君は大人になったら大損をするタイプだと思うよ。
とりあえず自分の脳味噌の中はすっきりしたので、龍は満足していた。
このころの龍は、まだ「自己満足」なんていう難しい言葉やその言葉が意味している概念を知らなかったのだけれど、この瞬間がまさにそれだった。
満足したから、緊張で伸びていた背筋がすこしぐにゃりとした。顔もだらしなくにやけた顔になった。
Y先生とシィお兄さんは、ちょっとだけ呆れたような顔をした。「トラ」は、大分呆れたような顔をした。
でも、自己満足の頂点にいる龍は、そんなことに気付かない。
「トラ」は、龍に何か言おうと思ったようだった。大きく口を開けて息を吸い込んだ。
でも、そのまま口を閉じてしまった。息も鼻から吐き出して、声にはしなかった。
息を吸い込んでいる間、「トラ」はじっくりと言葉を選んでいた。
でもなかなか良い言い回しが浮かばなかったのだ。
息を吐き出し始めても、まだ言葉選びをしていた。それでもふさわしい言葉は見付からない。
だから肺の中が空っぽになりかけているのに、無理矢理空気を吐き出し続けた。
そうするうちに、ようやっと何かを思いついたらしい頃には、「トラ」の鼻からはタンポポの綿毛だって揺らせられないくらい幽かな空気が漏れている程度になっていた。
肺の中に吐き出す空気がなくなってしまうと、「トラ」はラジオ体操の最後の深呼吸の所みたいに大きく胸を開いて、勢いよく息を吸い込んだ。そして、こんどは息を口から吐き出して、言葉にした。
「君は大人になったら大損をするタイプだと思うよ」
その言葉には同情と心配とが、ぎっしり詰まっていたのだけれど、自己満足にとろけていた龍の脳味噌では、細かい意味とか含みとかいうものを理解することなんかできなかった。
龍はへらっとした笑顔を「トラ」に向けて、へらっとした笑顔のままちょこっと小首を傾げた。
「そうかな?」
「トラ」は返事をしなかった。かわりに口元に苦笑いを浮かべた。でも龍は、それが苦笑いだとは気付かなかった。
「トラ」の苦笑いは、すぐに寂しげな微笑に変わった。もちろん、龍はそんな変化にだって気付かなかったけれど、
「ボクは、これから母さんの所に行く。
姫ヶ池に行ったのがばれちゃったみたいだから、謝らないといけないんだ。
ボクはあそこには行かないって、母さんと約束してるんだ」
という「トラ」の言葉を聞けば、少しは「トラ」が大変な思いをしているらしいことは気付く。
龍の目蓋がピクピクした。
「それは『トラ』が女の子だから? さっき、寅姫さまのお社を守るのは男の子の仕事って……」
「確かにお社の仕事をするのは男の役目だけれど、女の子が近づいちゃいけないって決まりはない。
だけど、ボクはあそこに行っちゃいけない事になってる。
少なくとも、ボクの母さんはそう思ってる」
「なんで?」
龍は興味本位の軽い気持ちで訊いた。
でも「トラ」は深刻な重い口調で答えた。
「あそこには、ボクのお墓がある」