表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/78

悪い龍。

 大人の男の人ぐらいになったのは身体(からだ)の長さだけではなくて、手や足や胴体(どうたい)や、そして自分では見えないのだけれど、どうやら頭や顔も、人間の男の人のように変わっているみたいだった。


「あれ、凛々(りり)しいお顔」


 寅姫が楽しそうに言うので、龍はとても恥ずかしい気分になった。ほっぺたが熱くなったから、多分、大人の男の人になっている自分の身体の方も赤い顔をしているに違いないと思う。大人の男の人である自分が顔貌(かおかたち)()められて顔を赤くしているのだと思うと、龍は余計(よけい)に恥ずかしくなって、顔はもっと赤くなった。


「うぬは、儂の(まこと)の姿よりも、()()()(にせ)の顔の方が良いと申すか?」


 龍神は相変わらずの雷声(かみなり)で言った。怒っているみたいな言い振りだったけれど、嬉しいようなくすぐったいような、変な気持ちも混じっている声だと、言った龍自身も思った。


「さて、人の顔も龍の顔も御身(おんみ)の顔に違いなきものでありますれば。

 すなわちどちらも同じモノなれば、比べようもなきものにて」


 寅姫は大人っぽく笑った。

 その顔は、雨の降った翌々日の川原で、龍の疑問に答えてくれたときの「トラ」の笑顔と同じだった。

 そう思ったら、龍はなんだかちょっとだけバカにされたような気分になった。そんな気分は久しぶりな気がして、ちょっと嬉しくなった。

 嬉しくて笑いたくなったのだけれども、今の龍の顔や声は龍神のものになっているので、龍の思うようには動かない。

 大人の男の人の顔をした龍神の龍は、子供のように(くちびる)(とが)らせた。それから乱暴(らんぼう)につま先を動かして、地面に二重丸を書いた。

 大人の「トラ」と、大人の龍が、ぴったり並んで立つのがやっとの、狭くて小さな二重丸だった。

 そうして、心配そうな声で言う。


「ここが儂等らの住処(すみか)となる。おおよその大きさはこの円環(えんかん)の内側ほどであろう。

 (なんじ)が人であった頃に住み暮らした屋敷(やしき)とは比べようもなく(せま)いぞ」


()はもはや人ではありませぬゆえ、広いも狭いも知らぬことにございます」


「だが、汝の(はら)には人が居ろう」


 寅姫の「トラ」は、嬉しそうに笑った。


「人であった()と、人に化けたあなた様の子にございますれば、確かにこの子も人でありましょう」


 白い着物の白い帯の上から、彼女は自分のお腹をなでた。

 その白い手の上に、龍は自分の手を重ねた。


「人でないモノは、人の子を育てられぬぞ」


 寅姫の肩が、びくりとはねた。


「そればかりが心残(こころのこ)り」


 (ほほ)の赤みがすぅっと引くと同時に、寅姫の目から涙がどっとあふれ出た。

 龍はお腹の底の方がむずむずするのを感じた。むずむずは背骨に沿()って()け上り、あっという間に頭のてっぺんに届いた。

 頭のてっぺんの髑髏(ズガイコツ)の丸いところにぶつかったむずむずは、目玉の方に()ね返って、鼻の奥の方で止まった。

 止まったむずむずはどんどん大きくふくらんだ。ふくらんで、ふくらんで、()えきれなくなったとき、目玉と鼻の穴から一息に吹き出した。


「儂は、お前を泣かせる悪い龍だな」


 たくさんの涙と洟水(ハナミズ)と一緒に、(のど)の奥から声が出た。

 龍は大人の男の人になった自分がこんな風に鼻水を垂らして泣いてしまったことに驚いた。驚いたけれど、それくらいに泣いてもおかしくないと思った。

 だって、これから生まれてくる大切な家族が、自分と一緒にはいられないと言うことに気が付いたのだもの。泣かないでいられるはずがない


「悪い龍は、人の(ため)()くそうなどと思わぬモノでありましょう?」


 寅姫の声にも、涙と洟が混じっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 子供を育てられない、というのも、なかなか寂しいものがありますよね…
2023/07/09 22:56 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ