新しいパンツ。
龍はあわてて籠の中のタオルをひっつかんで、わたわたと腰の周りに巻き付けた。
その様子を見てY先生はクスリと笑ったのだけれど、すぐに小首を傾げた。
「そのバスタオルはどうしたのかしら……?」
先生は最初、龍が身体に巻いたタオルを見ていた。
それから脱衣カゴの方に目を動かして、中に行儀良くたたまれたまっさらな肌着と白いポケット付きのポロシャツとジャージズボンを見付けて
「あら、服もあるわ?」
不思議そうに目をパチパチさせたのだけれど、龍はそれに気が付かないで、
「すぐに着替えます」
あわてて籠の中から下着を拾い上げ、タオルを巻いたままそれをはいた。
それから、まだタオルを巻いたまま、龍は、お古だけどまだ新品みたいなジャージズボンをはいた。
ズボンをお腹の上まで持ち上げてから、お腹のあたりに感じたチョットだけ布の柔らかさと違う部分がある事に気付いた。ズボンの中に手を突っ込んで触ると、パンツの左側のお腹の辺に、ちょっと硬い紙の感触があった。つまんで引っ張ると紙はパンツの布地を引っ張り上げながらはがれた。
それは「綿100%」と印刷された金色のシールだった。
そんなシールが貼ってあるくらいだから、そのパンツは本当におろしたての新品なのだろうと、龍にも理解できた。
パンツとズボンをはいた後、龍はバスタオルを取って、湿って重たいそれを脱衣カゴの縁に引っかけるように置いた。
それから下着のシャツを手に取った。これにも「綿100%」のシールがあった。龍は、今度はまずそれをはがしてから、頭を突っ込んで襟口から突き出した。右手を右袖から腕を突き出したあと、左手を左袖に通しながら、右手でポロシャツを拾った。
パンツもズボンも、シャツもポロシャツも、みんな、ぶかぶかじゃないけれどぴったりでもない。全部龍の体にはチョットだけ大きかった。
ポロシャツのボタンを全部留めて、裾をジャージズボンの中に突っ込んだとき、龍は首の後ろに何かがちくっと触った。
チクッとしたところへ手を伸ばすと、後ろ襟のタグの所に何かがあった。
プラスチックのピンで値札が止められていた。
値札を引っ張った形で、龍の体が固まった。
『値札が付いている? 服はシィお兄さんのお古のハズなのに?』
背筋がゾクッとした。
龍はスローモーションで体を動かした。
目玉をゆっくりとY先生の方に向ける。
先生は相変わらず小首を傾げていて、相変わらずバスタオルと着替えを持っている。
ふわふわのバスタオル、新品の肌着、洗い晒しの古着。
「あ!?」
大きな声と同時に、飛跳ねる瞬間のバッタの脚のように体をピンと伸ばした。
「さっき、影、先生、違う?」
龍の口は、ぶつぶつと千切れた単語を並べることしかできなかった。
先生がゆっくりと、
「私が来る前に誰かがそれを置いていってくれたのね? それで君は、それを私だと思っていた」
言い直してくれた。龍はうなずいた。
龍の顔が強張っているのを見て取った先生は、優しく笑って、
「それはきっと『ひぃちゃん』よ。だってその服は全部彼女のだもの」
「彼女!?」
龍はそう叫んだ……つもりだったのだけど、口から出たのは「かぁ」という間抜けで尻上がりの声だけだった。
田圃や畑にある鳥脅しの破裂音に驚いて逃げ出す瞬間のカラスみたいな声だった。
龍ははあわててズボンのゴムを引っ張って広げた。薄暗いトンネルみたいなズボンの中に白い新品の白いパンツが見える。
間違いなく、窓が付いている。
男物だ。
龍はもう一度叫んだ。
「彼女っていうのは、女の人って意味ですよね!?」
今度はちゃんと言葉になっていた。