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リメイク中作品  作者: 沿海
1章 最強の勇者、魔王を拾う150133
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1 孤独の勇者1983





ずっと昔。

君の親の親の親の、そのまた親の代にまで遡るほど昔。人族と魔族は戦争をしていました。

信じられない、といった顔をしましたね?

事実です。本当です。

今となっては平和で溢れた世界ですが、当時、人族と魔族は戦争をしていました。なんでも、互いの容姿が違うという、本当に馬鹿げた理由で殺し合っていたらしいです。

前置きはこれくらいにして、語りましょうか。私の家に代々伝わる伝説。

他人は『勇者と魔王の伝説』と呼ぶ、九十年続いた戦争を終わらせた、とある二人の物語を――。



――ある日、勇者と魔王が出会いました







『リドル・アクター』開幕







 その親子を殺すしかなかった。


 夕焼け空の下、地上は俺たちの手によってより紅く染められていく。

 燃え盛る民家。臓器を散らす多くの死体、振るう剣先にこびりつく真っ赤な血。

 あか、赤、紅、朱、緋。まるで赤色だけに支配された世界で、俺は剣を振っていた。

「…………」

 赤子を抱いたまま、首を刎ねられた母親が崩れ落ちる。ぼとりと傍に落ちたその首の瞳は、恐怖と絶望を映していたが、それも急速に光を失っていく。

 俺はしっかりとその様子を認めながら、倒れた胴の方へ歩み寄ると、その腹へ剣を突き刺した。

 死してなお庇うように抱きしめられていた赤子は、母親の死体もろとも貫かれ、耳障りな泣き声をもう上げることはない。

 俺には、その親子を殺すしかなかった。

 尖った両耳を持ち、双眸に宿すのは赤い瞳だったたのだから。

 彼女たちだけじゃない。この町で生きていた住人は皆同じ特徴を持っていた。

 魔族。俺たちと異なる異民族。そして今ここで俺が彼らへ行っているのは殺人ではなく、戦争だ。

 殺したくて殺しているのではない。例え彼らが無力で、非力で、逃げることすらできなくても、俺は剣を振る。何故なら、これは戦争だから。

 だから、殺すしかなかった。

「…………」

 剣から血を滴らせたまま、あたりを見渡した。その赤い世界には、動くものはいない。遠くにいた魔族は、仲間が既に仕留めているのだろう。立て続けに響いていた悲鳴も、もう聞こえることはない。

「……戻るか」

なんともなしに呟いて、俺は町の中心部に向かって歩き始める。

 村に放った火は、見渡す限りの家々や死体に手を伸ばす。翌朝にもなれば、その全ては灰となるだろう。何も残らない。地図から地名が減る。

 これが戦争。

 昨日まで続いていたはずの日常。畑を耕し、家畜を飼い、歌を大声で歌い、肩を組んで葡萄酒を飲みかわす。この村のそんな光景はもう二度と訪れることはない――俺が、俺たちが壊したのだから。

 幾度となく命を奪ってきたゆえに、新たな罪が増えようとも、もはや何の感慨も湧かない。が、もし許されるのならば、先ほどの親子の魂に救いがあらんことを、そう祈ってから、俺は自嘲するように小さく笑った。

 どうやら、俺は疲れているようだ。普段はこんなこと考えないのに。

 俺にとって、魔族は憎しみの対象だった。ずっと昔、俺は彼らに両親を殺された。故郷を滅ぼされた。だから、その復讐だけを糧に戦争へ参加したはずだ。それなのに、この心へ残る罪悪感とも呼ぶべき感情は、一体何なのか。彼らは敵であり、情けをやる存在ではない。

「……ん?」

 自身へ対する耐え難い嫌悪感が膨れ上がった時、ふと、他とは一風変わった建物が目に映り込んだ。

 石造りで、釣鐘のある三角屋根。窓枠に填められたステンドグラスは、黄昏の光を虹色に染め上げ、とても戦場には似合わない。

 記憶とは形が異なれども、それは教会だった。石造りだから、周囲の炎に飲まれていないのだろうか。隠れている魔族を炙り出すために仲間が放った火だったが、もしかするとそれを逃れて隠れている奴らがいるかもしれない。

「……」

 重たく感じる剣の柄を再び握りしめ、俺は教会の門をくぐり、無造作にその扉を開け放った。すぐにでも剣を抜く覚悟はあったが、内部は荘厳な空気を残すばかりで、誰もいなかった。

 教会内部、礼拝堂の中を歩く。左右に長椅子が並び、最奥に像があるのは人界の教会と変わりなかった。ただその像は人界における聖母とは異なる造形だった。

「……はっ」

 礼拝堂の最奥まで来た。俺はその女性の像を見上げながら、嘲りに笑った。

 どうして護られるべき民は皆殺されているのに、守護者たる象徴の聖母像が安穏と過ごしているのか。

 そして――どうして殺すべき魔族が見つからなくて安堵している自分がいるのか。

「…………」

 ちぐはぐだ。俺は長椅子にどかりと座る。

 座り込んだ長椅子は清掃が行き届いていて、埃は被っていなかった。だが、主を失った教会は忘れ去られ、薄い憎しみの汚れが降り積もるだろう。

 思わず剣も投げ捨ててしまいたい衝動に駆られたが、長く戦場を生き抜いてきた身体がそれを許さなかった。

 手は変わらず剣の柄を握りしめている。俺はそのままぼんやりと、ステンドグラスの向こうでゆらゆらと揺れている炎を、細めた目で眺める。

 ――ああ。ただ憎しみに駆られたままでいられれば楽だったのに。

 戦闘の音は聞こえない。周りに誰の気配も感じない。俺は溜まりに溜まった息を吐き出し、ひやりとした空気の中、旅が始まったあの日のことを思い出した。

 あれからもう四年か。

 復讐心と使命感だけを握りしめて、まだ世界の無慈悲さを知らずにいれた最後の瞬間は、遠い遠い思い出のことだった。


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