表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/78

驟雨《とつぜんのあめ》

 居間(いま)で母親がくすくすと笑っている。龍は(くちびる)(トンが)らせて、どすんと座った。

 目の前に、冷えた麦茶(むぎちゃ)のコップが出された。

 琥珀色(透明な焦げ茶色)の液体の中で、氷がころころと音を立てた。


「待ってばかりいないで、自分から電話をかければいいのに」


 母親は龍の正面に座って、「ものすごく簡単なことだ」と言う。


「まずY先生に、

『お借りした服の洗濯(せんたく)ができました。いつ返したらいいですか』

 って()くのよ。

 それでそのお返事をもらったそのあとで、お友達の……ヒメコさんだっけ?

『ヒメコさんに電話を(かわ)わってください』

 って頼めばいいじゃない」


「ヤだよ」


 龍は小さな声で言った。

 そして、もし理由を聞かれたら、正直に「怖いから」とは言いづらいと思い、聞かれる前になんとか誤魔化(ごまか)そうと考えて、


「女子に電話するなんて、恥ずかしい」


 と付け加えた。


「そう」


 母親はにこにこと笑い、


「夏休みが終わったら、(イヤ)でも学校で先生に会うのだものね。それからでも遅くは無いけれど」


 すっと席を立った。

 手にしたお盆の上に麦茶のグラスが2つ乗っている。お店に持っていって夫婦二人で飲むつもりなのだ。

 そうやって龍を一人きりにするのは、龍自身が(ひと)りで「一番良い方法」を思いつくのを待っているからだろう。


「親の心子知らず」ということわざがある。

 龍には母親の考えなんかちっとも解らない。

 なんとなく放り出されたような、(さじ)を投げられたような、見捨てられたような気がして、とても(さび)しくなった。


 狭苦(せまっくる)しい居間の真ん中で、コップの中の氷はどんどん溶けて小さくなっていった。

 龍は麦茶が薄まってしまうのが()しくなった。

 おおあわてで麦茶を飲み干して、コップを食卓(テーブル)に置置いた。カランという涼しげで気持ちのいい音がして、氷がコップの底に落ちた。

 氷をはジワジワと溶け続けて、冷たい水に変わって行く。

 龍の目の前のコップの中で重なり合っていた透明なかけらが、からりと崩れた。


 その日、お昼ご飯過ぎまで()すような感じだった暑さは、夕方に近くなる頃には水気がかまとわりつく感じの()し暑さに変っていた。

 窓から差し込んでいた痛いほどの日差しが、不意に消えた。


 龍が顔を持ち上げると、目の前で窓ガラスが小さく、でも不気味に揺れた。

 同時に、雷鳴(かみなりの音)がした。

 音よりすこし遅れて、()()()()が光った。


「ああ、これはまだ遠い……」


 店の方で父親がつぶやいた。


 途端(とたん)


 鼓膜(こまく)が破れるんじゃないかという轟音(ごうおん)が、目が(つぶ)れるんじゃないかと思う位のまぶしい閃光(せんこう)と、ほとんど同時に()(ひび)いた。

 龍はびっくりして立ち上がった。母親は耳を押さえてうずくまった。父親はせっかく拾い集めた売り物をもう一遍(いっぺん)床にばらまいていた。

 でも、床に缶ケースが落ちる音は、龍の所までは聞こえてこなかった。

 バケツの(ソッコ)がぬけたみたいに(はげ)しい雨が降り出して、屋根やら地面やら窓ガラスやらをバチバチとたたき始めたからだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ヒメコへの電話はちょっと気まずいかもですね…でも乗り越えないといけないのも事実。果たして龍、どうするのでしょう…
2023/07/24 01:39 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ