角と髭とちっちゃな手足が生えた龍。
頭の上に緑がかった薄い黄土色が広がっている。
それは刷毛で塗り潰したような、のっぺりとした一色の広がりではなかった。
金色の光がはじけている。銀色に光る泡が浮かんでいる。緑の藻が揺れている。
そういう小さな色の数々を、細い筆でぽつぽつと塗り分けたような、濃淡のある光だった。
『あ、僕は池に落ちたんだ』
そのことに気付いたとき、龍は妙に落ち着いていた。
冷静に、
『あの銀色の泡と一緒に金色の光の方へ上っていかないとダメだ』
と考えた。
でも身体は緑の藻と一緒に沈んでゆく。
水を吸った靴が重い。
『誰かが引っ張っているんじゃないか』
と想像した途端、全身をビリビリした恐怖が走った。
龍は思わず叫んだ。
「助けて!」
でも口から出たのは声じゃなくて、ごぼごぼとした泡の固まりだった。
代わりに生臭い水が口の中に入ってきた。
そして泡の塊の中に閉じ込められた誰にも聞こえない声は、龍の身体を残して上へと上ってゆく。
先頭の泡が太陽の光を弾いて金色に光った。
『待って! 置いて行かないで』
龍はその金色を捕まえようとして、手足をばたつかせた。
手足にかき回された水の中から、銀色の光みたいな泡の固まりが次々と生まれる。
銀色のそれも、龍を置いてきぼりにして、どんどんと上ってゆく。
身体が沈んで「上」が遠くなるにつれ、龍の身体の周囲は暗くなってきた。
靴も服も水を吸って重い。いいや、身体そのものが重い。
水が、上からもしたからも右からも左からも、龍の身体を締め付ける。
息が苦しい。胸が苦しい。全身が苦しい。
龍は「上」へ行くのを諦めた。
『僕、これで死んじゃうんだな』
龍の目の前に銀色の泡粒がいくつもあった。それは渦を巻いて上っていく。
泡の渦はどんどん連なって、細長い竜巻みたいにぐるぐるとねじれた渦になった。渦は上へ、水面の明るい方へ、昇って行く。
それが、龍のかすんだ目には「いつかお父さんが年賀葉書に描いていた、角と髭とちっちゃな手足が生えた蛇みたいな龍」に見えた。
銀色の泡でできた「龍」は、身をよじって池の中を自由自在に泳ぎ回った。
とても嬉しそうで、とても楽しそうだった。泳いでいるというより、水の中を飛んでいるみたいだった。
その「龍」の背中には、白くて優しい顔をした人が乗っていた。
「『トラ』?」
龍が呼ぶと、その人はニコリと笑った。
優しく微笑んで、手を龍の方に伸ばした。
龍もその人に向かって手を伸ばした。
細くて白い、そして冷たい指先が、彼の手を掴んだ。
途端に身体に感じていた水の重さが消えた。
そして龍の体は、銀色の泡の塊と一緒になって、上へ上へと昇っていった。