絨毯と座布団。
畳敷きの広い部屋の真ん中に、部屋の大きさよりちょっと小さい赤っぽい絨毯が敷かれていた。
絨毯には綺麗な模様が描いてある。
模様は表面に印刷してあるのじゃなかった。絨毯を織っている糸そのものが、一本ずつ色々な色に染め付けられていて、それを細かく並べて模様になるように組み合わせてあるのだ。
龍が絨毯をじっと見ていると「トラ」が
「その絨毯はね、遠い国で女の人や子供が作ってるんだよ。綺麗だろう? それにとても丈夫なんだ」
ささやいた。
そのれは、夏になる前にあの川原で話していたときと、まるきり同じ調子の声だった。
だから龍も、あのとき止まるきり同じに、
「ふぅん」
と答えた。
絨毯の上には、スチールの脚にガラスの天板を乗せた低いテーブルがある。テーブルの周りには座椅子が二つ。部屋のすみっこに座布団が何枚か積み上げられている。
二つの座椅子の内、背もたれが大きくて肘置きが付いたほうは、多分Y先生の旦那さんの場所だ。座るとテレビが真正面に見える位置だから間違いない、と龍は確信した。
だって龍の家でも、父親はテレビの真正面の、一番よくテレビがみえるに席に座っているのだもの。
大きい座椅子のその左側に、籐の蔓を編んだ背もたれが付いた座椅子がある。
テーブルの辺の真ん中からからちょっとずれた位置に置かれているから、これはきっとY先生の席だ。
この位置なら旦那さんがテレビを見る邪魔にならない。ちょっと中心からずれているのは、旦那さんの湯飲みにお茶をつぎ足すのに便利なように、にちがいない。
龍はテーブルの前でちょっと考えた。先生と旦那さんの「定位置」に座る訳には行かない。だから空いている二カ所のどちらかに座ればいいのだけれど、どっちを選んだらよいのかまでは解らない。
迷っていると、「トラ」は部屋の隅の座布団塔に駆け寄って、頂上から二番目と三番目の座布団を引き抜いた。
そして、二枚の座布団を先生の席の対面に並べて敷くと、自分はテレビから遠い方へポンと座った。
楽しそうに光る黒い瞳で龍を見つめながら、「トラ」はテレビに近い方の座布団をポンポンと軽く叩いた。
だから龍は、その座布団にちょこんと座った。
しばらくすると背後から甘い匂いが漂ってきた。Y先生がその匂いの元を、白いレースのテーブルクロスの上に、トンと置いた。
切子ガラスのキラキラしたお皿の上に、きれいに皮を剥かれて、櫛形に切られた大ぶりの桃が載っている。お皿はの数は一人に一つずつ。 それぞれに緑色のプラスチックの柄の小さなフォークが添えられている。
その桃は、龍には
『家で食べるのなんかよりも、ずっと大きい!』
ように見えた。龍は驚いた。嬉しくなった。
驚いたと嬉しいは混じって、
「大きい!」
という、とてもとても大きな声になって、龍の口から飛び出した。
どれくらいい大きな声だったかというと、「トラ」の分のお皿を持ったY先生の肩がびくんと持ち上がるほどの大声だった。
言った龍自身も自分の声にびっくりした。慌てて自分の口を両手で押さえた。