トラと龍。
雨の降った翌々日。
体育着と紅白帽の小学生が十人ばかり、川瀬に集まっていた。
児童たちは手に手に「自治会清掃作業用」とプリントされた市指定のゴミ袋を持ち、あるいはスコップやほうきやざるを持ち、ノートとシャープペンを持っている。
「蛍を呼び戻す活動、なんだってさ」
雑貨屋の若主人は、橋の欄干から上半身を突き出した危なっかしい姿勢で、川面をのぞき込んでいた。
視線の先に児童達の姿はない。綺麗な水面に果樹農家の娘の白い顔が揺れている。
「僕たちの頃は、学校は手伝ってくれなかった。……個人的に手伝ってくれるオトナはすこしいたけれど」
若主人はゆっくりと上半身を橋の中に戻す。
ちらりととなりを見た。白い顔の中で、黒い瞳が笑っている。
果樹農家の娘は狭い橋を横断し、反対側の欄干に両手を置いた。雑貨屋の若主人もその後を追いかけて、同じように欄干に手を置く。
川上から湿った風がながれてくる。二人の髪の毛はなぶられ、渦を巻き、揺れる。
「前から不思議に思っていたんだけれど……」
若主人は水源の方向を見ていた。果樹農家の娘は無言で彼の横顔を見ている。
「……なんで、君は『トラ』なんだろうって」
娘は黒目がちな目を見開いた。
「沙翁だったら、それは私の方の台詞だよね。
O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?《おおロミオ、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?》」
吹き出し笑いを聞きながら、若主人は口を尖らせる。
「そうやって君はいつも難しい話しではぐらかす」
真剣に怒っている、そう感じた果樹農家の娘は、すぐに笑顔を引っ込めた。
そして拗ねた男の子供っぽい目をまっすぐに見る。
「君が『龍』だからだとおもうよ……たぶん」
「たぶん?」
納得いかないことをまっすぐに表した、不満に満ちた単語を、彼は投げ帰した。
「そう、たぶん」
そういって、彼女はうっすらと笑った。
龍は欄干の上で寝返りを打つように、体の向きを変えた。
目を閉じる。頭の奥の方に、細い川の浅瀬の景色が浮かんだ。
それは確かに目を開けてもそこにある風景と同じだったけれど、それよりももっと大きくて、荒々しくて、優しい。
子供の頃、彼らは大雨が降った翌々日には、必ずその川瀬に行った。
その細い川は暴れ川だった。
特にその場所は急に水の流れが変わる場所で、木も草も皆、川から逃れようと、今でも体をねじ曲げて立っている。