表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/78

活字中毒者《リーディングアディクト》の濫読《らんどく》。

「だからあの子は、小さい頃からずっと家の中で本を読んでいたんだよ。

 叔母(おば)さんや俺の両親が買った絵本や児童文学(こども向けの本)は、あっという間に読み()くしちゃったんだ。とにかく読むのが速いんだよ。

 読む本が無くなると、俺の小学校や中学校や高校ン時の教科書やら参考書やらを読み始めた。それもあっという間に読み終わった。

 百科事典も名作全集もに端から端まで読んじゃってね。別冊の索引(さくいん)まで読み()くした。

 俺のオフクロが買ってきた料理(りょうり)の本とか裁縫(さいほう)の本とか、オヤジが好きで読んでる時代劇(じだいげき)の小説とか推理(すいり)小説とか、そういう大人が読む本も読んだ。

 もちろん、新聞だって毎日隅から隅まで読み尽くす。株式欄のページなんて、株も投資もやらない俺なんかには読んでも面白くないものなんだけど、ヒメコは並んでいる数字を上から下まで読んで行く。

 解らない字があれば辞書を引いて読む。時々、辞書そのものを読んでたりもするなぁ。

 とにかく、ヒメコは()()()()()()()()()なんだよ。

 気に入って何度も繰り返して読んでいる本もあるし、一度読んだきり、二度と読まない本もあるけれど、とにかく家中(いえじゅう)の本を読んで、読んで、読みまくった。

 おかげでうんと小さな頃から小憎(こにく)らしいほどいろんな事を知ってた。

 あ、でも『二度と読まない』と決めた本の中身はすっかり忘れるみたいだな。

 それだからとんでもないフツウなことを『何も知らない』事もあるけどね」


 シィお兄さんはちょっとだけ笑った。


 龍もちょっと笑った。「トラ」がものすごくたくさんのことを知っている理由が解ったのと、「トラ」にも判らないことがあるらしいことが知れたので、なんだかホッとした。「トラ」も自分と同じ子供なのだと思って、安心した。


 でもシィお兄さんの笑顔はすぐに消えて、ちょっと悲しそうな顔になった。でもその顔も深呼吸でするふりをして、すぐに消してしまった。


「小学校に上がる前には、あの子は漢字博士になってたよ。

 普通なら素晴らしいことだけど、あの子にとっては不運だった。

 だって、読めちゃったんだからね。

 姫ヶ池の(ほとり)の、ウチの墓地の、一番新しいお墓に()()()()()()()()()を、ね」


 龍の全身が強張(こわば)った。(ひざ)の上でげんこつを握りしめた。「トラ」から借りた新品の靴下(くつした)の中で、足の指が全部ギュッと(ちぢ)まった。


 大きく広がったまま固まった鼻の穴の奥で、龍は古い本の、紙とインクの甘い匂いを()いだ気がした。

 カチカチに(こお)った耳元で、水が(うず)を巻く音が聞こえた。

 頭の中が真っ白になって、目の前が薄暗くなった。

 吹雪(ふぶき)の中みたいに真っ白な脳味噌(ノーミソ)の中で、龍は必死に考えた。


『その瞬間、「トラ」は何を感じたのだろう?』


 自分が図書館で()()()()の読み方を知ったときと同じくらい驚いた?

 自分が()()()()が書いてあるお墓を見つけたときと同くらい怖くなった?


 違う、違う。


 きっと、そんなくらいのビックリやブルブルじゃ足りない。

 絶対にそんなにちょっぴりなドキドキで済むはずがない。


 だって、()()()()()()()()なんだから。


 龍は下の(くちびる)をぎゅっと()んだ。血が出る寸前(すんぜん)ぐらいに強く()()めた。

 そして真っ白な顔をシィお兄さんに向けた。

 優良(ゆうりょう)ドライバーなお兄さんは少しもよそ見なんかせずに、まっすぐ前を向いたまま、


「あの子は()()()()()だから、作り話で説明して誤魔化(ごまか)そうったって通用しないと思った。

 だから、俺の両親は全部話した。

 多分……多分だけど、小学校に入る前のヒメコは全部理解したと思う。全部解っていると思う。

 あのお墓が自分のものじゃないことはもちろん……母親にとって『自分は死んでしまった「寅」兄さんの身代わりだ』って事も」


 シィお兄さんは肩こりほぐしの体操(たいそう)をするみたいに首を左右に(かし)げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 身代わりとして生きる、とヒメコちゃんは決めたと思うのですが、その心中はとても辛くて寂しいことだったでしょうね…
2023/07/21 10:44 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ