表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/78

トラと龍。

 雨の降った翌々日。

 体育着と紅白帽の小学生が十人ばかり、川瀬に集まっていた。


 児童たちは手に手に「自治会清掃作業用」とプリントされた市指定のゴミ袋を持ち、あるいはスコップやほうきやざるを持ち、ノートとシャープペンを持っている。


「蛍を呼び戻す活動、なんだってさ」


 雑貨屋の若主人は、橋の欄干(らんかん)から上半身を突き出した危なっかしい姿勢で、川面をのぞき込んでいた。

 視線の先に児童(こども)達の姿はない。綺麗(きれい)な水面に果樹農家の娘の白い顔が揺れている。


「僕たちの頃は、学校は手伝ってくれなかった。……個人的に手伝ってくれるオトナはすこしいたけれど」


 若主人はゆっくりと上半身を橋の中に戻す。

 ちらりととなりを見た。白い顔の中で、黒い瞳が笑っている。

 果樹農家の娘は狭い橋を横断し、反対側の欄干に両手を置いた。雑貨屋の若主人もその後を追いかけて、同じように欄干に手を置く。

 川上から湿った風がながれてくる。二人の髪の毛はなぶられ、渦を巻き、揺れる。


「前から不思議に思っていたんだけれど……」


 若主人は水源の方向を見ていた。果樹農家の娘は無言で彼の横顔を見ている。


「……なんで、君は『トラ』なんだろうって」


 娘は黒目がちな目を見開いた。


沙翁(シェイクスピア)だったら、それは私の方の台詞だよね。

 O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?《おおロミオ、ロミオ! あなたはどうしてロミオなの?》」


 吹き出し笑いを聞きながら、若主人は口を尖らせる。


「そうやって君はいつも難しい話しではぐらかす」


 真剣に怒っている、そう感じた果樹農家の娘は、すぐに笑顔を引っ込めた。

 そして拗ねた男の子供っぽい目をまっすぐに見る。


「君が『龍』だからだとおもうよ……たぶん」


「たぶん?」


 納得いかないことをまっすぐに表した、不満に満ちた単語を、彼は投げ帰した。


「そう、たぶん」


 そういって、彼女はうっすらと笑った。

 龍は欄干の上で寝返りを打つように、体の向きを変えた。

 目を閉じる。頭の奥の方に、細い川の浅瀬の景色が浮かんだ。

 それは確かに目を開けてもそこにある風景と同じだったけれど、それよりももっと大きくて、荒々しくて、優しい。


 子供の頃、彼らは大雨が降った翌々日には、必ずその川瀬に行った。

 その細い川は暴れ川だった。

 特にその場所は急に水の流れが変わる場所で、木も草も皆、川から逃れようと、今でも体をねじ曲げて立っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 大人になってもヒメカは難しい中身で龍を弄る。この関係もまた、いつまでも続いて欲しいものですね…。
2023/08/04 00:07 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ