ごめんで済んだら警察は要らないけど、ごめん。
「たしかに年を取っている。多分、龍のお母さんよりも十歳くらいは年上なのかもしれない。でも、本当は見た目ほどお年寄りじゃないんだ」
そう言って、はうつむいた。
涙の粒がぽとん、ぽとんと二つ、腿の上に落ちた。
龍は尖らせていた唇をくるりと引っ込めた。
全員がそうだとはいえないけれど、小学生ぐらいの児童にとって自分の母親が他の児童の母親より年上だということは、なぜだかとても恥ずかしいと思えることなんだ。
たとえば、クラスの誰かが他の誰かの母親を『若くて美人』と言ってくれたなら、言われた方はおそらく自分が褒められたみたいに喜ぶだろう。
それと逆のことを言われたら、自分がバカにされたみたいに思えて、怒るか泣くか恥ずかしがるかするのんじゃないだろうか。
そうやって喜んだり怒ったりしている子供当人に、
『なぜ「自分のお母さんが若くて美人」なのが嬉しくて、逆に「自分のお母さんが他のお母さんより年を取っている」ことが恥ずかしいの?』
と訊ねたとしても、ちゃんとした理由が返ってくることは……多分ないんじゃないだろうか。
もし、「若い方が良い」とか「若くないのが嫌」とか答えたとしても、それはちゃんとした理由じゃない。
そう返事をした子に、続けて、
『それじゃあ、なぜ「若い方」がいいの? なんで「若くない」のがいけないの?』
と質問したら、子供たちはなんて答えるだろう。
『みんながそう言うから』
みたいな答えしか返ってこないなら、それはちゃんとした「本当の理由」なんかじゃない。
子供は、回りの大人が良いと言ったことが良くて、良くないと言ったことが良くないことだ、と学習する。
その向こう側にある「何故」に気が付いて、その「何故」の答えを自分で出せるようになるのは、もっとたくさん学習をした後だ。それは大人になってから、という意味じゃない。年齢だけ大人になっても、ちゃんと自分で考えた答えを出せない人だっている。
そしてこの頃の龍には――龍だけじゃなくて「トラ」も――まだ年齢も学習も全然足りていない。
「仕方のないことなんだ。
ボクのお母さんは元々若い頃から白髪が多かった。それに病気になってひどく痩せてしまった。
だから誰が見たって、本当の年よりずっと年上に見える」
ちょっと鼻水をすすってから「トラ」はゆっくり顔を上げた。
それからさっき指を全部折って、げんこつになった手の甲で、目の周りをごしごし拭いた。
龍は、よく判らないけれど「トラ」に対してものすごく悪いコトをしてしまったような気がして、
「ごめん」
と小さく言って、下唇をかんだ。それから慌てて、
「ごめんですんだら、けーさつはいらないけど……でも、ごめん」
付け足して言った。「トラ」は首を横に振った。
そうして、さっき折ったばかりの人差し指をピンと伸ばした。
「お母さんがボクを『トラ』と呼ぶのは、お母さんにとってボクは『トラ』だから」
そのすぐ後、今度は中指がピンと伸びた。
「用具室のカギが外から掛かっていたのは、ボクが中に入っている間に、外からカギが閉められたから」