。

 保存食や魔物の肉を焼いて食べていた野営とは段違いだ。フォークを動かす手が止まらない。

 そうやって、夢中でシチューを飲み干した時、見計らったように村長が話を切り出してきた。

「ところで、エイル殿は外の人みたいだが、よく戦ってくれた。もし負けていれば、故郷でもない場所で骨をうずめることになっただろうに」

「ええ、まあ」

 俺が相槌を打つと、村長は両手を大袈裟に広げた。

「見よ、この村を。人族だけじゃない、白狐族に地霊族、龍鬼族だっている。種族の垣根を越えた、自慢の村だ。世界がどれほど戦火に見舞われても、ここだけは平和と自信持って言える理想郷だ。エイル殿はそんな場所を守ってくれた。本当に感謝する」

 気恥ずかしさがいっぱいで何と答えればいいのか悩んでいると、村長は俺を一瞥し、話題を変えた。

「それにしても、素晴らしい戦いだったな。この目で見た光景は、孫の世代にも語り継がれるだろう」

「そんな大袈裟な」

「特に、ニードルベアを倒した、流星群のような連続剣技は見たことがない。もしかして、魔界に伝わる剣技なのか?」

「え、ええ……辺境の村に伝わっている剣技です」

 一瞬言葉に詰まった。あの剣技は女神から加護を与えられたと同時に、使えるようになったものだ。人界でも魔界でも俺以外に使っている人はいなかったから、俺にしか使えない。たぶん歴代の勇者にだけ継がれるものなのだろう。

 だから、次に出た村長の言葉には、まるで心臓を鷲掴みされるような感覚だった。

「ああ、あの武勇はまるで勇者エイジのようだった」

 恐る恐る、俺は店長の目を見ることもできずに答える。

「……勇者のようだなんて、恐れ多いです。ギルドマスターは彼を見たことがあるんですか」

「うむ、数年前のことだ。私が人界にいた頃に騎士団師範長と勇者との試合をコズネスで見たことがある。あの時に見た剣技も、流星群みたいに綺麗だった」

「……そうですか」

 嫌な汗が背中をつたう。

 まさか、この村長も過去の俺を知っているのか。ここは平和の村フロゥグディであり、彼はここの村長だ。魔界で多くの魔族を殺した俺は、彼にとって憎い存在なのだろう。もしかして、あの鍛冶師と同じく、俺が勇者だと気付いたのか。しかし、常にローブを身に纏っていたから、純白の装備が見られることはなかったはずだ。――いや、一度だけ脱いだ瞬間がある。

 その瞬間に俺が思い至ると同時に、村長は他の誰にも聞こえないように近付き、俺に耳打つ。

「――この村に何の用だ、勇者」

 冷ややかな眼光。空気が凍ったような錯覚がした。

 雰囲気が逃げ出すことを許さない。心臓が高鳴る。何と答えればいいだろうか。

 しかし、俺がどうすればいいか悩んでいると、予想外に彼はすぐに笑顔を取り戻して、ジョッキ片手に語る。

「私は勇者エイジを憎んでいる」

 まるでそれは、ここに勇者なんていないかのような言葉だ。

「勇者エイジ、彼は……魔界で魔族を虐殺しているのだろう? 魔王を倒し、戦争を終らせるために魔界へ飛び立った。それに関しては何も言うまい。だが、やってることは、ただの大量殺人だ」

「…………」

 黙った俺を一瞥しながら、彼は続ける。

「私は人界で生まれたが、魔族にも良い奴がいると知って、ここへ来た。フロゥグディは人族と魔族が平和に共存できる村。ここだけじゃない、きっとどこででも共存できるのだ! それなのに、勇者がやろうとしているのは、魔族の王を殺し、人族の世界を創ろうとしているのだ」

 何も言い返せなかった。黙るしかなかった。

 まったくもって、その通りだから。俺の願いも戦争のない世界だ。両親を魔族に殺された、あの夜から。

 しかし、俺は手段を間違えた。ただ復讐するために戦っていた。本当の世界平和は、そこにはなかった。

 俺がうつむいていると、村長は場の空気を一変させるように言った。

「まあ、このような重い話は、冒険者エイル殿には関係あるまい。私も少し酔っているみたいだな」

 顔を上げると、またもや村長は囁いた。言葉通りに酔っている様子はない。

「……ただ、隣のお嬢さんに感謝しろよ冒険者。お嬢さんが先ほど私の元へ来て説得していなければ、私は勇者に酷く似た冒険者を刺殺していたかもしれない」

 俺はその言葉に、思わずエリアを見た。

「まさか……」

 エリアはこちらの話を聞いていないといった様子で、ちびちびとジョッキから酒を飲んでいた。が、俺の視線に気が付くと、にやっと怪しい笑みを見せた。宿屋に戻る前、エリアが村長の元へ行っていたとはついぞ思わなかった。たぶんだが、武具屋で店主に勇者と気付かれたことから、同じことが起こるかもしれないと予想し、宴の先に根回しをしたのだろう。彼女の先見性に感謝しなければなるまい。

「冒険者殿の目的は把握している。時が来れば、過去の出来事は水に流して、私も冒険者の夢に協力してやろう」

 村長はその言葉と共に、こちらへ右手を突き出してきた。俺は躊躇いながらも、即座に同じく右手を差し出して、しっかりとした握手を交わす。その後の料理は少し冷めていたが、懸念がなくなった俺には、とても美味しく感じられた。


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