『ボクのお墓』
言っていることはとても怖いことなのに、それを言った「トラ」は笑っている。ふわっとして、とても明るい笑顔だ。
だから龍は「トラ」が、
「それじゃあ、さようなら。気をつけて帰ってね」
そう言って廊下に出て、その背中が見えなくなってしまっても、しばらくはその前の言葉の意味を考えられなかった。
自分も廊下に出て、玄関に向かって、来た時に外の水道で水洗いして乾かしたけどまだチョット湿気っぽい靴をはいて、ガレージの外側に停めてあったごつごつと四角くて格好いい大きな自動車の助手席にシートベルトで固定されたとき、
『ボクのお墓』
という言葉の奇妙さに気付いた。
運転席に座ったシィお兄さんは、なんだか楽しそうに微笑みながら、エンジンをかけている。
ギリギリと何かが空転する音のすぐ後に、大きくて細かい振動で、座席と床と天井とドアが震え始めた。リズミカルで規則正しい揺れで、龍の全身もブルブルと震えた。
「よし、今日は調子が良い」
シィお兄さんは満足そうに笑った。けれど、助手席の龍をちらっと見た途端、心配そうな顔つきになった。
「顔が青いよ」
龍は震えながらうなずいて、
「さっき『トラ』が、『自分のお墓がある』って言ったから……」
なんとかそう言って、たすき掛けになっているシートベルトをすがりつくみたいにして握りしめた。
「ああ」
シィお兄さんは小さく笑って、アクセルを少しだけ踏んだ。
車がそろりと動き始める。
「確かに、あそこには『寅』のお墓がある。
ヒメコは自分のお墓だって考えているようだけれども、本当はそうじゃない。
だってそうだろう? 生きてる間に、中身が空っぽな自分のお墓を建てるのは、大昔の王様か、自分の葬式を自分の好きなようにしたい物好きな年寄りぐらいじゃないかな。
普通のお墓で、しかもヒメコのお墓だというなら、あの子はあの墓石の下にいることになってしまう」
四つ辻にさしかかり、シィお兄さんは軽くブレーキを踏んだ。龍の身体がほんの少し前にずれた。シートベルトが肩に食い込む。
胸が押さえつけられて苦しいのは、シートベルトのセイばかりじゃない。龍の全身の周りには、目に見えない土の壁があった。
龍の心は、湿って暗い縦穴の中に落ち込んでいる。
それは姫ヶ池の人柱の穴の中。
小さな墓標の納骨室の中。
同じ場所に真っ白な顔をした「トラ」が、ぴくりとも動かず正座していた。
左右を確認したシィお兄さんはアクセルを踏み直した。
「でもヒメコは墓穴なんかにはいない」
真正面を見たままニコリと笑ったお兄さんは、すぐに小さく付け足した。
「……叔母さんの離れは墓穴みたいなモンだって話もあるけど」
龍にはシィお兄さんが小声で言った言葉の意味が分からなかった。
意味を聞こう思った言葉を口に出す前にシィお兄さんが次の言葉をしゃべり始めたので、止めた。
「しかし、ヒメコがあんなことまで話すなんてね。というか、家族以外とあんなにスムーズに会話ができるなんて、初めてのことだよ。
たぶん、君はあの子にとって、とても大切な友人なんだろうな。自分のことを知ってもらいたいと思うぐらいに、大切な友達だ」
シィお兄さんはちらっと横目で龍の顔を見た後、
「うん……あの子があそこまでしゃべったなら、教えて置いた方が良いだろうな……」
と、口の中で言って、溜息みたいな深呼吸をした。それからこんどはちゃんと龍に聞こえる大きさの声で、言った。
「ヒメコのお母さんは、つまり俺の叔母さんなんだけど、結婚してしばらく子供ができなかったんだ。
叔母さんの家はいってみりゃ分家……つまりはうちの親父の弟がうちとは別に家族を作って、母屋の外側に済むことになった親戚の家、っていうか……まあそんな感じだから、本家がやらなきゃ行けない行事とかをやる必要は無いんだ。
それでも祖母さんがね……。
『跡継ぎができない』
なんて言って、叔母さんのことをいびって……いじめてた」
「アトツギ?」