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知らなかったでは済まされない事。

 龍神が(うず)にふわりと飛び乗った。

 龍の心を乗せたまま、龍神は渦と一緒にものすごい(いきお)いで上昇した。

 龍神は水面を突き抜け、空高く舞い上がる。雨が降らなすぎて水が減って水面の高さがいつもより下がっている池と、その周りにある(かわ)いた集落(しゅうらく)と、力無くチョロチョロ流れる川と、その川が行く先の町とを、全部見下ろせる高さで止まった。


『雨は降らせてやろう。ただし、水はこの池に残っておるだけじゃ。

 どれほど降ったとして、精々(せいぜい)、あの(ふだ)が他の支流(しりゅう)と流れ合わさるあたりの、少しばかり下流に流れ着くか着かぬか程度(ていど)の勢い付けじゃ』


 龍神の声は、確かに龍に向けて発せられている。

 龍は声のする方向……つまり、頭の上の方を見た。

 黒い雲の渦がある。その中心に、人の目をした大蜥蜴(おおとかげ)の顔があった。


「あっ」


 小さく声を上げた。同時に自分の手を見た。

 心細いほど小さな()()()()が、脂汗(あぶらあせ)でじっとり湿っている。


「僕の手だ」


 安心と不安と、安堵(ほっとするの)疑問(わからない)が、いっぺんに彼の頭の中に広がる。

 蜥蜴(とかげ)の顔、(へび)の身体、(わし)の爪、そして人間の眼を持った龍神は、じっと龍を見ている。


『世の中には、()()()()()()では()まされぬ事もある。

 おまえが何の気なしに、ただ面白がってやったことは、つまりそう()うことだ』


「僕の、やったことって、なに?」


 龍は龍神の顔をじっと見た。でも龍神は龍の質問に答えてはくれなかった。


『知らなくてやらかした失態(しったい)であっても、(しり)ぬぐいは自分でやらねばならぬ。

 自分でやらねば意味がない』


 龍神のコトバの最後の方は、少し弱々しい声になっていた。それはまるで、自分の言ったことで自分を納得(なっとく)させようとしている風だ。

 龍を見つめる龍神の人間の眼は、(かがみ)の中の自分の滑稽(おかし)さを見ているような色で笑った。


 軽蔑(けいべつ)している。(てれ)れている。(なつ)かしんでいる。愛している。


(わか)るな?』


 ぽつり、と龍神が言った。

 龍は押し黙っていた。

 一所懸命(イッショケンメー)に考えた。


 龍脈っていうのは、多分「水の流れ」のこと。

 それが(とどこお)っているってことは、「水が流れなくなっている」ってこと。

 水が流れなくなると、雨も降らなくなるってこと。

 雨が降らないからますます水が流れないってこと。

 そこまでは解った気がする。


 龍脈の滞りを無くせば、元通りに水が流れるようになって、雨が降る。

 それもなんとなく解る。


 それで、僕は具体的(ぐたいてき)に何をどうしたらいいのか――。

 そこがさっぱり解らない。

 龍は半泣き顔で龍神を見上げた。

 龍神は何も言わない。大きな人間の目玉で小さな龍を見ている。

 でも蜥蜴(とかげ)顔形(かおかたち)をしている今の龍神の表情は、怒っているのか、(あき)れているのかぜんぜん解らない。

 ただなんとなく、笑ってはいないだろうし、優しい顔もしていないんじゃないか、とは思える。


 龍は心細くなった。半泣き顔は、次第に全泣き顔に変ってゆく。

 泣くまいと目を閉じた。()暗闇(くらやみ)の中に放り出された気分になって、ますます(つら)くなる。

 こらえきれなくなった涙が、目頭と目尻と鼻の穴からいっぺんにあふれ出た。(しずく)はほっぺたを伝ってあごに流れ、ひとかたまりの大きな雨垂(あまだ)れみたいになって、落ちた。

 落ちて、落ちて、池の水面にほんの小さな丸い波紋(はもん)を作った。


 その途端(とたん)だった。


 ゴウゴウ、ザアザア、ゴロゴロ、ザブザブ。


 遠くで音がした。

 どろりと重たい風が龍の身体の回りに(から)み付く。

 湿(しめった)った空気が嗚咽(おえつ)する龍の(はい)の中に入り込み、体の中に充満(じゅうまん)する。

 もがいてももがいても、重たい湿気(しっけ)をはらえない。吸い込んでも吸い込んでも、空気が入ってこない。

 胸が苦しい、息が苦しい。

 龍はもっと大きく手足をばたつかせた。

 かき分け、かき分け、かき分ける。

 ()り出し、蹴り出し、蹴り進む。

 やがて手の先が、どろどろした湿気の外側の、何もない場所に突き抜けた。

 龍を細く目を開けた。手の先に明るい場所が見える。

 その一点に頭を突っ込むと、龍は潜水(せんすい)でプールの(はし)から端まで泳いだみたいな勢いで、息を吸った。


「ぶわぁ!!」


 肺が空気を受け入れた。

 見開いた(メダマ)に、蛍光灯(けいこうとう)瞬き(チカチカ)が突き刺さった。 


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