龍脈。
ゆっくりと大人の「トラ」が言うと、丁髷の男の人は目玉だけじゃなくて、口もあんぐりと……あごが落っこちるんじゃないかと心配になるくらいに開けたその直ぐ後に、頭をブルブル振って、
「寅姫様は地の底じゃぁ」
真っ青になった唇をピクピク震わせてつぶやいたきり、あとは言葉も出せなくなって、ただ上を見ている。
大人の女の人の「トラ」は、微笑んだままこくりとうなずいた。
「人としての寅姫は地の底。あなたが掘った穴の底。あなたが埋めた穴の底」
途端、龍は気が付いた。
『下にいる男の人が、ヒトバシラの時にオブギョウサマにメーレーされて寅姫の穴を埋めた人なんだ』
それは偉い人からの命令だった。
それに寅姫自身が「そうしろ」と言ったことだった。
そうだとしても、その男の人は自分が土をかぶせて死なせてしまったお姫さまのことを考えれば、毎日かそれに近い間隔で池に来て、念仏とお題目と良くわからない呪文やお祈りのぐちゃぐちゃに混じったものを唱えなきゃいけない気持ちになったに違いない。
そんなところへ寅姫が目の前に現れたのだから、男の人の震えては益々大きくなってしまった。
「あなたは、怖がらなくても、嘖まれなくても、悲しまなくて、苦しまなくても良いのです。
今、人の器を失った我は、土の下、池の下にはいません。
この水神の龍が我を助けて引き上げてくれましたから、我は土の上、池の上にいるのですよ」
寅姫の「トラ」は龍の方をちらりと見ていった。
龍はびっくりして「トラ」の顔を……顔全体じゃなくて、「トラ」の顔の中の、大きくて黒い瞳を見た。
鏡みたいな目の中に、テレビか漫画で見たような顔の周りに髭みたいな鬣みたいなものが生えて、頭の天辺に鹿の角みたいなものが生えた、日本蜥蜴の化け物みたいなモノが映っている。
つまり、それが今の自分の姿だ、ということに気付いた龍は、ますますびっくりして、足の下の男の人と同じように声を出すことができなくなってしまった。
男二人が押し黙ってしまって、とても静かになった中、寅姫の「トラ」はすごく小さくて、それでいてとても良く耳に届く声で話を続けた。
「元々この場所は、池を掘った作ったところで、川を付け替えても雨水を集めても、水が溜まることなどできない土地なのです。
ですけれど、龍神は、人が土を掘って川を灌漑するように、水と風の流れを曲げることができるのです。
この龍神は、
『夏でも水の枯れることのない立派な池を作ることができる』
と請け負ってくれました。
そこで我は龍神に、
『できるのであれば、そのようにして欲しい』
と頼みました。
龍神は引き受けてくれたのですが、
『水と風の流れを曲げることはできても、それを曲げたままに留めておくのは難しい』
というのです。
力ずくで曲げた流れが戻ったり漏れてしまわないようにするには、龍神自身がここに住んで、龍の身体で目に見えぬ堤を作らなければなりません。
つまりは我らは長くここに留まる必要があるということです。
そのためには龍神が棲む家として、お社が必要になります。
……とまあ、こんなことを龍神は言ったのですよ」
寅姫な「トラ」が大分優しく説明したので、龍にはなんとなく判ったし、男の人にも理解出来たらしい。男の人の唇の青いのや、ガタガタした震えが大分収まった。