柔らかなタオル。
龍はそのまま脱衣所に出た。
脱衣かごの中にふわふわのバスタオルがあった。引っ張り出して頭からかぶって、頭も顔もぐしゃぐしゃっといっぺんにまとめて拭いた。
それから背中とお腹、お尻から脚、足の指の間の一つ一つまで、全部拭き終わると、彼はタオルを脱衣かごに投げた。
彼の体に付いた水滴を全部吸い尽くしていたバスタオルは、べっとりと重たそうに籠の中へ落ちた。
龍はカゴの中のバスタオルをじっと見た。
『どこかで、見た気がするぞ』
つい最近、龍は確かにそれによく似たものを見た。
白い大判のバスタオル。
龍が自分の家のお風呂や水泳の授業で使うような、薄くてちょっとごわっとしていて、からっと軽いのとは少し違う。
ふわっとっとしていて毛足の長い、厚手のバスタオル。
保育園の頃、夏のお昼寝の時間にかぶった、タオルケットによく似た感触――。
龍の家のタオルは粉石鹸の涼しい匂いがして、布地がピンと張っていて、皺がない。
龍が通っていた|(というか預けられていた)保育園で洗ってもらったものは、お昼寝タオルケットもおもらしパンツもみんな花の匂いがして、ふわふわして、柔らかかった。
龍は洗濯物がふわふわになる柔軟仕上げ剤という物のことは知らない。でも、洗濯物がピンとなる洗濯のりのことはチョット知っている。
龍は小さい頃――保育園だったか、小学校に上がったばかりだったか――に、台所の洗剤と洗濯用の粉石鹸と洗濯のりを大量にお風呂場の浴槽に注ぎ込んでぐちゃぐちゃに混ぜた事があったらしい。
大きなシャボン玉が作れるシャボン液の「秘密の配合」みたいなものを、どこかから聞いたか、読んだかして、それが欲しくて欲しくて我慢でなくなって、一人で試したらしい。
龍本人はこの「事件」の内容を、ちっとも覚えていない。
ただ、母親にものすごく怒られたことは覚えている。
その時だけじゃなくて、小学校に上がって、大分からだが大きくなってからも、母親は龍が台所と洗濯機に近づく度に、大きな声で叱って、追い出した。
洗濯機に近づかせてもらえない龍は、洗濯のりの存在は知っていても、それを何のために使うのかまではわからない。当然、洗濯のりを入れるとパリッとする、なんて理屈を知らない。柔軟仕上げ剤という物をしらないから、それを入れて洗濯をすると柔らかくなる事もしらない。
だから龍は、
『お母さんが洗うとカタい、保育園の先生が洗うと柔らかい』
と単純に覚え込んでいる。
それで、確かにY先生の家のバスタオルは、保育園の先生が洗った柔らかなタオルと感触が似ていたけれど、今の龍が
『どこかで、見た気がするぞ』
と思った物とはチョット違っているように思えた。
今そこにある物は、そんな大昔に手に取ったものとは別な、何か他のタオルに似ている。
龍は真っ裸のまま、カゴの中のバスタオルをじっと見た。
ものすごく最近に、こんなモノを見たような気がするのだ。それが何なのかを思い出そうとしてうんと考えていたら、タオルの周囲が急に暗くなった。
驚いて顔を上げた龍は、廊下と脱衣所の区切りの磨りガラスの扉の向こう側に人影を見つけた。
ドアはカラカラと軽快な音を立てた。
「あら、もう上がったの?」
Y先生が目を丸くして立っている。腕の中にふわふわのバスタオルと着替えを抱えていた。