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薔薇と背骨
誰もいない場所に行きたかったなんて
あの頃本気で思っていたんだ
ただ暑いばかりで蝉の声がしないんだ
ここは誰の声もしないんだ
生垣の薔薇が匂う
轟音と追い越していった
電車の窓が開いている
どうしようもなく脆くて壊れそうな
私の背骨を抱いて歩いていく
壊れないものが美しいわけじゃない
壊れたものが美しくなくなるわけでもない
ドアの外の空の匂いは
干した布団の香りがした
朝のコーヒーを飲み干せぬ私のまま
風にさらす洗ったままの顔
美しいものを知りたかったなんて
懲りずに未だ思っているんだ
ただ静かなだけで辿り着きやしないんだ
ここは誰の声もしないんだ
生垣の薔薇の枝が
不器用に曲がっていった
無いはずの傷が開いている
どうしようもなく捻れて戻ることない
私は背筋を伸ばし歩いていく
真っ直ぐなものばかり美しいわけじゃない
曲がったものが美しくあれないわけでもない
五月の薔薇の棘の中には
残る朝露と同じ色
ひとつ中心を貫いた螺旋のまま
風にさらす洗ったままの顔
干した布団の匂いと朝露は、「美しい」で間違いないよね?




