変わるもの、変わらないもの。
小学校の夏休みが終わるその日――。
夏休み中はお昼前ぐらいに開店していた「学校の裏門のすぐ前の雑貨店」の扉が、その日は朝早くにギシギシと音を立てて開いた。
多分、明日の朝になれば、夏休み中に何かを無くしてしまった児童の何人かが、店に立ち寄って文房具の「補充」をするかもしれない。少し用意の良い子供なら、今日中にやってくるだろう。
若い店主が売れ残った手持ち花火をかたづけたあとの陳列棚の下の方の段には、安い消しゴムとシャープペンシル、キャラクタの下敷きやノートが少しばかり並んでいる。上の方の棚はボールペンや大学ノートが申し訳程度に置かれている。
よく言えば必要最低限、悪く言えば寂しい品揃えだった。
立て付けの悪い引き戸を目一杯開けた若い店主は、背伸びをしながら通りに出た。
くすんだ灰色の鉄筋三階建ての校舎の回りを、鉄パイプの足場とブルーシートが覆っているのが見える。その手前に、木造の校舎がぽつんと、しかし堂々と建っている。
耐震検査で不合格だったとかで、一番新しいコンクリートの第三校舎が使えなくなった。
壊された校舎の跡地に新しく体育館を建てて、古い体育館の跡には新しく水泳プールができる。古い水泳プールは埋め立てられて、駐車場になる。
そういう大工事のお陰で、職員室やら何やらまで旧校舎の中に押し込められることになった。理科室や音楽室や図書館は仮に第二校舎に移された。
第二校舎と旧校舎を合わせて普通に教室としてえる部屋は十室もないらしいが、ここ数年は一学年の人数が三十人ほどずつだと言うから、どうにか取り回しが着くのだろう。
市街地空洞化、なんて薄ら寒い言葉が、店主の頭をよぎる。
「古い方だけそのまま残るってのも、面白いな」
若い店主がよく通る声で言うと、店の奥からしわがれた声が返ってくる。
「フィルム何とかいうのが、残してくれって市に陳情したらしいぞ。
映画の撮影を誘致するのに、古い廃校の建物があると都合が良いらしい」
居間に戻ってきた若主人は、古い型のテレビにリモコンを向けた。
アナウンサーが、
『○○町のダムでは、渇水のために水がほとんど無くなってしまいました』
というニュースを読み上げている。
「まだまだ暑い日が続くね」
若主人は父親が広げる新聞の下から、折り込みチラシを引っ張り出した。
線路の向こうにあった煙草工場の跡地を再開発したショッピングタウンが、ようやくオープンするらしい。
「そんなモンができるから、商売が立ちゆかなくなる」
父親はわざとらしく舌打ちした。
「東京から映画やドラマの撮影が来るってことは、ロケ地巡りの観光客が増えるかも知れないって事だろう?
だからそれに合わせた商売替えをすればイイのさ」
若主人は父親をなだめるように、そして自分を奮い立たせるように、小さく、強く言った。
しばらくして、排気量の少ない営農トラックのエンジン音が店先で止まった。
甘いフルーツの薫りが、がらんとした雑貨屋の店内を通って居間に届く。
若主人が店側に顔を出すと、真っ白な顔をした若い女性が、手の中に大きなカゴを抱え、真っ黒な瞳を細くして、にっこりと笑っていた。
「ハウスのだけど、初物。龍の好物。売るほど持ってきた」
「ありがとう、『トラ』」
若主人は慌てて店側に飛び降りた。
「多分、雨が降るよ」
若い女性は胸元で鈍く光るタイガーアイのペンダントに触れながら、脈絡無く言う。
「そうだね」
若主人は笑って答えた。