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化石が言うには

 それから、ネーヴェの部屋が気になっていたフィオリーナの様子を察したのか、部屋に入ってもいいとネーヴェは苦笑した。


「これも罰の一環ですかね」


 どういう意味かはわからなかったが、そう言って招き入れてくれた部屋は、まさにネーヴェの頭の中のようだった。

 壁際に並んだ棚にはガラスケースに入った標本や本がぎっしりと詰まっている。そこそこ広いはずの部屋はそれらで空間を圧迫されて、他に家具と呼べるものはクローゼットに窓際の大きな執務机、棚の奥に隠れるようにして置かれたベッドやチェストだけだった。椅子やチェストの上にも本や紙が積まれている。

 机の上のランプだけが灯されていた部屋に、ネーヴェが灯りをつけた。天井に吊された照明はハルディンフィルドで作られたもので、魔力に反応して照明用の石が明るくなるのだという。

 照らされた部屋は薄暗かったときよりもいっそう異様さを増したが、怖いと思うより物珍しさのほうがまさった。


「カリニがしょっちゅう掃除をしているので、ホコリはあまり立たないはずですよ」


 そう言って、ネーヴェは本を床に降ろす。どうやら椅子に本を積んでいたようだ。そしてベッド脇のチェストにかけてあった膝掛けを持ってくると、椅子の座面にかけた。


「部屋のドアは開けていますから、好きに見ていいですよ。──ああ、でもその標本には触らないように」


 ネーヴェが指したのは石の標本だった。


「それが月鉱石です」


 緑がかった不思議な石だった。ガラスケースに入っている石は半分に割られた状態で、断面は波紋のように外から内側へ緑から黄色へ広がる色相のような層ができている。

 その中心にくり抜かれたように小さな空洞がある。 

 ネーヴェは机の向こうにある窓をわずかに開けて、机の前の椅子に腰掛ける。


「その石の中心から興味深いものが見つかったので、保存しているんです」


「興味深いもの?」


 月鉱石の標本を眺めていたフィオリーナが首を傾げると、ネーヴェは机の脇にあった燭台付きのランプに火を入れた。小さく点った火に煙草の先を差し入れる。どうやらランプをマッチ代わりにしているらしい。


「──妖精の死骸が出てきたんです」


 煙草に火がついてゆっくりと煙があがるのを眺めながら、フィオリーナは目を丸くした。


「月鉱石の中からですか?」


「ええ」


 ネーヴェはフィオリーナに答えながら煙草をくわえてひと吸いする。


「私にしか見えないものなので、他の人に証明することはできないのですが」


 ネーヴェは煙を吐いて、椅子の肘掛けに肘を置く。


「アクアたちに見せたところ、死後百年ほど経った妖精だそうです」


 百年は人間にとっては長い時間だが、妖精にとってはさほど遠い過去ではないという。


「宝石の中に花や虫が見つかることがあると聞いたことがあります。そのようなものでしょうか?」


 アクセサリーにも利用されるそのような宝石があるのだ。疎いフィオリーナでも愛好家がいると聞いたことがあった。


「琥珀ですね。私もそういうものかと思って調べていたんですが……その石が持つ魔力と死んだ妖精の魔力がほぼ同じだったんです」


 魔力には質というものがあって、色調が違うように異なるものなのだという。まったく同じものは存在しない。


「それは、つまり……」


「月鉱石は、妖精の化石かもしれません」


 まだ仮説ですけれどね、とネーヴェは付け足して煙草をくわえた。

 ネーヴェの仮説が正しいのなら、このオルミに妖精が多いことも関係しているのだろうか。

 ネーヴェはひとりでこのようなことを調べているのだ。

 それが改めて理解できて、フィオリーナは現金な嬉しさを隠しきれなかった。

 フィオリーナのそんな様子を見ていたのか、ネーヴェは少し苦笑すると机に向き直った。


「好きなだけ居ていいですよ。あまり夜更かしをするとホーネットが怒りに来ますが」


 そう言いながら、ネーヴェは机の上のペーパーウェイトの下から書類を取り上げている。まだ仕事をするつもりなのだろう。


「……わたくしも、ほどほどに見せていただいてから部屋へ戻ります」


 フィオリーナが背中に声をかけると「どうぞ」とだけ返ってきた。

 素っ気ない返事だというのに、不思議とさみしい気持ちにならないのは、ネーヴェからここに居ていいと言われたからだろうか。

 我ながら単純だ。

 失恋したような気持ちになるのは、これで何度目かもわからないというのに。

 自嘲しながらも、フィオリーナはぎっしりと詰まった本棚へとゆっくりと視線を流した。


              ▽



「──フィオリーナ」


 椅子に座って本を読んでいたはずだ。手にしていた本がそっと抜き取られる。

 重たいまぶたの上から、溜息が聞こえた。


「まったく……」


 涼しい風が止んで、薄暗くなった部屋で静寂だけが流れている。

 頬に指先が当たって、結い髪からこぼれた毛先を耳にかけられた。


「──ここにいるのが狼だとも知らないで」


 オルミに狼はいないはずだ。ネーヴェ自身がそう言っていた。

 けれど、フィオリーナの頬を撫でる指先は優しい手つきだというのに、肌が泡立つような危うい仕草だった。


「今日のところは見逃してあげますよ──私への罰ですから」


 静かな声はそう言って、指先は離れた。

 体が浮かぶような感覚と毛布にくるまれる感触がして、それきりフィオリーナは暗闇に身をゆだねた。

 ゆらゆらと揺れて、体温と涼しい風が心地よい。柔らかい感触に頬を寄せると溜息のような苦笑が降ってくる。

 ぎしりと靴が床板を踏む音だけが静かに響いて、きりきりという蝶番の音が小さく聞こえた。

 横たえられた柔らかい場所で寝転ぶと、足に誰かが触れた。

 編み上げのブーツを器用にほどいて──大きな手が足をすくった。

 目を開けてもいないのに、男性の硬い手だと思った。

 他人が足に触れるなど、ましてや男性が触れるなどはしたないことだ。

 そうとわかっているのに、フィオリーナはとうとう起きられないまま、柔らかい夢に包まれていた。

 まぶたに「おやすみ」と言われたら、もう眠っていくしかなかったのだ。


            ▽


 翌朝、フィオリーナは服を着たまま自室のベッドで眠っていた。

 ドレスにはしわが寄っていて目も当てられない。

 そして眠気まなこでベッドの脇にきちんと揃えられた靴を見つけて、眠気は完全に吹き飛んだ。

 どう考えてもネーヴェが靴を脱がしたのだ。

 悲鳴をどうにかこらえて、フィオリーナは今日はまたどんな顔をしてネーヴェに会おうか考え込んだ。




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